112.忍術
アイリを仲間に加え、三人と一匹になった僕たちはいよいよ住居を何とかする必要が出てきた。いつまでも洞窟に枯れ葉を敷いて寝ているのでは疲労がたまってじり貧になる可能性もある。
またカルラが魔法をだいぶ覚えたので食糧の調達も保存食も作れるようになってきた。そろそろ時計の製作にかかっても良いと思う。
時計は正確な時間を測れればいいので、蔦を乾燥させたものにウサギの油を染み込ませるなどして均一に燃えるように加工したものを火時計として使うつもりだ。
何回か実験と調整が必要なので、食糧調達をしない日を作る必要がある。
「ということで、時計を作るために食糧調達をしない日を決めたいんだ」
僕はカルラとアイリに考えていることを話した。
「その前に一度狩りをしているところをみたい。カルラが魔法を使えるのはわかったがどの程度使えるかで狩りをする人間と保存食を作る人間に分けた方がいいだろう」
「でも、アイリはしばらく安静だね」
「うん。死にかけてたもんね」
だが、アイリは僕たちの言葉に首を振る。
「私は隠密として訓練を受けてきた。仮死の術を施していたために死にかけに見えていただけだ。回復した今は気遣い無用だ」
カルラは忍者っぽいと思っていたが本当の忍者のようだ。僕の住んでいたザッカーバーグ領には忍者というか隠密のような職種もいたけど、黒い服なんか着ていなかった。そもそも、一般市民や自由騎士の振りをして相手陣営に潜り込むスパイなので、いかにも隠密です!という、格好は余計に目立つのだ。
「アイリはすごいんだね」
「カルラの蘇生術ほどではない。仮死の術は時間の経過とともに回復するしかないはずなのだが、それをすぐに回復したのだ。あたしも聞いたことのないすごい術だ」
アイリの手放しの称賛を聞いてカルラは苦笑いした。本当は僕がやったことなのだが、女性の裸を見た上に人工呼吸して心臓マッサージしたなんて、とても言えない。話し方からしてアイリは固そうだし。
「じゃあ、無理しない程度に西の森で狩りをしようか」
僕たち三人は、食糧調達のため西の森へ向かうなお、ウリ丸は寝ますーとばかりに東の洞窟へ飛んでいった。
「西の森はウサギがたくさん居るんだよ。塩焼きを食べたと思うけどとても美味しいの」
カルラは西の森で取れるピンポイントの食材を説明する。
「あとは百合の根や芋、水菜も取れる。川と少し上流に温泉があるよ」
僕が補足説明を付け加えた。
アイリは真剣にその話を聞いていた。
「なるほど、それを聞くとあたしも狩りをしてみたいな。一本でいいからクナイを返してくれないか?」
クナイは僕が念のため預かっていた。別のものに加工したクナイを除けばあと15本はある。
「全部返すよ。アイリは悪い人ではなさそうだし」
何よりもクナイならカルラの魔法でどうにでもなるから万が一でも大丈夫だろう。
「かたじけない」
アイリはクナイを受けとると太ももに着いていたベルトにしまった。上半身は僕が切り裂いた服を破って繋げてチューブトップで隠している。
森に入るにはちょっと軽装だ。
「アイリ、僕の上着を貸そう」
僕は上着を脱ぐとアイリに差し出した。
アイリが不思議そうな表情を見せた。何を意味しているかわからないようだ。隠密と言っても森の中の行軍訓練とか受けたことないのかな?
「肌が露出していると擦り傷が出来る。今は適切な消毒が出来ないから破傷風になる可能性は低く押さえたい」
この世界でも破傷風という概念自体はある。ただその原因が傷口から入る菌であるとこは知られていないので、アルコール消毒ぐらいしか対処方法がなかった。
本当は傷が出来たらすぐに清潔な水で洗えばいいのだが、熱が出て行動不能になると食糧調達の手が減るのは避けたかった。
「なるほど。ありがたく借り受けよう」
アイリは僕から上着を受けとると素直に着た。
「森の中では何に出会うかわからないから先に行言って置くけど、危険があったら僕が逃げる時間を稼ぐから、その間に逃げてね」
「そういう意味では殿はあたしが適任だろう。なんと言っても変わり身の術がある」
変わり身の術!
こっちの世界にもあるんだ、と変に感心する。仮死の術といい、変わり身の術といい、本当に忍者なのかもしれないな。
でも、僕のイメージと違ったら判断を誤りそうだな。
「一度見せて貰うことは出来るかな? どういう術なのか知りたい」
「ふむ。ヴォルフは心配性なのだな。いいたろう。見せよう」
言うが早いかアイリは霧に包まれる。霧の中に僕の上着が見えるが、それがぱさりと落ちた。
え? と思っていると背後から肩を叩かれた。
「これでどうだ?」
すごい! すごいけど、それは変わり身ではなく空蝉の術じゃないか!
「すごい! アイリも魔法を使えるの?」
カルラは目を輝かせてアイリの近くによる。
「これは魔法ではなく、厳しい修行の末に使える『術』というものだ。すべての術は魔力を使わない」
「魔力を、使わない魔法……」
何か間違った理解をしていそうだが、忍者を知らない人にうまく説明出来る自信がなかったので、黙っておく。
「これであたしが適任だとわかっただろう」
アイリはへへんと鼻を鳴らした。
「わかった。無理をしない程度にお願いするよ」
僕たちは気を取り直して森の中に入る。もうずいぶん慣れたもので、カルラは何も言わなくてもトロポを使用するし、僕は歩いている途中にある食べられそうな野草を摘む。
やがてカルラは何かの気配を、感じたようで足を止めた。
「獣とは違う臭いがします」
僕は身を固くした。
居るとは思っていたが、多分魔物だろう。知恵のある亜人タイプでないことを祈るまでだが、魔物は強い。避けた方がいいだろう。
「魔物かもしれない。身を潜めてやり過ごせそう?」
森の中には獣道らしいものはなかった。魔物がどんなタイプか分からないが、またまたこの辺を訪れたという可能性の方が高い。
「無理そうです。まっすぐこっちに向かってきます」
空気の流れを遮断しているので、臭いではわからないはずだ。視界も良好とは言いがたい。
「トロポを止めて少し移動しよう」
トロポを停止してしまうと、臭いが流れ始める上に魔物の動向がわからなくなってしまう。これはもう勘のようなものだったが、相手は魔法を感知しているのではないだろうか。
「移動したらグラビィタで離れたところに小石を落として」
カルラは黙ってうなずいた。アイリは元より音もなく移動している。これも術というものなのか。
少し小高くなっている丘の反対側に移動し、離れたところに小石を落とした。
そのまましばらく待つと小石の方へ歩いていく影が見える。姿格好だけ見ると黒い虎のような動物だった。しかし、大きさは虎と比べようもなく、全長は5メートルに達していると思えた。
あの巨体で森の中を苦もなくスムーズに歩いている。ウリ丸はあんなのがいる森でよく生きてられたなと思った。
巨体はそのまま小石の落ちた場所を通りすぎ、川を下るように歩いていった。
見えなくなると、僕はため息をついた。思わず息をするのも忘れるような圧力があった。あれと戦っても勝てる気がしない。
「あれは黒虎であるな」
アイリが魔物の名前を教えてくれる。
「知ってるの?」
「ふむ。野生の黒虎は始めてみたが、あたしの里では子供が乗ったりして遊ぶおとなしい魔物だ」
本当?と疑いたくなる。
「野生の黒虎がどんな気性かわからない。やり過ごしたのは懸命だったな。あれは魔力を食う。魔法使いの天敵だ」
カルラが居ればなんとでもなると考えていたがそれは甘い考えだったようだ。
「あの大きさだと三人がかりでも倒すのは難しい。なんとか手懐けたいところだな」
忍者だから口寄せの術が使えるのだろうか。
「当面は魔法を使わず静かに移動すればやり過ごせそうだね」
「その通りだ。若いのに理解が早いな」
アイリは何歳なのだろうか。僕と同じぐらいに見えるのだが、まさか若返りの術とか使っている? しゃべり方も古風だし。
「ヴォルフ、あたしはまだ18歳だ」
僕の考えを読んだかのように年齢を教えてくれた。
「じゃあ、少し離れたところで狩りをしようか……」
火時計の材料はもう取れたので、あとはご飯を取らないとならない。
「まだ魔法は使わない方がいいだろう。ここはあたしが獲物を調達しよう」
カルラに笑いかけると、アイリは跳躍して枝の上に飛び乗る。
「鶏肉で良いだろう?」
その手にはもう雉があった。
50センチもある雉を軽々持っている。
あれ、雉って地面を歩く鳥じゃなかったっけ? この世界では違う生体かもしれないからなんとも言えないけど。
「何匹ぐらい食べたい?」
カルラにそれを聞いてしまうのか。
「丸々1羽食べたい!」
元気よく答えた。50センチの雉を1羽丸々って、カルラの胃袋を明らかにオーバーすると思うんだ。本当にお肉好きだな。
「ふむ。では、ひとり頭3羽ずつ狩ってこよう」
「それは助かるが取り尽くさないように気を付けてくれ」
僕はカルラの胃袋に鳥が食べ尽くされてしまわないか本気で心配になる。救助が来るまで全滅しないでくれよ。
「大丈夫だ。この森には雉の他にもたくさんの鳥がいる。食べ尽くすのはだいぶ先だろう」
そうだといいけど、という心配を余所に、この日、アイリは10匹の雉や鳩、鴨を狩った。
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