111.誤解
助けた女性をなんとかして東の洞窟へ運ぶ。鎖かたびらと切った晒しもカルラに頼んで運んできた。
女性は意識を取り戻すまで時間がかかるだろうと思われた。推定で言えば3日間も海を漂っていたのだ。無理もない。
「ウサギの塩焼きを食べたら、消化によい食べ物を探しに行こう」
カルラはすでにウサギの塩焼きを火に翳して温めていた。
「何を探すんですか?」
「西の森に芋がありそうなんだよ。それを茹でてあげれば消化にいいかなって」
「でも、鍋がないですよ」
カルラの疑問ももっともだった。
「ふふふ」
僕は気味の悪い笑い方をした。そして、いったんためる。
カルラの喉がごくりとなった。
「そこで持ってきてもらった鎖かたびらが役に立ちます!」
「鍋になりそうもないですよ」
「そう。このままでは鍋にはならない。でも?」
「まさか、鍋を作る魔法があるんですか!?」
「正確には鍋を作る魔法ではないけどね。成形といって、金属を思い通りに形に変形させることができるんだ」
カルラは鎖かたびらを手に取る。
「あ、できればこんな形にして、左右に取っ手を付けてね」
僕は中華鍋の形をジェスチャーで作った。
「メタモル」
カルラが呪文を唱えると、若干厚みがないものの見た目は中華鍋そっくりの鍋ができた。
「完璧!」
「えへへ」
カルラは照れながら鍋を僕に渡してくれた。この中華鍋が1つあれば芋を茹でるのも、塩を作るのも、煮込み料理を作るのも可能になる。
「じゃあ、次はこの人の太ももに刺さっている鉄の投げナイフでシャベルを作ろう」
見た目が忍者風なだけあってクナイを何本も持っていた。危ないのでカルラにすべて没収してもらう。そのうち2本はシャベルに変形してもらった。
「これで西の森に行って芋を掘ってこよう」
「ウサギの塩焼きもほどよく温めなおしたので食べながら行きましょう」
カルラが1つ僕に渡してくれる。
「そうだね。ウリ丸はどうする?」
ウリ丸はなぜか女性の傍を離れようとしない。さっき言った「温めて」という指示を忠実に守っているのだろうか。
いや、それはないか。どう見ても寝てる。
僕とカルラはウサギの塩焼きをお弁当に西の森に向かった。
◆ ◆ ◆
芋がありそうな蔓を見つけると、カルラに教える。
「結構、深くに埋まっていると思うんだよね……」
前世の時に山芋ほりをしたことがあるが、固い地面の中を1メートルは掘った。本当に骨だった思いでしかない。4時間掘って取れたのは30センチの芋なので労力に合わないと思った。
今は食料自体が少ないので、4時間掘って必ずとれるのなら割のいい方だと思う。
「穴を掘る魔法ってないんですか?」
カルラに問われて初めて気が付いた。魔法使えばいいのか。
「そうだ。魔法使えばいいんだ」
「ふふ。もう夫婦も同然なんだし私を頼ってくださいね」
カルラはキスを思い出したのか顔が赤くなる。
「う、うん。わかった」
僕も少し恥ずかしかった。
「穴を掘る魔法はグラビィタの応用なんだけど、土の半分は有機物なのでグラビィタでは動かせないんだ。だからちょっと難しいよ」
気を取り直して魔法の説明を始める。
「まず土の中の砂を感じて下の方に集める。穴の底に砂が移動するような感じでね。その後、その砂を上に移動していく。すると上にあるものが砂に押し出されて出てくるって寸法なんだ」
「なるほど。呪文も同じでいいんですか?」
「うん。同じで大丈夫」
「やってみます」
カルラがグラビィタを唱える。土の表面上は変化がない。しかし、ちょっと地面が揺れているように感じるのは中で砂が動いているのだろう。
「集まったと思うので上に持ち上げてみますね」
カルラは目の前の地面に集中する。すると少しずつ地面が盛り上がってきた。直径1メートルほどの土が盛り上がり、横へ崩れていく。
1メートルほど盛り上がったところで下に砂の層ができているのが見えた。
カルラはそのまま右に移動させると、そこに土の塊を置いた。横にはきっちり直径1メートル、高さ1メートルの穴が開いていた。木の根とかは砂や土に引っ張られて切れたようだ。
「この土の塊の中に芋が入っているはずなので、上から土をどけていこうか」
「はい」
僕はスコップを片手に円柱状の土を上から崩していく。砂が動いたおかげてほどよく耕されておりぼろぼろと簡単に崩れていく。
すぐに芋が見えてくる。思っていたよりも大きい。
これなら三人で食べても2食分にはなりそうだった。
「よし、これは僕が持つよ」
そう言って上着に包み込み背中に背負う。
「帰る途中にウサギとかいたら狩っていきましょう!」
「そうだね。あとは鍋に入れる野草があればいいんだけど」
芋に肉が手に入ったのでハーブなんかあれば少しはよせ鍋っぽくなりそうだ。
「ちょっと川によってもいい?」
「大丈夫ですよ。川の近くにウサギがいることも多いですし」
カルラはポケットから小石を取り出すと上空に待機させた。そして、トロポを唱えて僕たちの気配を隠す。
「これで移動しましょう。あ、穴はどうしますか?」
「このままにしておこうか、何か動物が落ちたらラッキーだし」
手の込んだ罠ではないが、小動物だったら一度落ちたら登れない高さの穴ではあるので、幸運であれば食料が増えるだろう。
そうして、芋に追加でウサギを2匹に水辺に生えるハーブを収穫すると僕たちは砂浜へ戻った。
◆ ◆ ◆
砂浜につくと僕とカルラは手分けをした。
カルラは焚き木になる流木をトレナンで水を分離させる。それが終わったら中華鍋に海水をくんで同じくトレナンで塩を作る。塩を取り出したらまたまたトレナンで海水から水を作って中華鍋へ入れた。
「ありがとう」
「いえいえ。おいしい食事のためです。なんでも言ってください」
僕は苦笑しながら「まかせて」と言った。
「それで、あとは女性の様子を見てほしいんだ。男の僕が行くよりはカルラの方が安心すると思うし」
なんといってもまた裸に剥いたからな……。カルラの時の二の舞は避けたい。
「わかりました。様子を見てきますね」
女性のことはカルラに任せて、僕は料理に取り掛かる。
ウサギは1匹分を鍋に使い、もう1匹を塩焼きにする予定だ。
水辺に生えていたハーブはクレソンというよりは水菜と呼んだ方がいい味だった。なので、鳥の水炊きのような感じにする。
芋を洗い、ナイフで皮をむく。ウサギの肉を少し焼いて臭みを取ってから芋と一緒に鍋へ投入。塩で味を調え、水菜もどきを鍋へ入れる。
少し煮込んだ後に火を遠ざけ味が全体にしみこむのを待ては完成だ。
次はウサギの塩焼きを作ろうと思って、適当な枝に肉を刺している時だった。
「そこの男! 武器を捨てろ!」
知らない女性の声の方を見ると、そこには人質になっているカルラと意識を取り戻した女性が立っていた。女性は上半身裸だ。大きな胸が露になっている。カルラに隠れて全部は見えていないが、女性は気にした風もない。
僕は人質にとる方を間違えていると思いながら、ナイフを捨てた。ナイフは回転しながら砂浜に刺さる。
「お前たちは、ここで何をしている?」
「あなたと同じように飛空船の墜落で生き残ったんだ。この砂浜へ流れ着いて救助を待っている。僕はヴォルフ・ザッカーバーグ。王都の知り合いのところへ行く途中だった」
僕の説明を聞いて女性はなぜかカルラを見た。
「その子はカルラ。王都に住んでいてザッカーバーグ領から帰る途中だった」
「この子がカルラ……」
「あなたは?」
カルラが女性に問いかける。まだ名前もきかせてもらえてなかったようだ。
「あたしはアイリス。姓は捨てた。アイリと呼べ」
「アイリ、僕たちはあなたに危害を与える気はない。できれば救助が来るまで生き残るのに協力してほしい」
僕の想像が正しければアイリは忍者スキルを持っていそうだ。きっとこのサバイバル生活を乗り切るのに協力な助っ人になってくれるだろう。
「そうか……わかった。しかし、疑問がある」
「なに?」
「どうしてあたしは裸で武装解除されていたんだ?」
「それはカルラがあなたを助けるために蘇生術を使ったからだ」
「カルラが?」
「そ、そうよ。死にかけたアイリを蘇生術で助けたの。鎖かたびらやナイフを壊しちゃったのはごめんなさい」
「壊した?」
「魔法で鍋とスコップにしちゃったの」
「鍋とスコップ……よくわからないが、まあいい」
「それよりお腹がすかない? ヴォルフがご飯を作ってくれていたの。一緒に食べましょう?」
カルラが誘うとアイリはカルラを解放して頷いた。
「あたしは誤解していたようだ。助けてくれて感謝する」
「気にしないで、目が覚めて上半身裸だったら誰でも驚くし」
ごめんなさい。僕は心の中で誤る。二度もやってしまったし。
「じゃあ、ウサギの肉を焼くね。それまで鍋をつついていて」
僕はカルラにクナイでスプーンとフォークの作成を依頼すると、ウサギの塩焼きを作り始めた。
ちなみに鍋は好評で半分以上食べられてしまい、翌日の食糧調達も頑張れなければならなくなってしまったのだった。




