209.覚悟
宰相は自分を助けてくれとは言わなかった。
僕たちが思っているよりも身勝手な人物ではないようだ。
「とりあえずは、時間を引き伸ばす策を考えることにするよ」
「メテオーアの出番ですね!」
カルラが飛び上がるように言った。
いや、メテオーアは撃たないし……ん? 待てよ?
「よし、撃とう」
要は軍隊同士の戦いが無くなればいいんだから、進軍スピードを遅くさせればいいんだ。
一時的にゴッテスフルス軍の進軍経路をめちゃくちゃにしてしまえば、大軍であるほど容易には進軍できなくなる。
「ゴッテスフルス軍の進軍を邪魔するために、大穴を開けてしまおう」
「それならば同時に補給線を絶つようにしたらどうですか?」
カルラが事も無げに言う。
え? なに考えてるの、この子。
「そ、それはやり過ぎじゃないかな……」
僕たちの目的はできれば新たな犠牲を出さずに退却してもらうことだ。
キタノを操っていた黒幕は殺さなきゃならないかも知れないけど、ゴッテスフルスの人たちに恨みをかってしまったら、カルラの言う戦争をしない国としてのビルネンブルクは難しくなってしまうだろう。
今回の場合は王都へ至る道だけふさいで、僕たちが勝利するための条件を揃えるだけの時間が稼げてしまうと思わせるだけでいい。
そうすれば、ゴッテスフルス軍は退却せざるを得ない。
「ヴォルフの考えていることはわかります。ただ、ちょっと甘すぎると思います。私たちは戦争をしてるんですよ?」
確かに戦争には厳しい判断が必要になるときの方が多い。
でも、この世界では圧倒的に人が足りない。
前世と比べると人間が支配しているエリアはものすごく狭く、とてもじゃないが人間が安全に生きていける環境ではない。
ビルネンブルク王国は比較的魔物が少ない海岸沿いを支配しているが、安全に住めても今度は食料が足りない。
う
だから戦争をして略奪しなければ国を賄えないのだ。
安全に生活出来るようになるまで、戦争とかせずに人口を人口を増やせるように力を合わせるのが理想なんだけどなあ。
「カルラの理想を実現するためにもゴッテスフルス軍の人たちにはなるべく無傷で帰って貰わないと」
「それは、そうですが……」
カルラはまだ納得出来ていないようだった。
ビルネンブルクの激しい戦争観の中で育ってきたカルラは、すぐには戦争をしない世の中にはならないと考えているようだ。
僕も今すぐにならないと思うけど、相手が戦争しているからといって、実戦で勝負する必要はないもない。
開戦するまでもなく、勝負が着くのが一番なのだ。
戦争にならないようにするには、ふたつの条件がある。
ひとつは相手が賢いこと。
決して戦争が儲かることだと認識していないことだ。戦争はすべてを消費して終わる。人もものも、そして、大切な心までも。
だから、前世の人たちは戦争を嫌ったし、情報が行き渡った先進国ほど反戦に動いたんだろう。
特に日本もアメリカも無駄な戦争を経験している。勝ったときは達成感で隠されていた消耗も、負けたときには昔勝ったときの分まで吹き上げてくる。
イビツな形で抑え込んでいたそれは百年以上も傷跡を残すのだ。
だから、本当に賢い人は争いをしない。
そして、もうひとつは圧倒的な力があることだ。それは何も軍事面ばかりではない。
技術力や文化レベルが高ければそれだけで、戦争を回避する手段をたくさん持ってられる。
「僕を信じて。なんとかしてみせるから」
カルラをじっと見る。
これは考え方の違いなのだ。
結果が出れば、カルラの方が正しいかもしれない。もちろん、僕の方が正しいかもしれない。
未来のことは誰にもわからない。
ただ、過去の出来事を傷痕として未来に残さない方がいいと思う。
「わかりました。私はヴォルフを信じます!」
誰かを信じることはとても勇気がいる。カルラは僕に乗ってくれた。
だから僕は自分の信じる道で応えなければならない。
「じゃあ、ドーラを呼ぼうか」
夜になったら、ゴッテスフルス軍の進軍も止まる。そこを見計らって作戦結構だ。




