第1話 目覚めの夜明けその3
1–3 目覚めの夜明けその3
金曜日
それは学生を奮い立たせる魔法の言葉。
たとえ一週間の疲労が一番溜まっている日だとしても、休日が待ち遠しい学生にはそんな疲れはどこかへ吹き飛んでしまう。
しかし、今日の俺は今日が金曜日ということも忘れていた。
「冴えない顔しやがってよぉー、金曜日だぜ?」
「なんだよ、俺だって疲れてる日くらいあるよ」
お前は普段テンション高すぎだ。
「なに女子みたいなこと言ってんだ、さぁさぁ帰ろうぜ」
「あぁ」
鞄を背負って教室を出ると、彼女…氷室麗華が立っていた。
「浅間柚月くんって、あなた?」
放送問題みたいに頭に入る声だ。
「そう、ですけど…なにか?」
「ちょっと用があるの。悪いけどあなたは外してくれない?」
亮平に対しても全く変わらぬ声色で話す彼女。
「は、はい‼︎俺、外しますぅ!」
大袈裟に声をあげながら亮平は下の階に降りて行ってしまった。
「ここで話すのもなんだから…新館、行きましょうか」
内の校舎は旧館と新館に分かれていて、旧館には生徒の学級と音楽室。
新館には職員室と理科室、その他諸々の移動教室がある。
「誰にも聞かれたくない話だから、誰もいないところに…」
独り言なのか話しかけているのかよくわからなかったが、あの生徒会長が目の前にいて話しているのを見ると少なからず胸が高鳴った。
「教科委員だから、理科室の鍵は持ってるわ。ここなら誰も来ないだろうし」
部屋に入ると、理科室独特の匂いと雰囲気が2人を包んだ。
「それで、話ってなんですか?」
誰にも聞かれたくない話…とは?
「さっき、見たわ。あなたの掌から電気が流れるのを」
「‼︎…」
み、見られていた…⁉︎
「安心して、私も柚月君と同じ…魔法使いよ」
なんてことだ…!
2日目にしてもう能力者と出会うとは。
「魔法のことを、知ってるんですね?…」
まさか、会長が魔法使い?
しかし、彼女があの殺人の犯人ではないという証拠はない。
「会長?」
返事が無い…それに俯いてるぞ?
「会長、どうしました?」
彼女に近寄った瞬間。
シュパッッ
何か冷たいものが腕に当たった。
「ん?」
制服の袖が、切れている?
気になって触ると、大量の血が噴き出し周りを赤く染めた。
「うぅぁぁああ⁉︎会長⁉︎」
彼女に目を向けると、細長いレイピアを構え冷ややかな目がこちらを睨んでいた。
「ずぅっとまってたわ。この時を、あなたを必ず仕留める‼︎」
レイピアを構えた彼女が迫る。
応戦するしかない
咄嗟にそう思った。
「っ!」
椅子を蹴飛ばし、周りを見渡す。
あった!
「いきなりなんですか⁉︎なんのつもりです‼︎」
手に取ったのは、木刀。
理科の教師は剣道部の顧問で、何故か竹刀ではなく木刀を持ち歩いている。
都合よくそこに置いてあった為幸運だった。
「とぼけないで?私の魔法は氷。この剣であなたを殺す‼︎」
何を言ってんだ彼女は!
「まってください‼︎人違いですよ⁉︎」
「何を!その魔法の力、雷の魔法は紛れもなくあのときの敵だ‼︎」
俺が、カタキ⁇
彼女は以前にこの能力を見たことあるのかっ⁉︎
「だから人違いだって、言ってんでしょうが‼︎」
木刀を叩きつけ、レイピアがへし折れた。
半分凍った木刀を構え直し、正面に対峙した。
「俺は昨日この力を手に入れたんだ‼︎あんたなんか知らないよ‼︎」
「嘘よ!この町に、そう何人も能力者が居るはずない‼︎」
折れた剣先から、新しく刃が形成されていく。
「私の能力を甘く見ないことね。この氷の剣に弱点はない‼︎」
今度は突きで攻め立てる彼女。
辛くも避けつつ、理科室には薬品が割れる音が響き渡る。
「ちょこまかとっ‼︎」
彼女が俺の喉元を見据えたその時、俺の背後から水が噴き出した。
「これはっ⁉︎蛇口を‼︎」
「さっきの俺の腕の傷、凍傷の様に腫れあがっていた‼︎つまりその剣は、触れた物を瞬時に凍らせる‼︎」
蛇口の水が背中を越して降りかかり、剣の形を傘のように変形させた。
「しまった…‼︎」
間合いを詰め、木刀の峰を彼女の横っ腹目掛けぶん回した。
パリィン
人間の身体とは違う、何かを叩いた音を俺は耳にした。
「な、何⁉︎」
「全く、小賢しい手を」
彼女は全身に氷の甲冑を身に纏い、さながら中世の騎士の様な風貌だった。
まさか氷を鎧代わりにするとはっ⁉︎
「さて、終わりよ」
彼女が剣を根元から叩きつけると、再び折れた先から刃が伸びた。
「会長、あなたはエタノールって知ってますか?」
「⁇」
彼女の剣先が止まる。
「何を言ってる⁉︎」
「アルコールランプの中身の液体ですよ、透明な。可燃性が強く、そして…」
無駄な時間稼ぎと判断したか、彼女の剣先が喉元を目掛けて突き進む。
「燃えてますよ、全身」
「‼︎」
彼女の甲冑がドロドロと溶け始め、剣先が水に変わっていく。
「引火しました、今この〝電流〟でッ‼︎」
彼女の腕の校章に挟まれた針金を通じ、甲冑のエタノールに電流が走った。
「エタノールは燃えている間日光に当たると、ほとんど目視できません。あなたが甲冑を作った瞬間、甲冑は溶け始めた‼︎」
「いつの間にッ⁉︎いあ、熱いっ‼︎」
倒れこむ彼女を見て、俺はあらかじめ向けておいた蛇口を一斉にひねった。
幸い本体に火傷はないみたいだ。咄嗟に思いついたものの、彼女を痛めつけるつもりはなかったため安心した。
「げほっ…どうして?何故火を消したの…」
「だから‼︎俺はあんたの探してる人じゃありませんてば‼︎会長を痛めつけるつもりはありません!」
彼女は仰向けに寝返ると、突然腕で顔を隠した。
「ごめんなさい…突然こんなこと…」
な、なんだなんだ。
今度は泣き出したぞ。
めちゃくちゃになってしまった理科室の中、ビショビショの制服で泣く女子生徒。
それを見つめる俺は完全に悪者だぞ。
腕の傷の痛みが今更になってやってきたが、今はどうでもいい。
なんだか頭まで痛くなってきたぞ?
理科室での戦闘
浅間柚月 左手負傷
氷室麗華 戦意喪失
続く、、
これにて第1話は終わりです。
次回2話に続きます。