第1話 目覚めの夜明けその2
1–2 目覚めの夜明けその2
未だに信じられない話だ。
「ユズ、お前が見たものは魔道書だ」
は、はい?
「待ってくれじいちゃん。なに言ってんだ?魔道書ってなんだよ」
「その昔、まだ人間がこうした文化を持つ前に生み出された書物。それを読んだ人間には魔力が憑依し、特殊な能力を身につけるという」
確かにあの〝魔道書〟にはばぁちゃんの所の古本たちと同じ匂いがした気がする。
「…まじかよ、それ?」
じいちゃん、この年で厨二病発症したのかな…
「おおまじじゃ。なにせ、わしも読んだことがあるからな」
「じいちゃんも…あるのか!?」
まさかの言葉に思わず身を乗り出した。
じいちゃんが魔法使いだなんて…。
にわかに信じ難い話だが、興味はある。
「どんな魔法なんだ!?」
鼻息荒々しく問うと、冷めた口調で言った。
「…すまんな、これがわしの能力なんじゃ」
「え?」
「この魔道書に関する〝記憶〟がわしの能力じゃ。わしが魔道書を読んだのはお前の両親が生まれる前だ」
「そうなのか…〝記憶〟の魔法…けどなんでそんな重要なものがこんなところに置いてあるんだ?」
歴史的…というか、超常的な物だが、貴重な物には違いない。
「ある人物から預かっていたんだが、読んでしまった魔道書は憑依してなくなってしまうからな…」
「え、ごめんなさい、じいちゃん。そんな重要なものを」
「いや、いいさ。わしと〝彼女〟でも読むことはできん」
「彼女?女なのか?じいちゃんの合う人」
「あぁ、もうすぐくる頃だろう。お前も会っておいた方がいい。しっかり聞いて、受け入れるんだ」
その後は、手を洗って、うがいをして、トイレに行った。
よく考えて、こんな話を信じるなんて馬鹿げてる。
冷静になって、余計に理解が難しくなった。今日はエイプリルフールじゃあないし…
そうしてそわそわしていると、インターホンが鳴った。
まるで約束していた彼女が家に来た時のように、なぜだか自分はカチコチに固まって座布団に正座していた。
「さぁ、入ってくれ」
じいちゃんに連れられて入ってきた彼女は、自分が想像していたよりはるかに若い見た目だった。
「おじゃまします…」
なんだろう、不思議な雰囲気の女性だ。
真っ黒なワンピースを見に纏い、腰の辺りまで伸びた綺麗な髪と大きな目が印象的だ。
「あなたが、法之さんのお孫さん?」
「はい、柚月です」
優しく、どこか哀しい瞳を彼女はしていた。
「私は篠宮真妃瑠」
「法之さん、例の本は…?」
「そ、それがな…」
じいちゃんは丁寧に成り行きを説明してくれた。
しかしこの人の視線を感じ、なかなか顔をあげられなかった。
「なるほど。仕方ないですね。なら、柚月くんにも聞いてもらわなければ」
「うむ」
「は、はぁ…」
「先日の失踪事件、ご存知ですよね」
「ああ」
朝のニュースのことだろう。
普段とは違う、じいちゃんの険しい声を聞いた。
「恐らくあれは魔法使いによる犯行です。何者かが、なんらかの目的で〝魔法使い狩り〟を行っている」
「むぅ…何故そう思うんだ?」
「椎名さんは…魔法使いでした。彼女が簡単にやられるとは…思いません」
「そうか…そうなると、奴らの目的がなんなのか、だな」
「恐らく…〝扉〟ではないでしょうか」
さっきから何を言ってんだろう、この人たち。
「あ、あの…さっきから〝扉〟とか言ってますが、なんのことですか?」
きょとんとした顔で顔を見合わせた2人。
「…話してないのですか?」
「…忘れてた」
このじじい!
「扉とは、魔道書が作られた世界へ通じる〝幻魔の扉〟のこと。天国に似た天界と呼ばれる場所に通じていると言われています」
真っ直ぐにこちらを見据え、聞き取りやすい透き通る声で話す彼女。
「その、扉が魔道書や魔法使いに何の関係が?」
「能力者の間では実しやかに囁かれる噂ですが、扉を開いた者に、神の力が宿る…と」
神の力…か。
なんともチープな響きだ、と心の中で突っ込みを入れてしまう。
「それもじいちゃんの能力でわかったことなの?」
「いや、わしではない。最初に扉が確認されたのは約300年前。ドイツで発見された」
「じゃあ誰が今までそんなことを伝えたんです」
「彼女だ」
「え?」
「彼女は約300年前から現世に生き続けている。魔力によって」
「えっ⁉︎」
彼女とは、もちろん目の前の真妃瑠さんのことだろう。
「正確には、この肉体の中の魂に…ね。300年前に読んだまま、その魔力が魂に憑依したの」
憑依…、つまりは能力を身につけた部位のことだろう。
じいちゃんの場合、脳ということなのか?
「肉体が無くなる度、新たな肉体へとこの魂と共に魔法も憑依するの。だから扉や魔法のことは、忘れずに引き継いでいるの。所謂前世の記憶、のようなものね」
なにがなんだか、さっぱりわからない。都合が良すぎるし、まだ納得がいかないところが多すぎる。
「いきなりこんなことを言われても混乱すると思うから…また詳しい話は今度にしたらどうです?」
「そうだな、今はひとまずユズにも整理させた方がいい」
「あの、最後に聞きたいことが」
2人が同時にこちらに目を向けた。
「僕の魔法は、なんですか?」
いつもより15分早い朝の支度というものは中々大変だ。
何より昨日はろくに宿題が出来なかった。
「ユズ‼︎おっはよーう‼︎」
「おう、おはよ」
登校している間、昨晩のことを考えていたため亮平の言葉はまったく聞いていなかった。
まぁ彼は自ら話し始め1人で答えを出し納得する男なのでいつもそう変わりない。
一時限目が移動教室だっため、理科室へ向かうときはボーッと気を抜いていた。
フラフラと歩いていた俺に、突然背後から衝撃が走った。
「なに冴えない顔してんだよぉ〜‼︎」
ラグビー部の如きタックルを受けた俺は、驚きのあまり変な声が出た。
そして落とした筆箱を拾おうとした時、ストラップが黒く焦げていることに気づいた。
「ま、まさか…」
俺の〝電気″の魔法は、まだまだコントロールが足りないらしい。
危なかった、なんとかこいつにはばれてない。
「お前なぁ、俺がお前しか友達いないみたいじゃんかよ」
この能力を、誰かに知られるわけにはいかない。咄嗟に何故かそう思った。
「なんだよー、俺たちは唯一無二の親友だろぅ⁉︎」
「はいはい、無二無二」
亮平にも、言えないな。
もしかしたら、こいつを巻き込んでしまうかもしれないから…