第2話 融けた心その2
2–2 融けた心その2
「…まだかな…」
初夏の陽射しが体を照らす。
白いワンピースがヒラヒラと花弁のように揺らめく。
「ごめんなさい!待たせてしまって」
「もう、柚月くん!…仕方ないなぁ」
いつもと違う彼女の後ろ姿は、とても美しく絵本から出てきた姫君のようだった。
靡く髪が視線を揺らし、心を引く。
「昨日、じいちゃんと何してたんです?」
「…私の記憶を見てもらったの」
「!そんなことが⁉︎」
「えぇ、おじいさんによると、まだハッキリ見える訳ではないけれど、私の探している能力者について見てもらったのよ」
「そ、それで」
「まだ、ぼんやりとしかわからないって。ただ、背格好からして学生くらいだと…」
「学生…ですか」
「ええ、また見てもらうわ。私も、頑張らなきゃ……」
「……」
「ここよね?おじいさんの言ってた場所」
「はい、入ってみましょう」
そこは、草木に覆われた古家屋だった。
「ごめんください、篠宮さん?」
「あら、柚月君…話は聞いてるわ。入って」
相変わらず独特な雰囲気だ。
「早速だけど、二人に話すことがあるわ」
昼間なのに薄暗い家だ…
「例の犯人、とは限らないけれど、この町には私たち以外にも能力者はいる」
「‼︎…」
この町には、一体何があるっていうんだ?
「殺人犯について…よ」
殺人犯がこの町に〝いる〟
そして自分達が標的になりかねないという事実。
だが、それを止めることができるのは自分達しかいないのも事実だ。
「私の知り合いに情報屋をやっている奴がいるのだけど、彼によれば、新たな能力者の情報が入ってきたらしいの」
「能力者…」
「えぇ、先日、指定暴力団のあるオフィスが襲われた」
ここら辺のヤクザといえば、近所の暴走族からチンピラを牛耳る奴らだ。
たまにニュースでも取り沙汰されている。
「けど、そんなの抗争とかじゃ…」
「抗争ね…拳銃の弾丸約8発を受けて、12人の組員を10数分の内に惨殺、挽き肉にされていた」
「っ…‼︎」
「これは能力者による犯行だと、私達は目星をつけたの。二人には会っておいてほしいの」
「わかりました、麗華さん大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫よ」
「真妃瑠さん、案内してもらえますか?」
「いいけど、私は会いたくないわ」
「え?」
「嫌いなのよ、あいつ」
「まぁいいんじゃない?私達二人で」
「は、はい…」
少し麗華さんがムッとした。
「じゃあ、行きましょうか」
外はまだ日差しが強い。
元気すぎる太陽を恨めしく思いながら、篠宮宅を後にした。
商店街のはずれにある、薄暗い路地裏。
細い日光が刺しこむ通路に、パーカーを着た男が壁を背に立っていた。
「桜、菊」
男は静かに呟いた。
「蓮、篠」
真妃瑠さんの言っていた合言葉。
意味はわからなくても、聞かれたら答えろと聞いていた。
「お前らが真妃瑠の言ってた能力者か」
「はい、菊地芽依さんですよね」
「ああ、同じ能力者なら互いに知り合っていた方がいいと思ってな」
スッとこちらを向き、誰何するような目でこちらを見た。
「浅間柚月と言います、彼女は…」
「氷室麗華です。よろしくお願いします」
無言のまま、彼は両の手をポケットから差し出した。
左手での握手は違和感がある…
そう思った矢先。
「今からお前らを試してやる。能力者であるかぎり、お前らの能力も知っておきたい」
「試す…?」
「そうだなぁ…俺を一歩でもここから動かしてみろ。それができたら、例の事件現場に連れてってやる」
微妙な距離から差し出された手は、握手ではなかったようだ。
掌をこちらに向けている。
つまり、なんらかの予備動作。
もしくはそれ自体が…
「どうします、麗華さん」
「やるしかないでしょう、こう言っているんだから」
「二人同時でもいいんだぜ?俺は」
その発言に、麗華さんがピクッとなったのを俺は見た。
「一人じゃなきゃ…意味がないでしょう。私から行くわ、柚月くんは下がって」
やはり麗華さんは、責任感が強い。
しかし、それでは俺がいる意味がないような…
「嬢ちゃんからかい…女だからって手加減するとでも…」
「始め」
「え?」
始め、の声と同時に駆け出す麗華さん。
菊池さんは遅れて反応していた。
「ちょ、ま」
氷のレイピアで麗華さんが突きを繰り出す。
そう、不可能だ。
あの麗華さんの攻撃を、動かずに受けきるだなんて。
避けなければまず、傷を負う。
「なーんてね」
「⁉︎」
パリィンと、氷が砕ける音が響いた。
麗華さんは、ポカーンとして、折れた氷を再生成することも忘れている感じだった。
「一体何を…」
「レイピアねぇ…なかなかいいんじゃないの。俺には効かないけど」
レイピアが菊池さんの目前まで迫った瞬間、何かに阻まれてレイピアは砕けた。
菊池さんが手を前に突き出す。
今度は顔の正面だ。
「絶対障壁。これが俺の能力さ」
掌から半透明の正五角形の板のようなものが現れた。
「さぁ、来いよ。〝二人とも〟」