113.黒虎
たくさんの鳥をどうやって運ぶか考えたが、近くの枝をいくつが折って担ぎ棒とし、鳥の足を縛り付けて運ぶことにした。
雉は重すぎて枝が折れてしまうので、カルラが担いで帰ることになった。簡単な網を蔦で編んでリュックサックのようにしてあげたが、かなり重いようでちょっとふらついていた。
僕が助けようか?と聞くと、ダメ!と断られてしまった。雉を独り占めするつもりらしい。
しかし、鴨もいるのなら卵もどこかにありそうだな。有精卵だろうけど、産み立てなら気にならないだろう。
西の森を抜けると砂浜に出るのだが、アイリは僕たちに森へ戻るように指示した。
「黒虎がいる」
僕は背筋がさむくなった。砂浜には僕たちが生活していた痕跡がたくさんある。何より焚き火があるのだ。人間がいることはわかるだろう。
野生の黒虎が火を怖がらないというのは僕たちの切り札が通用しないということでもある。
「なにやら火の近くでうろうろしている」
黒虎は聴覚や嗅覚はするどくないようだが、魔力には敏感である。魔力のない火がここにあることを怪しんでいるのかも。
「私が倒します!」
背負っていた雉を下ろすとカルラが立ち上がった。
「待って。食べるものがないんだ。すぐにいなくなる」
「せっかくの新鮮な雉が……」
目的はそれか。
「大丈夫。雉が新鮮なうちにいなくなるよ」
僕のついた嘘はすぐに本当に変わった。黒虎は東の岩場の方へ去っていった。
でも、あっちは寝床があるんだよなあ。
「うーん。この辺をテリトリーにしているわけじゃないと思うんだけどなあ」
「何れにしろ夜には居なくなる。黒虎は夜目がきかぬ」
アイリは小声で言った。
「一旦、あたしが様子を見てこよう。お前たちはここにいるのだ」
持っていた鳥を置くとアイリは砂浜を音もなくかけていった。
「僕たちも身軽にしておこう。鳥はちょっと離れたところに隠すよ」
カルラはいとおしそうに雉をひと撫ですると僕を真似して雉を枯れ葉で覆った。
黒虎が何を考えて砂浜から東の岩場へ行ったのかわからない。それが不安をかきたてる気がした。
可能性はいくつもあるが、どれも決め手にかける。人間と共存出来るようだから基本的に知能は高いのだろう。
しばらくするとアイリが戻ってきた。
「黒虎は洞窟にはいかなかった。岩場をかけあがって崖の上に姿を消した」
僕たちはひと安心と胸を撫で下ろす。
「食事を作ってくれ。その間に新しい寝床を探す」
確かに脅威が明らかになった場所で休むのは上策とは言いがたい。しかし、新しい脅威を呼び込むよりは対策を高じる方が危険は少ないだろう。
「僕に考えがある。今日の寝床は東の洞窟のままにしておこう」
カルラに火系の魔法を教えれば視覚的な隠蔽魔法が使えるようになる。あとはいかにして魔力を漏らさないかだ。
「カルラにはちょっと苦労をかけるよ」
「大丈夫です。雉のためですから」
なんか大事なペットを守るかのような台詞だが、単に食欲が勝っているだけなんだよな。それともお肉にこだわる秘密でもあるのだろうか。
「じゃあ、カルラは僕と魔法の練習をしよう。アイリには東の岩場で黒虎の警戒に当たってもらってもいい?」
「ああ、任せてくれ」
隠しておいた鳥を砂浜に運ぶと、早速カルラに火系の魔法を教える。
「呪文は『隠蔽』です。これは対象を周囲に同化させ幻影を見せる感じの魔法です」
「では早速唱えて見ますね」
カルラがフェルスケを唱えると鳥が砂浜に同化していく。気を付けてみても完全に見えないレベルだ。
「消えた……」
確かに消えたように見える。
僕が鳥のあった場所に手を伸ばすとそこに一瞬だけ鳥の羽がうつった。しかし、またすぐに砂浜と同化する。
「面白い」
確かに面白い。ついつい何度もつついてしまった。
カルラも何度かつついて遊ぶ。液晶を強く押すと虹色の模様が広がるがあんな感じだ。
「次は魔力を漏らさないようにする呪文を教える」
実は魔力を漏らさないようにする呪文は考えたことはなかった。黒虎と出会って初めて構築したのだ。
「吸引と言うんだけど、これは魔力を吸収する黒い玉を産み出すんだ。魔法として行使させるときに漏れた魔力を吸引すれば黒虎に気がつかれることはなくなる」
「それってかなりすごいんじゃ?」
「うん。でも、デメリットもあるよ。魔力が吸収されちゃうから普段よりも多目に魔力を使わないといつも通りにはならないんだ」
「魔力がどれぐらい必要か分からないけど使ってみるね」
カルラがアブソを唱えると、フェルスケで隠されていた鳥が出てきた。そして、また改めてフェルスケが唱えられ鳥は砂浜に同化していく。
「結構、強烈な吸引ですね。魔力がどんどん吸われているのがわかります」
「丁度いい塩梅を探すまでは、ちょっと強力に吸引していたほうがいいかもね」
「そうか。アブソで吸い取る魔力は多くなくてもいいんですよね」
そういうと、カルラはアブソで作られる黒い玉をいくつにも分裂させた。見たところ分裂した黒い玉は小さく魔力の吸収量は少ないようだ。
そして、グラビィタで操る小石に黒い玉を纏わせる。小石は浮いたままだが、魔力はまったく感じられなくなった。
「これで黒虎に気がつかれずに狩りができますね」
「いや、これはすごいね」
色が黒だから昼間は見えるけど、それでも探知する手段が視覚しかない攻撃ってかなりチートではないだろうか。夜間ならなぶり殺しに出来るレベルだ。
「魔力は少し多目に使ってしまいますけど」
少しか。僕は魔術を構築することは出来るが、使い方という面で実践出来ているカルラとかなりの差があるなと思った。
考えてみれば、前世で僕のやっていたゲームは使い道がひとつしかない魔法がほとんどで、それを組み合わせたり、使い方を工夫することはなかった。
これから先は、そういう使い方も考えて魔術を構築していこう。
「じゃあ、隠蔽方法を覚えたところで今夜のご飯を作ろうか」
「はい!」
僕は鳥をさばき、カルラは塩を作り始める。
今日は鳥が多いから唐揚げといきたかったな。今度芋からデンプンを取ってみるか。
「ちょっといいか?」
アイリが砂浜に戻ってきた。手にはウリ丸を持っている。
「この小動物がブルブル震えているのだが、何か心当たりはないか?」
見ると確かにウリ丸は小刻みに震えていた。
「なんだろう?」
そう言いながらカルラはウリ丸を抱き寄せる。
「あ、もしかして」
「何か思い当たるのか?」
「たぶんだけど、黒虎の気配を感じて怖がっているんじゃないかな? 黒虎の移動したルートを考えると、ウリ丸が移動した跡に重なる。偶然かも知れないけど」
「ふむ。そう考えるとウリ丸がここにいるのはまずいんじゃないか?」
アイリの指摘はもっともだ。
「カルラ、ウリ丸にフェルスケをつけられる?」
「フェルスケに直接は無理そうだけど、小石につけてそれをウリ丸に結び着けるなら出来そう」
「じゃあ、フェルスケを一時的に出してウリ丸の側においておいて。僕は適当な網を作ってくる」
捌いている途中だったのでナイフを海水で手を洗って蔦を取りに行こうとした。
そのときだった。
森の中から黒虎が現れる。
「黒虎……」
僕は不用意にも丸腰だ。身を守るものがない。
「カルラとアイリはウリ丸をおいて逃げて!」
狙いはウリ丸か僕か。黒虎は油断なく距離を詰めてくる。
「カルラ、逃げるぞ」
「でも!」
アイリは嫌がるカルラを担いで岩場の方へかけていく。洞窟の奥がどうなっているかわからないが、黒虎の巨大な体躯で洞窟を自由に動き回れるとは思えない。よい選択だと思った。
「あとは僕がウリ丸を連れて逃げるだけか……」
地面に置かれたウリ丸を抱き抱えると、僕は黒虎を観察する。全身が真っ黒なのに、目だけが金色に輝いている。
『小僧』
ふと声が聞こえた。
『脇に抱える魔力玉を貸せ』
「言葉が通じるのか?」
知能が高いと聞いていたが喋れるとは!
『言葉が分かる黒虎が珍しいか。どこから来た?』
意外にも黒虎は無理やりウリ丸を奪う気はないようだ。
「ザッカーバーグ領というここよりずっと南の大陸だ。それよりも魔力玉とは、このウリ丸のことか?」
僕の脇ですごい震えているウリ丸を指差す。
『そうだ。それを食えば魔力が増える』
「魔力を食いたいだけなのか?」
『否。魔力玉は薬だ。いつもならわざわざ探して食おうとも思わん』
「薬? 誰か病気なのか?」
『それを聞いてどうする、人間よ』
「もしかして治せるかもしれない」
このままウリ丸を渡してしまっては寝覚めが悪い。それに渡さなければ僕は殺される。どちらにしろ、黒虎が抱える問題には興味があった。
『ふむ。治せないなら魔力玉を譲れ。その条件なら我らの姫に会わせよう』
なるほど、黒虎のお姫様が病気なのかと僕は思った。




