204.内情
「小官をこんなところに連れてきて何をするつもりだ!」
廊下から大きな声が聞こえる。
どうやら、ハクとドーラが話題の副官を連れてきたらしい。
その間、代官は僕たちの話を聞いてすっかり諦めている様子だ。
僕たちの人数が正確にわかっていないからだろうけど、少し諦めるのが早すぎないだろうか。
もしかしたらシメキタの常備軍は上手く機能してないのかもしれない。
そもそも、司令官は即行で逃げるし、副官もさっくりと殺しちゃうような関係性だし、だから、代官たちは相手の情報を集める前に諦めちゃったんだろうね。
騒がしい女性が寝室の中に入ってくると、その場にいたカルラは目を見開いた。
「女性ですね」
黒髪のさらりとしたポニーテールにレイピア装備。見た感じは貴族の娘が腰掛け程度に副官をやって箔をつけようとしたような頼りない感じだ。
この世界では筋肉が戦闘力のすべてではないが、二十歳は超えているであろう、この女性はあまりにも鍛えてなさすぎる。
「代官夫妻……」
流石に代官夫妻とは面識があるようで、自分がこれから監禁される場所に連れてこられたのはわかるようだ。
そして、僕を見ると顔が青ざめる。
「なぜお前がここに!」
どうやら、向こうは僕を知っているようだ。
この世界では写真なんてないから、伝聞で聞いた情報では初見の人が本人かどうかなんてわからない。
そして、僕はこの女性に合ったこともない。
「お知り合いですか?」
「え? 知らない」
カルラの問いに素っ気ない答えをしてしまう。
「どこかで会いましたっけ?」
女性はなんという名前なんだろう? 名前聞けば思い出すかな。
「名前は?」
「キタノだ。ゴッテスフルス帝国軍少尉。シメキタ防衛隊司令官代理をしている」
落ち着いたらしく、努めて冷静にといった調子で僕に挨拶した。
「キタノ……?」
日本人の名字のような名前だなと思った。
でも、例え前世で面識があったとしても、前世の容姿とは全然違う。そして、この世界に来てからはザッカーバーグ領から出たのはつい最近のことだ。
遠く離れたゴッテスフルス軍に面識がある人がいるとは思えなかった。
「シメキタを落としたと思っているようだが、それは、大きな勘違いだぞ。シメキタはゴッテスフルスの帝都と繋がって監視されている。すぐにゴッテスフルス軍がシメキタを取り返しに来るだろう!」
自信満々のキタノだけど、代官の様子を見るに、それはないような気がするな。単なるはったりだろうか。
「それならば、代官夫妻と副官を殺して立ち去りましょう。私たちにしてみれば、シメキタなんてなくても問題ありません」
カルラの言うことは最もだった。
僕たちは犠牲を払ってまでシメキタを占領したいわけじゃないのだ。
シメキタが攻められたら、今ビルネンブルクを攻めているゴッテスフルス軍がどう動くか知るのが目的だ。
ただキタノの言い分が正しいとすれば、ゴッテスフルス軍には帝都を防衛した上で、まだ動かせる軍隊がいることになる。
ビルネンブルクの戦力に対抗してなお、そんな余裕があるとは信じがたいが、確認しておいた方が良さそうだ。
「クロの計算ノードには何か引っ掛かってない?」
「ないですね。隠蔽している可能性はありますが。夕方まで待ってもらえば帝都まで足を伸ばせます」
もちろん、その前にゴッテスフルス軍に動きがあればクロが知らせてくれるだろう。
全軍がホバーに乗ってきても、僕たちがホバーかドーラに乗って逃げれば逃げ切れる。
「じゃあ、ゴッテスフルス軍の動向を探って。あとユキノとハクに代官一家の見張りはまかせた。抵抗するなら殺していいから。キタノを連れてきて。みんなで話をしよう」
キタノは自分のはったりを見破られないように表情を強ばらせたままだ。
「キタノをどうするつもりですか?」
「とりあえず、協力してもらえるように話し合いかな」
カルラの言葉に僕は軽い調子で答えた。
話し合いなんてするつもりはないのだが、キタノの正体が気になる。
異世界転生者なら助けたいし、そうでなかったとしてもシメキタの常備軍の指揮命令系統を聞いておきたかった。
まあ、捕まっている状態で命令出来ないんだから、伝令という形で口頭指示なんだろうけど……。
「……婚約者にしないんですか?」
リンダが僕のそばによってきて、こそっと耳打ちするが、僕は首を横に降る。
「そうですか……後輩ができると思ったのに」
敵になんの脈絡もなく惚れてしまう指揮官なんて要らないと思うのは僕だけなんだろうか。




