110.豪雨
そろそろ寝ようとするころになって、外は激しい雨が降っていた。強風と相まって本格的に嵐が来たようだ。
できるだけ乾いた流木は森の中の雨がしのげるところへ置いてきたが、この分だとびしょぬれだろう。
嵐がどれぐらい続くかわからないが、長く続くと火の方がきびしくなりそうだな。
明日も嵐が続いていたら、カルラには火系の魔法を練習してもらおうと考えていた。
火系の魔法はエネルギーを操る魔法なので、これができれば火を起こすことはおろか、氷を作ったり、化学変化をも操ることができるようになる。
質量保存の法則があるように、エネルギー保存の法則があるのだが、この世界ではエネルギー保存の法則は魔力をエネルギーに変換することでその因果律を破ることができる。
「雨は止むでしょうか」
カルラは葉っぱに包まれたウサギの塩焼きに目をやる。
確かに雨が止まないと明日の昼には食糧が尽きてしまう。それに昼間は節約するとしても薪も厳しい。
「そのときのことを考えてお昼は抜こうか。あとは朝に食べる量も少なくしてなるべく節約しよう」
「お、お魚を取ってくるのでお肉だけは!」
懇願されてしまった。
「じゃあ、カルラの分は減らさないでおくね。何にしろカルラには魔力回復を優先してもらわないとならないから」
「雨が止んだらたくさんとってきますからね!」
あまりたくさん取っても保存食にしておかないと腐ってしまう。保存食にするには塩を作りためておかないと出来ない。
「気にしないで。僕はそんなに体力使わないからね、お腹すかないんだ」
実際、カルラは魔力も体力も僕よりも使っているので、食べた方がいいだろう。
「お腹も減るし、今日は寝ようか」
この問題は雨の中、考えても意味がないなと思ったのでカルラに寝ることを提案する。
「そっちに行ってもいいですか?」
カルラは寂しいのか、僕の方によってきた。
「うん」
昼間のカルラの言葉が思い出されて僕は頷くしかなかった。紳士的な態度という奴は僕にはかなり難しい。
「ありがとうございます」
カルラを軽く抱き締めると体温が伝わってきた。
「ふたりで寝ると暖かいですね……」
カルラも僕の体温を感じているようだ。
ふたりでモジモジしていると、ドサッとふたりの間にウリ丸が落ちてきた。
仲間はずれにするなと言うことらしい。
「ウリ丸……」
僕はウリ丸を撫でると少しだけ体を震わせた。
「ふふ。ウリ丸も一緒ならもっと暖かいですね」
ウリ丸は毛皮だしね。本当に暖かい。
「このまま寝ましょう」
確かにウリ丸を抱きながら寝た方が僕も困らなくていいな。
「うん。お休み」
「おやすみなさい」
そして、僕たちは二日目の眠りについた。
◆ ◆ ◆
朝起きると雨は止んでいるようだった。
身を起こすとウリ丸が居なかった。カルラはまだ寝ているようだ。
「カルラ」
呼び掛けてみるが、まだ起きそうにない。起きていないとびっくりするかも知れないので、枯れ葉で床にメッセージを残す。
東の洞窟から出ると空は快晴だった。
「台風みたいなものだったのかな?」
それにしては強風の期間が短かったような気がする。
疑問に思いつつもウリ丸のことが気になっていた。逃げたしてどこかへ行ってしまうとは考えてないけど、離れたところで肉食獣に襲われてしまうかもしれない。
見つけ出して保護してやりたいと思っていた。
東の岩場を降りて、砂浜へ着てみるとウリ丸がいた。その横には人影が見える。人影は黒い衣装を身にまとっている。フードもついていてどことなく忍者を思わせるような格好だ。
飛空船に乗っていた人だとすると、僕たちと比べて実に二日も長く海の上に居たことになる。生きているとしたら大分衰弱しているかもしれない。
近くに来て見るが、どうも息をしていない。触ってみると体もかなり冷えていた。
「ヤバいな」
その人を抱き起こすと、仰向けに寝かせる。そして、気道を確保すると喉の奥を覗きこむ。何か詰まっている訳ではないようだ。
服をナイフで切って脱がそうとすると、下から鎖かたびらのようなものが出てきた。更に下には晒しが巻かれている。
それ以上楽な格好にすることはあきらめ、急いで息を吹き込む。人工呼吸というやつだ。
耳を口に当てるが、まだ呼吸は戻らない。同時に心臓も動いているか触ってみるが弱々しい鼓動だった。
胸に手のひらを当てて強く押し込む。
すると口から水が出てきた。どうも海水をたくさん飲んでいるようだ。
それから僕は人工呼吸と心臓マッサージを交互にやっていく。
「ヴォルフ!」
カルラの声が聞こえた。丁度良かった。
「カルラ、この人を助ける。こっちに来てこの鎖かたびらを切ってくれ。呪文は『切断』だ。手の先にできる魔法の刃は人体には何の効果も及ぼさない。鎖かたびらだけ切れるはずだ」
「わかりました!」
カルラはすぐに呪文を唱える。するとカルラの右手に白く輝く剣のようなものが出た。
それを倒れている人の鎖かたびらに当てると簡単に切れていく。縦に一回走らせ、肩の部分も切ってくれた。
「ありがとう」
僕はすぐに鎖かたびらの残骸を外し、ナイフで晒しを切っていく。晒しを取ると、下から豊かな胸が出てきた。
倒れていた人は女性だった。
またか!と思わないでもないが、今は一刻を争う。
「カルラ、僕のすることをよく見てて!」
そう言いながら人工呼吸をする。今度は胸が含むのが見えた。ちゃんと空気が肺に送り込まれているようだ。
そして、口元に耳を近づける。
「こうして、口を全部塞ぐようにして息をゆっくり吹き込む。次に呼吸が戻ったか確認する」
続けて胸の真ん中に手のひらを置いて両手で胸を押し込んだ。
「この位置に手を置いて指一本分五回押し込んで。心臓の音を確認する。これを繰り返す。出来る?」
「えっと、覚えきれません!」
そりゃそうだ。僕はすぐに上着を脱ぐ。
「上着に予備の流木と枯れ葉、そして火種を持ってきて、この人、すごい冷えてるから」
「わかりました!」
カルラはすごい勢いで走っていった。
「ウリ丸はこの人の左脇に入る。少しでもいいから暖めて!」
むんずと掴んでウリ丸を左脇に置く。ウリ丸も何をすればいいと分かったのかおとなしくそこにいた。
僕は続きをする。普通は30分以内に施さなければ生存の確率はほとんどない蘇生術だが、この人は弱々しくでも心臓が動いていた。助かる可能性は高いと思っていた。
「返ってこい!」
僕はこの世界に来て何度目かの神へのお祈りをしながら蘇生術を続ける。
カルラはすぐに戻ってきて倒れている人の近くに焚き火を作ってくれる。その間、僕は蘇生術を続けていた。
もう20分は続けていただろうか、焚き火の火も強くなり、僕は熱くて汗をかきはじめたころだった。
女性に自発呼吸が戻る。弱々しかった心臓も力強く波打つようになってきた。肌にも赤みが戻ってきたようだ。
「もう大丈夫かな……」
僕はへたりこむとため息をついた。蘇生術はかなり体力を使うなと思っていたが、それよりも精神力の消耗の方が激しい。
「ヴォルフ、どうなったの?」
カルラが心配そうに聞いてくる。
「自発呼吸が戻ったから大丈夫だとは思うけど、意識が戻るかどうかはわからない。もう少し休ませてあげたら東の洞窟へ運ぼうか。ここは日が当たるし」
「良かった」
カルラも安堵のため息をついた。
「さっき、ヴォルフがやっていたのは何? 何かの儀式なの?」
儀式といわれるとは思わなかったが、知らない人が見たらそう思うのかな。
「あれは呼吸や心臓が止まってすぐの人に行う蘇生術だよ」
「生き返らせることが出来るなんて……」
正確には生き返る訳ではないんだけど、医術が未発達な世界では似たようなものか。
「東の洞窟にこの人を運んだら詳しく教えるよ」
僕はカルラから受け取った上着を横たわっている女性にかけてあげた。
「また結婚しなきゃいけない女性が増えちゃいましたね……」
「だから、これは緊急回避だよ。話がややこしくなるからカルラが助けたことにしてね」
「ふ、複数の女性を妻に迎えるのは普通のことですから、私は正妻としてただしく振る舞いますよ?」
「いや、カルラだけで十分だよ」
「で、では、キスしてください」
カルラは僕に近寄って目を閉じる。
「人助けのためにしたことはわかっています。でも、未来の旦那様が他の女の人に口づけしているのを見るのは辛かったです」
「ごめんね」
「あやまらな……」
僕は「あやまらないでください」と言いかけたカルラの口をふさいだ。
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