200.指輪
「いやあ、ここはどこだろうね?」
スーの呟きが洞窟の硬い岩に跳ね返る。
僕とスーは洞窟に入るなり、足を滑らせてウォータースライダーのような水路を流れ流れて地底湖に至る。
最後は崖のようなところからのナゲッパナシだったので、二人ともずぶ濡れだ。
スーが持っていたライトのアーティファクトでなんとか明かりは確保できているが、めちゃくちゃ寒い。
日が当たらないし、風もないので服が乾く気配はまったくなかった。
「冷たいね……」
「そうだね」
「だ、抱き合ったら暖かいんじゃない?」
ライトに照らされるスーの顔は赤い。
つられて僕も赤くなる。
やましいことはなにもないんだ。僕たちは婚約者だし、お互いに好きあってるんだから……あれ……?
「つかぬことをお伺いしますが、スーは同じ異世界人だから僕といるの?」
「え? うーんと。最初はね、怖かったんだよ。せっかく出会えた同郷の人と離れてしまうのが。でもね、少し離れて見て改めて思ったのはヴォルフが好きだということだった。私は同じ異世界から来たと理由だけでヴォルフを必要としていたわけじゃなかったよ」
こうも改まって言われると照れてしまうが、今はそれに構っている暇はない。
「じゃあ、濡れた服を脱ごう」
そういいながら僕が服を脱ぐと、スーも服を脱いだ。
ライトの明かりに照らされて白い肌が暗闇に浮かび上がる。
スーの胸はそんなに大きい方ではないのにマジマジと見てしまう。
「ちょっと、見すぎだよ」
僕の視線に気がついたのかスーが胸を隠した。
「あんまり見られると恥ずかしいから、ライトの光を絞るね」
スーがアーティファクトを操作すると、僅かに見える程度の光だけになった。
それでも、暗闇になれてくるとスーの輪郭がはっきりと見て取れる。
「くっつくよ」
僕から抱きついてこないことに苛立ったのか、スーの方から抱きついてきた。
肌がふれあうと、一瞬の冷たさの後に、スーの体温が感じられる。
スーの心臓の音が聞こえてくる。
思いの外、鼓動が早い。緊張しているようだ。
前世ではスーは僕よりも年上で、恋愛経験皆無な僕よりもこういうことに対して緊張しないものだと思っていた。
「音」
「あ! あのね!」
スーが急に大声を出したから僕はびっくりした。でも、抱き合ったまま離れず、スーをそっと抱き締める。
「私、女子高に女子大で、会社も女性ばかりのところに就職してたんだ。だから、年頃の男の子の扱いをどうしたらいいかわからなくて……だから」
スーの声が段々と小さくなる。
「だから、ヴォルフの好きにしていいよ」
スーの言葉に僕の心臓が反応した。
「あはは。ヴォルフの心臓の音も聞こえてきた」
さっきまでは、自分の心臓の音にしか意思気が向いてなかったスーも、僕の心臓があまりにも大きく音を出すので、気がついてしまったようだ。
僕も凄い緊張しているということを。
「なんでもいいからね。私、ヴォルフのリビドーを受け止めてあげる」
そういわれてしまうと僕は逆に冷静になろうと努めてしまう。
僕の思うがままにスーを抱いてしまったら壊してしまうと思ったからだ。
実際にはそんなことはないんだろうけど、今はそもそもそういう状況じゃないし。
「スーの気持ち、わかったよ。地上に戻れたらお願いするね」
僕はスーを少しきつく抱き締めた。
スーはピクンと体を固くする。
「うん」
スーと抱き合っていると本当に暖かくなって来た。
「あったかい……」
「今、菌に話が着いたからすぐに服も乾くと思うよ」
「そうなの?」
僕は少し離れてスーの顔を見る。
スーは少しいたずらっぽく笑うと、僕の頬にキスをした。
「本当はね、服なんて脱がなくても乾かせたんだ。でも、せっかくのチャンスだったから利用したの」
薄暗くてよくわからないが、スーは照れ笑いをしているようだった。
もし本当にチャンスだと思っているのなら、もっと長引かせた方がスーの目的は果たせたはずだけど、照れがそうさせたのか、それとも抜け駆けしているのを後ろめたく思ったのか。
「そういえばさ、この世界には指輪の伝説があるんだよ」
「ライン川みたいなの?」
前世では指輪物語の元になった黄金の指輪の話があった。ファンタジー好きには有名な話だけど、僕は原作を読んだわけじゃないので、うろ覚えだけど、ニーベルングの指輪を手にいれたら世界を支配できるという話だった気がする。
「そこまでストイックな話じゃないけど、穢れをしらない男の子が指輪を持つと、世界中の男が付き従うカリスマを手にいれるんだって。ヴォルフが手にしたら男女両方を手にいれたも同然だよね?」
今でこそ婚約者がたくさんいるけど、僕がザッカーバーグ領にいたころは持てる訳じゃなかった。
それどころか、女性受けは悪かった方だと思う。
多分、カルラと出合ってからだろうなあ。
「穢れを知らないというところが気になるけど、それってどこまでのことを指すんだろう?」
「さあ? 童貞ならいいんじゃない?」
それなら僕は胸を張って童貞と言えるけど、どことなく悲しい気がするので、声に出しては言わないことにした。
「でね、その指輪なんだけど」
「うん」
「菌の話によれば、すぐそこにあるそうです」
ご都合主義にもほどがあるような気がするけど、この先、無駄な争いを避けることができるのなら手にいれておきたい。
「でも、指輪って金属か宝石だよね? それに菌が着いているの?」
「それは見れば分かるよ」
服も乾いたし、スーと暖めあったことで体温も戻った。そろそろ行動を再開しても良さそうだ。
「じゃあ、服を着たら行ってみよう」
「うん」
僕とスーはすぐに服を着る。
スーが再び明るくしたランタンを持って、指示通りの道をたどっていくと、玉座のようになった鍾乳石が見えた。
その回りには明きからに人骨とわかる骨が散乱している。
「もしかして、あの鍾乳石?」
僕は彼処にある人骨は指輪を手にいれようとして失敗した人たちの姿だと思った。
つまり、「純血ではなかった男性の遺体」ではないかと。
「こんなに簡単にたどり着ける場所にあって、手にいれる条件もわかっているのに、この人骨の多さは罠としか思えないんだけど……」
「まあ、そうだよね。私もそう思うよ。でも、とりあえず、指輪を見るだけ見てみない?」
「遠くからだけなら」
スーは慎重になる僕の手を引いて指輪の元に向かう。
鍾乳石の影から見えてきた指輪は暗闇の中で赤く輝いていた。
「中々綺麗な指輪だね」
「綺麗と言うかどちらかと言えば禍々しい感じがするんだけど」
これは僕の美的感覚の話ではない。
魔力の質が歪なのだ。
「ちょっと手に取るだけなら大丈夫かな?」
「ダメだよ!」
僕の制止を振り切ってスーは進んでいく。
これは指輪に魅入られたって奴じゃないか。
「正気に戻って!」
指輪は童貞以外を惹き付け何らかの方法で殺して、その人間の魔力を奪うのだろう。そして、童貞の魔力は好みではないか、制限があって吸えないか。
「ならば」
僕はスーを追い越すと、指輪のある鍾乳石によじ登る。
指輪の回りに罠でもあるかと思ったけど、何もなく指輪に手が届くところまでこれた。
指輪は相変わらず怪しく赤く光っている。
スーを振り替えるも、まだ指輪の方へ近付いて来ているので僕は覚悟を決める。
「なんという名前の指輪か知らないけど、正真正銘の童貞の僕が新しい主だ!」
手に取ると指輪は激しい光を発した!




