233.畏怖
人間が精霊を直接見たという話を聞いたことはない。
妖精界で精霊との間に子を成したというオベロンの話を聞いて存在を知っただけだ。
オベロンはやや一方的ではあるものの精霊と意志の疎通が可能だといっていた。
だからと言って、このような空中戦艦の動力になるようなことをプライドが高そうな精霊が承諾するとは思えず、明らかに精霊を拘束して使役していると考えられた。
「これはライラを通じてオベロンにも連絡した方がいいですね」
甲板に出たところでカルラはライラに連絡を入れた。
「その回線に僕も混ぜてもらえる?」
「はい」
通信回線は秘匿せる必要がある内容の場合、相手を指定して暗号通信ができる。他の人は通信内容を判別できない。
この仕組み自体はクロが作ったため、詳しいことはわからない。
『ライラ。聞こえる?』
『はい。聞こえます』
『空中戦艦に精霊が囚われていました。クロが解放を試みています』
『精霊が……』
ライラは精霊を母に持つ妖精だ。
『精霊は人間を細かく認識できません。その意味ではもっとも人間から遠い存在です』
それは僕もなんとなくわかっていた。
精霊に近しい存在である妖精でさえ、個人を区別できていないような存在なんだから、もっとも遠い人間なんか、人間にとっての蟻と変わらないだろう。
『今すぐそこを離れてください。解放されたと同時に暴れだす可能性があります』
ライラの忠告はもっともだけど、精霊を解放しないわけにはいかない。
それにクロだけをここに残していくのも気が引ける。
『ヴォルフ、すぐに逃げて!』
クロから割り込みで通信が入る。
『精霊が暴走しています!』
『クロは? 一瞬に逃げよう!』
『私は大丈夫です!』
僕は少し迷ったが、クロをおいてカルラと脱出することに決めた。




