207.複製
今度こそキタノを埋葬し終えると、僕はカルラたちを呼んで、ここであったことを話した。
その過程で僕は異世界転生者であること、異世界転生者は例外なくチートスキルを持っていることを話すしかなかった。
スーが異世界転生者であることは話していないが、ゴッテスフルス帝国を動かしている影の人物が僕と同じ世界から来ているであろうこと、僕と同じ世界から来ている人たちがその人物にスキルを盗まれ、操られるか、弱味を握られるかして、ゴッテスフルスの新兵器を開発しているであろうことを共有した。
言っていて、僕の前世のイメージがひどく地に落ちた気がした。
大抵の異世界転生小説では現代日本を良いものとして描いている。
転生先の文明レベルを超越し、不戦による平和を維持し、その平和による文化レベルの高さで豊かな食べ物を生み出す。
しかし、それはあくまでも社会全体としての良さであり、僕をはじめとして異世界で特別な力を持つと、力の使い方を知らないから暴走してしまう。
平和に守られて、力を使うことを制限する精神力が鍛えられていないのだ。
だから、この世界へ来た人の中で悪事を働く人がいるというのはよくわかる話だった。
「ヴォルフは違います。ゴッテスフルスの影の支配者がヴォルフと同じ世界から来たとしても、ヴォルフは私たちを愛し導いてくれました」
カルラは最初こそ衝撃を受けていたようだが、はやくも僕を受け入れようとしてくれている。
「だけど、それすら、そのカルラからの愛すら、スキルなのかもしれないんだよ?」
そんなスキルがあるわけではないと思ってるけど、ステータス画面がないんだから確認しようがない。
「それでもいいのです。いえ、スキルで偽りの愛をもたらされたとしても、ヴォルフはそれを悪用しなかった。それだけで私はヴォルフを心から信用できます」
「そうだ。我のような圧倒的な力を持つドラゴンを支配かにおきながら、それを悪用したことはなかったではないか」
ドーラが圧倒的な力を持っているかどうかは今となっては疑問の余地があることだけど、少なくてもドーラに名前をつけた段階では悪用しようとは考えなかった。
「アテはこう思います。ヴォルフは自分を低く評価しすぎなんじゃないかって。出来るからと言って何でもやっていいわけないでしょう? ヴォルフはそれがちゃんとわかっていたからこそ、今表舞台に立っていられる。ゴッテスフルス帝国の裏方は表に出た瞬間に殺されかねないですよ」
たしかにユキノの言うとおりだった。
ゴッテスフルスの影の支配者は、名乗ることすらしなかった。情報を出さないことで自分の居場所を知られず、特定されないようにしている。
だが、特定されないというのと、特定出来ないというのは別の話だ。
「クロ」
「了解です」
クロは皆まで言わずとも僕の言いたいことがわかったようだ。
「ありがとう、ユキノ。ユキノの言葉で突破口が開きそうだ」
相手はクロの能力を正しく把握していない。
だからこそ、クロならば相手の大体の位置さえわかれば個人を特定することができるのだ。
本体が直接でる必要があると言っていた。そして、ゴッテスフルスではなく、ビルネンブルクの王都でまた会うことになるといっていたのだ。
これが意味することは2つ。
ひとつはビルネンブルクの宰相派の中に入り込んでいる人物が黒幕である可能性。もうひとつは単純にゴッテスフルスの侵略部隊にいて、すぐビルネンブルクの王都を落とす自信があるということ。
ここで僕がゴッテスフルスの帝都を落としてもまったく意味がないことをよくわかっている。
この世界で一番強いのは塩を押さえているビルネンブルク王国なのだ。
だからこそ、本体のいる地域はビルネンブルク王国の王都周辺に限られる。
それはクロにとって都合のいいことなのだ。
「それで、もう帰るならお土産を買いにいかないか?」
レトがウインクしながら台詞を口にする。
「そうだね。キタノの埋葬も終わったし、そろそろビルネンブルクの王都争奪戦に参加しないと出遅れちゃいそうだしね」
実際のところ、僕にはゴッテスフルスの黒幕とビルネンブルクの宰相派のどちらが勝つかはわかっていない。
予想するのも難しかった。
まずは情報を集めなくてはならない。この世界に限ったことではないが、情報は足で集めた方が強い。
前世ではインターネットというツールがあったけど、そこにある情報は古かったり、偽物だったり、悪意が含まれたりしていて、判断の直接の材料にするための強い情報とは言えなかった。
足で集めた情報は徒労に終わることも多いけど、判断の直接材料になる強い情報が手にはいる。もちろん、これも異世界転生小説で得た知識だ。
「では、我は酒を買ってくる」
「僕もお供しよう」
ドーラとレトが連れだって出ていくとカルラとユキノが僕の腕を取った。
「私たちも行きましょう」
「ヴォルフのいた世界の美味しい食べ物があるかもしれないですよ」
確かに異世界転生者が多く集まったり、その知識が一般に流布されていたりすれば、そういう食の文化が根付いているかもしれない。
キタノを助けられなかったことで少なからず落ち込んでいた僕はカルラとユキノの気遣いに感謝した。
代官一家の見張りにハクとリンダだけ残すと、僕たちはお土産を買いに市場に向かっていった。
「お土産は催淫剤をお願いします!」
リンダがなにかいっていたけど、僕はわざと聞き間違えた振りをして、催眠剤を買ってこようと思った。




