205.帝国
キタノは別室に連れてきても非協力的で、まだゴッテスフルスの帝都から応援が来ると信じているようだ。
「帝都から応援が来たら、あなたたちはただじゃすまないわよ」
高圧的な台詞ではあるが顔が隠しきれない恐怖にひきつっている。
「我は暇なので酒を買いに行ってもいいか?」
「そうだね。お土産を物色してきてよ。ここはクロがいれば問題ないから」
僕の台詞にキタノの表情がさらに強ばる。
「ちょ、ちょっと! 女の子を遠ざけて何をする気なの?」
さっきからちょくちょくキタノが男性恐怖症ではないかと疑っていた。
だから僕と二人になれば、ボロが出やすくなるんだろうと思ったのだ。
それはドーラやカルラも同じらしく、僕の言葉の意味を正しく受け取って部屋から出ていく。
「あ、おい」
キタノはもう拘束されていない。しかし、自分の実力は知っているのか、逃げようとは思っていないようだ。
「じゃあ、ゆっくりお話ししようか」
僕はにっこりと微笑む。肩には黒い藁人形のクロがいて、ちょっとしたホラー映画だ。
「は、話ならいいだろう」
キタノは僕の向かいに座ると、僕も椅子に腰かけた。
「な、なあ。久我だよな?」
僕は精神的な優位に立っていて気が抜けていたのだろう。
「え、あ、うん」
と何とも気の抜けた肯定をしてしまった。
久我は前世での僕の名字だ。
急激に危機感が沸き上がってくる。
なぜキタノは僕の前世の名を知っている? 前世での知り合いだったとしても、今の容姿から久我と判断できるのは何故なんだ?
「小官は、いや、私は北野紗智だよ。覚えてないかな……あまり話したことはないもんね……」
力なく笑った。
僕の正体が分かったからと言って、僕に危害を加えるつもりはないらしい。
「……なぜ、久我と分かったの?」
もう隠しても無駄だと思った僕は直接聞くことにした。これはきっとキタノのスキルなのだろう。有効活用できていないところを見ると、そこまで多くの情報が分かるわけではないようだ。
「なんか、前世の姿を見ることが出きるみたいなの。それで……」
僕はキタノのスキルが何に使われたのかわかった気がした。
この世界には僕と同じ前世から転生して来た人が少なくない。そして、ここに来て急激なゴッテスフルス帝国の台頭と、新兵器の投入。
きっとキタか、キタノと似たスキルを持つ人がゴッテスフルスに人を集めたのだ。
「ねえ……」
「ゴッテスフルスには行かないよ。僕は役に立てそうもないし」
「それなら! 私ももう嫌だったの!」
キタノは目に涙を溜めていた。
「脅されて、嫌な目にもあって、同じ世界から来た人たちを騙して……それで、また恨まれて……もうこの世界で生きていく自信ないよ……」
演技かとも思った。しかし、演技には見えない。
よく見れば防具の隙間から見えるキタノの肌にはアザがあった。
暴力を振るわれたあとだろうか。
それでも、僕がキタノを信じるにはまだ足りない情報があった。
それは司令官が殺されていることだ。殺したのはキタノのはずだ。
僕と二人になって怖がっているようなメンタリティで人を殺せるとは思えない。
「司令官がキタノの見張り役だったの?」
「あれは私の奴隷……逃げようとしたから殺しただけ」
え? ちょっと待って。混乱してきた。
司令官に暴力振るわれていたんじゃなければ、チラチラ見えるアザはなんなんだろう。
「キタノ、そのアザは……?」
「アザ?」
そこで初めて自分のアザに気がついたようで、キタノは自分で自分の体を見て驚いていた。
「何これ……」
キタノはどこかおかしかった。言動が矛盾だらけというか、妄想と現実がごちゃごちゃになっている人の特徴がある。
「キタノ、少し我慢できるかな?」
僕はキタノの肩に手をおいた。




