237.乱破
スパイ活動とはとにかく目立たないことである。
目立ったり相手に察知されるスパイ映画はリアルではないし、あれはエンターテイメントだよね。
スパイは普通の人として情報を収集し、しかるべきところに情報を送る役割が主だ。
工作を担当するものは普通別にいる。なぜなら、破壊活動なり裏切り行為なり誰がやったかというのは秘密に近いほどバレやすく、すぐに命の危険がある状態になるからだ。
またそこまでで築いた情報網がなくなり、情報の精度が落ちてしまうというデメリットもある。
僕たちは継続して情報を収集するかはわからないが、命の危険になるようなことは避ける方が無難だろう。
「デートだね」
ハイジが僕の腕を取り、自分の腕を絡めた。
「恋人だからこれぐらいは密着しないと怪しまれるし」
ハイジはちょっと照れながら言う。
そんなに大きくないと思っていたけど、僕の腕に触れるものには確かな圧力があった。
「さて、地底探検と洒落混みますか!」
「そうだね」
もうどこに人目があるかわからないので、僕は恋人になりきる。
少しは恥ずかしいけど、やりきらなければ。
地下街は明るいが地上のような活気はなかった。
そこそこ人がいてお店らしきものもあるのだが、壁が土色剥き出しのためか、暗い感じを受ける。
「なんだか、首都という気がしないですね」
ハイジの言うとおりで、フリーデンやビルネンベルクの街と比べたら、首都らしくない。
「とりあえず、通貨を手に入れないと」
大抵の街には前世のでいう質屋みたいなお店があり、色々なものを買い取ってくれる。
旅行者はそこで宝石などを売って通貨を手に入れる。フリーデンでやった宝石との物々交換は稀な方だ。
「あ、あそこにあるお店がそれっぽいですね」
ハイジが指差す先にあったのは何も置いてないお店だった。
店の前に来て中を覗くと、先客がいた。
「これだけ?!」
「嫌ならいいんだぞ。これでも色をつけている方だ」
先客が手にしていたお金はものすごく少ないらしい。
お店の主人である中年の男性が持っているのはそこそこ業物の剣だ。
少ない情報の中で考えると、剣の値段が下がったか、それとも深刻なインフレになっているかだ。
ゴッテスフルスは兌換紙幣ではないのでインフレも発生する可能性はある。
「わかった。くそ! ビルネンベルクさえ陥落させていれば……」
そういいながら、先客は出ていってしまった。
「さて、お前さんたちは何を売ってくれるんだ?」
「これを」
ドーラから預かった宝石の一部を見せる。
「おお! こりゃ、サファイアじゃねーか」
サファイアは青色をした宝石だ。ドーラの宝物なので、見映えがようなるようにカットされたものだ。
「うーむ。これだけのサファイアを買える金はうちにはないな……」
インフレだと思って大きめのサファイアを取り出したが、どうも違うようだ。
「なら小さいのでいいか?」
僕はふたまわり小さいサファイアを取り出した。
「ああ、これなら買取りできるぞ。ただその大きい方もほしいからな……。もししばらく滞在するなら明日の朝に来てくれ」
「ああ、わかった」
サファイアを欲しがる理由がよくわからないけど、何か特別な理由がありそうだ。
僕たちは当面の軍資金を手に入れると、店をあとにした。




