206.治療
僕はキタノが精神的に病んでいるのだと考えた。
この世界は前世と違いすぎる。
異世界転生して、赤ちゃんの頃からこの世界で育っても、前世の記憶がある限り、慣れることはないだろう。
ゴッテスフルス帝国が女性をどういう扱いしているか知らないが、キタノのアザを見る限り、あまりよい扱いではないようだ。
「今から回復魔法をかけるから」
「回復魔法……?」
秘密にしておこうと思った回復魔法をキタノに話したのは、安心しもらうためだった。
「ヴォルフ!」
クロが避難の声をあげる。
しかし、男が女性に近づいて魔法を使うのだ。これから使う魔法の種類を言うべきだと考えた。
「ふーん。久我は回復魔法が使えるんだ。それはそれは」
キタノの雰囲気が急に変わる。
「ねえ、久我ってあまり頭のいい方じゃないよね? だって、私のスキルが何か分かってないんだもん」
異世界から来た人を見抜くスキルじゃないのか……?
「ヴォルフ、キタノを殺す許可を」
不穏な空気を読み取ってか、クロが僕を引っ張ってキタノから放す。
しかし、キタノを殺す理由がわからない。
「キタノは何か危険です」
クロが論理的ではないことを理由に人を殺そうと考えるなんて、尋常ではなさそうだ。
「許可する」
鋭い光がキタノの額を貫く。そして、キタノの後ろの壁に赤い血が張り付いた。
一瞬で絶滅したようで、最後に何も言えないまま崩れ落ちていく。
迷わないと決めていたから、クロに素早く指示できた。
キタノが何者でどんなスキルを持っていたかは分からなくなってしまったので、モヤモヤするけど仕方ない。
「キタノを埋葬してやろう」
そう言いながらキタノの死体に近づいていく。
「無理よ」
僕はキタノの頬を拭こうと出した右手を引いた。
キタノが目を開いて喋り始めたからだ。
「死んでない?!」
再びクロがレーザーを発射するも、そのレーザーはキタノに到達する前に拡散した。
「二度は食らわない」
キタノは後ろ半分がなくなった頭をゆっくりと起こした。
まだ脳漿が漏れ出ている。
ホラー映画よりも怖い。動かないはずの死体が動くって、これほど恐怖するものなのか。
「あー、流石にこの体はダメだな」
自分の後頭部を気にするように黒目を動かす。
「そこの藁人形は自律型のゴーレムなのかな? それにしてもすごい技術力だ。向こうの世界でもここまで完成度の高いロボットはなかったし」
僕は段々と状況が飲み込めてきた。
目の前にいるキタノは、誰かに操られていたのだろう。そして、本物のキタノは最初からここにはいなかった。
キタノが持つという異世界から転生してきた人がわかるスキルというのは本当のことで、ただ、そのスキルは誰か別のものが盗っていたのだ。
おそらく、それがゴッテスフルス帝国の皇帝。いや、その皇帝を操り人形にした異世界転生者だと思う。
僕の回復魔法やスーの菌とコミュニケーションを取る能力なんか霞んでしまうほどのチート能力だ。
「回復魔法なんてスキル、逃すわけにはいかないんだけど、この体じゃマトモな戦闘なんて出来るわけないし、これは本体が乗り込まなきゃならないなあ」
キタノだったものは続けて喋る。
この遠隔能力も多分誰かから盗んだものであり、キタノの行動がおかしかったのも、自律行動をさせるスキルが中途半端だったからだろう。
僕が勝てる隙があるとしたら、キタノを操った奴の持っているスキルはそこしかなさそうだ。
「まあ、君の顔は覚えたし、ビルネンブルクで戦うことになるだろうから、いいんだけどね」
口調がすっかり若い男の子のそれになっている。
「ビルネンブルクをもう落とした気でいると、足元掬われるんじゃない?」
相手が他人からスキルを盗めるチートスキルを持っていようとも、元々、この世界で生きてきた人たちに簡単に勝てるはずはない。
僕の婚約者たちを見ればわかるけど、情報が行き渡っていないからこそ、在野に才能がわんさかと埋もれているのだ。
ビルネンブルク王都を実行支配している宰相派とは敵対関係ではあるが、宰相派はなめてかかって勝てるほど愚かではないと思う。
「そうかな? ゴッテスフルスなんて、結構ちょろかったよ」
それだけ言うと、キタノはまた目を閉じた。




