114.黒猫
黒虎の集落はそこそこ遠くにあるというので、僕はどこかにいるカルラとアイリに向けて書き置きをした。
一応、これで僕を探し回ったりしないだろう。
「あとは食事か。焼いてないけど鶏肉を少しかもらっていくか。途中で焼けばいいし」
『鳥で良ければ我が狩ってやろう。置いていけ』
黒虎がつまらなそうないった。
「優しいんだね」
意外というか、これだけ力の差があれば脅しても目的は達成されるのに、回り道を選んでいる気がする。
『お前はまだ客人だからな。それに我らは弱者だ。力による争いは好まぬ』
黒虎が弱者……。僕は嫌な予感を禁じ得ない。ここが島か大陸に続く半島か知らないが、少なくとも黒虎が弱者になるほど魑魅魍魎が跋扈する場所らしい。
「ありがとう。客人扱いに感謝するよ」
内心を隠して黒虎に答える。
『我の背に乗れるか?』
間違いなく乗れるだろうが、しがみついてられるとは思えない。
僕がしゅんじゅんしていると黒虎は痺れを切らしたように僕の服を咥えた。
「うわっ」
『少々手荒いが我慢しろ、客人』
強引に引っ張られる。そのまま黒虎は走り出した。
いや、走ったというより飛び上がったというほうが正しい。
眼下に森の木々を見下ろす。
これは10メートルは上空に上がっているのではないだろうか。落ちたら死ぬ。
ウリ丸は飛べるから落ちても平気なんだろうが、黒虎に連れ去られる状況に気絶しているようだ。僕は落とさないようにしっかりと抱える。
『しゃべるな。舌を噛むぞ』
その前に黒虎はしゃべらないでもらえるかな? どう考えても喋ったら僕が落ちるよね?
『我は客人の精神に語りかけている。案ずるな』
いや、口が、わずかに動いてるし、しゃべってるのにつられてるよね?
僕はつきない突っ込みをしている間に、黒虎は少し開けた場所に僕をおろした。
『ここは我らの休憩場所だ。ここで飯を食え。鳥を狩ってやろう』
黒虎が親切に説明しているけど、聞いている余裕はなかった。激しいアップダウンに完全に三半規管が狂ってしまった。
ご飯食べれるかな……。
◆ ◆ ◆
黒虎は宣言通り鳥を狩ってきた。しかも孔雀だった。あまりに大きいので、僕は捌いた後に黒虎にお裾分けをしようとしたが特に要らないということだった。
黒虎は本当に魔力だけを食べているそうだ。
「黒虎のお姫様はどういう症状なの?」
『姫は魔力が食えなくなってしまった。魔力を食おうとすると吐き気がすると』
なるほど。魔力を食べて生きている黒虎たちからすればかなりの緊急事態だろう。
「うーん。以前にも似たような症状の黒虎はいた?」
僕は火を起こしながら黒虎に聞く。
『姫はちと特殊でな。姫と同じ状態になったものはおらん』
「特殊?」
『それはお会いすればわかろう』
それ以上は聞けそうになかったので、僕は雉を焼いて食べた。余った分は次回の食事用に焼いてお弁当にする。
ウリ丸はすぐに食べられることはないとわかったのか、草を食んでいた。
『では出発するぞ』
また服を噛まれ、黒虎の強靭な脚力によって森の上へ出る。
山の方へ向かっていると思ったが、どうやら東の洞窟の上にある崖の奥へ向かっているようだ。なんで西の森を通ったのだろう。
その理由は上空から見てもわからない。東の洞窟の上に当たる部分は木で覆われている。
これを機に森の広がり具合や西や東に何があるかチェックしておく。西は森が広がっているが、その先は海だ。東は崖の向こう側にも海が広がっている。
見える範囲には島がない。
「ここは島なのか?」
『島だ。我らは海を渡る手段を持っていない』
「ん? もしかして、他の種族は海を渡れるのか?」
『渡れるものもいる。だが、我らはその種族とは犬猿の仲だ』
ちょっと期待してしまったが、まったく方法がない訳ではなさそうだ。
黒虎が敵対している種族がどんなやつかわからないが、黒虎のように話が通じればまだ交渉の余地はあるかもしれない。
それにしても黒虎の敵対している種族ってどんなやつなのかな? お姫様の病気がうまく治るようなら聞いてみよう。
『もうすぐ着くぞ』
東の崖の上には更に高い崖があった。その中腹辺りに穴が開いている。
『あの中が我らの姫のおわすところだ』
僕は黒虎が遠回りをしていた理由を理解した。東の洞窟の上からは直接行けないようになっていたのだ。
崖が反り返り、かなりの高さがある。黒虎の跳躍でもまったく届かないだろう。下から見たのでは崖が邪魔して見えなかったのだ。
黒虎は僕を洞窟の中に下ろすと、着いてこいとばかりに洞窟の中に進んでいった。
僕は緊張しながら洞窟の中を進む。
中は魔法なのか、それとも光る鉱石なのかわからないが、割りと明るい。
『少しここで待て』
「うん」
黒虎に言われた通り洞窟の分かれ道で待つことにする。
洞窟の道は黒虎たちが頻繁に歩いているからか、かなり平坦だ。ずっと前から使っていた形跡が見える。
ふと脇に抱えたウリ丸を見ると、ウリ丸は寝ていた。
すっかり安心しきっているようだ。
もしお姫様に対して何も出来なかったらどうしようかな? ウリ丸を渡して逃げることも出来るだろうけど、それをした後に僕は死ぬほど後悔しそうな気がしてるんだよね。
『入れ』
黒虎に呼ばれて洞窟の脇道に入る。そこはかなり広くなっていた。中央には大きな木のうろを丁寧に削って作ったと思われる椅子が置いてある。
そして、そこに座っているのは黒いドレスを着た少女だった。
さらに観察すると、頭にはネコミミらしきものがはえ、おしりの横からしっぽらしきものが見える。
異世界転生小説ではお馴染みのネコミミ少女だ。
でもなんでここに亜人が?
『客人。このお方が姫だ』
「こんにちは。外の世界の住人様。わたくしはシャルロッテ。シャルとお呼びください」
なんと。黒虎のいうお姫様はネコミミ少女のことだったのか。
「僕はヴォルフ・ザッカーバーグ。ここより随分南にある大陸のザッカーバーグ領主の息子です」
シャルはそれを聞くと椅子から立ち上がった。
「貴族! 貴族様でいらしたのね!」
テンション高いな!と、思ったらヘナヘナと倒れるように座ってしまった。
力が入らないようだ。
「無理はしないで」
「わたくし、貴族様の文化に非常に興味がありますの。お話を聞かせてくださらない?」
お話ししたいのは山々だけど、お姫様の病気を見に来たのにいいのかな?
ちらっと黒虎の方を向くと首を横に振っている。ダメみたいだ。
「貴族の話はあとにしましょう。まずは病気を見てみないと」
「病気ではありませんわ」
「え?」
「シュバイツが何を言ったか存じませんが、わたくしは病気ではありません」
凛とした響きに僕は困惑した。話が違うぞ。




