203.奪取
夜が明ける直前にクロはホバーを7機ろかくした。
少し練習すると、ドーラを含めてみんなが自由に乗れるようになる。
流石に戦闘機のドッグファイトみたいな激しい操縦は出来ないけど、上空から魔法で攻撃する分には何の問題もないだろう。
「これは楽しいですね!」
カルラは年齢相応の柔軟さでホバーを乗りこなしている。僕も含めて一番上手い。
元々、カルラは魔法でも飛べていたので、感覚をつかむのが早かったようだ。
一番苦労しているのはドーラで、ホバーに襲われて痛い目にあったからか、最初は恐る恐る操作していたのだがけど、今はしっかりと飛べるようになった。
シメキタのゴッテスフルス軍も気がついている頃なので、飛べなくしたホバーを修理される前に進軍しなければならない。
「そろそろシメキタへ向かおう。住民はなるべく巻き込まないように。ゴッテスフルス軍だけ狙ってね」
広範囲魔法は使えないので、対ホバー要員として連れてきたユキノやハクは戦いにくいだろうけど、対地戦闘はカルラの得意とするところだと思うし、カルラ一人に任せても大丈夫だろう。
シメキタの人たちには悪いけど、いざとなれば巻き添えになって貰う。
優先順位をはっきりさせておかないと、いざというときに迷ってしまいそうで怖かった。
16年も経って未だに前世の価値観に縛られている。前世では人間どころか生物を殺そうなんて思っても見なかった。
僕のことをバカにする奴がいたとしても、憎く重いはしても殺すまでは考えたことはない。
しかし、この世界では相手と命のやり取りをしていることが常識に組み込まれている。
常識とは意識せずに従うルールのことだ。僕が殺さないからといって相手も手加減してくれるとは限らない。
「では、先頭は私が務めます。ドーラは殿を」
カルラが指示を出すと、飛んでいる僕のホバーの回りを囲うように編隊を組んだ。
「クロ。みんなのホバーにクロの制御機構を入れることはできる?」
万が一、搭乗者が運転できないようなケースが発生した場合、安全に着陸する必要がある。前世で空を飛ぶ乗り物が増えなかったのは実用性のある安全装置が出来なかったのが原因だ。
「最初から入っているようです。ただ性能的に不満がありましたので、私の計算ノードが姿勢制御を代理演算するように改修してあります」
それはすごいな。
「みんな!」
僕が声をかけると、みんなホバーに乗ったまま集まってくる。
「これからシメキタに進軍する。目標はシメキタの代官がいる中心部の建物。代官を拘束し、シメキタを支配する」
もちろん、代官を拘束しただけじゃ都市全体を支配なんてできないだろう。
そこはクロのインテリゲンで集めた情報を元にシメキタの常駐している軍隊の司令官を脅迫することで、軍隊の指揮権を手に入れる。
中には正義感が強い人がいて、反抗するかもしれないけど、組織的に抵抗されないのであれば、少ない人数でも制圧するのは簡単だ。
「じゃ、出発!」
◆ ◆ ◆
「そ、それで我々の身の安全は……」
シメキタの市街地を悠々と飛び越し、抵抗なんて何もなく代官屋敷を支配下においた。
ホバーによる防御体制があり、塀のかなり外から迎撃できる体制になっていた、という安心感が代官屋敷の警備を薄くしたんだろう。
代官は逃げる時間すらなく、僕たちに寝室に踏み込まれて今に至る。
「殺しはしないよ。もちろん、変なことを考えていなければだけど」
僕は見た目が少年の域を出ていないので、甘く見られるかもしれないな、と思いながらも脅しをかける。
「いたよー」
そこにハクとレトがシメキタの代官の娘をつれてやってきた。
娘は16歳らしく、僕と同じ年の頃だ。
まだ寝ていたらしく、代官や代官の奥さん同様、寝巻きのままだった。
「ユニ!」
代官の奥さんが娘の名前を叫ぶと、ユニはハクたちを振り切って代官夫妻のところへかけていった。
「カルラ、クロの方はどう?」
クロはドーラと一緒にシメキタの常駐軍の司令官のところへ行っている。
「どうやら、司令官は逃亡しようとしたので、副官に殺されたようですね……」
「え?」
敵前逃亡する司令官も大概だけど、それを即断即決で殺しちゃう副官もどうなんだろう。ちょっと怖いんだけど……。
「副官は女性のようですね。リンダ、知ってますか?」
「名前に聞き覚えない。最近来た人じゃない?」
二重スパイしていたと言ってもリンダがなんでも知っている訳じゃない。
「ドーラにこっちに連れてくるように伝えられる?」
「細かい事情はわからないけど、こっちに連れてくるみたいです」
どんな人なんだろうか。大人しく支配下に入ってくれそうにないけど……。




