第5話 心の奴隷その3
5–3 心の奴隷その3
「…そうか…」
目を瞑ったまま寝息を立てる少女。
俺の雷で傷ついた体も、既に回復している。
「よほど凄惨な経験をしたんじゃろうな。とてもまともな精神状態じゃあない」
じいちゃんは少女に目を落としながら話した。
「この少女に能力を与えた人間…か。そいつが犯人だってことか?」
「まだ、わからん。とりあえず下手に刺激しないようにしろ。麗華君は?」
「あぁ…まだ目を覚まさないよ」
「直に真妃瑠君もここに来る。お前も手当してもらえ」
「いや、いい。俺は大丈夫」
「大丈夫じゃと?鎖骨が折れているのだろう」
「麗華さんは俺のせいで…俺が不甲斐ないから…怪我したんだ。怪我を負わせたのは俺だ…」
「…気負いすぎるなユズ。お前とて必死に戦ったんだ」
「うん…」
「柚月…く…ん?」
「麗華さん!気がつきましたか⁉︎もうすぐ真妃瑠さんが来ます。安静にしててください」
「あの少女は…?」
「…今は気にしないで下さい。あとで説明しますから、今は安静に…」
「そう…」
そういうと、麗華さんは再び眠った。
少しして、真妃瑠さんが到着した。
「そんなことが…。すみません、駆けつけられなくて」
「いえ!それより助かりました」
「彼女に能力を与えた人間…か」
「ご存知ですか?」
「いえ…聞いたことないわ。人に能力を与えるなんて…。芽衣に聞いておくわ」
もう辺りも薄暗い。
時計の針は6時を指している。
「まだ麗華ちゃんは手当が必要ね。今晩はうちに泊めますね」
「うむ、助かるよ。ありがとう」
「柚月君は大丈夫?」
「ええ…俺の方は大丈夫ですから」
そう言って、麗華さん、真妃瑠さんと別れた。
「さて、わしは改めて買い出しに行くわい。軽いものでいいかの?」
先ほど電話で連絡を取ったとき、たまたま夕食の買い出しに出ていてくれたのですぐに来てくれたのだった。
「ええ?でも」
「お前はその子を見ててやれ。目を覚ました時、お前の方が安心するじゃろ」
そう言って行ってしまった。
「やれやれ…ん…?」
そういえば、少女のセーラー服は返り血で汚れまくってるな…
替えてあげるか?
「いや、やめておこう。流石に眠った女の子を脱がすのは気がひけるし」
「それって…あたしのこと?」
「ウォォアア⁉︎」
目…覚ました…⁉︎
「…殺さないのね」
驚いた。
いつから目を覚ましていたんだ…?
「……え?」
「あたしのこと…殺すつもりで追ってたんでしょ?あたしもあなた達を殺そうとした」
彼女は足を伸ばして座ったまま淡々と喋った。
「もっともあたしは死なないけど。それでも気の済むまで殴るなり痛めつけるなりしても良かったのに。頭を刎ねれば流石に…」
機械のように…冷たいいい方だ。
「やめろよッ…‼︎」
耐えられなかった。
「俺はあんたをどうにかするつもりはない。本当の…本当の敵は他にいるってわかった」
「けど、あたしもあなたの〝敵〟じゃないの?」
敵…
「俺には…わからない…」
彼女の記憶を見たときから、彼女の深い絶望がまるで自分のことのように引っかかっていた。
彼女に同情しただけなのか。
なんとなく、心が痛かった。
「あなたの記憶を見たんです」
「…‼︎」
その言葉を聞いた瞬間、彼女は急に立ち上がり思い切り首を絞め上げた。
「なにを…あたしのなにを見たの‼︎言えッ‼︎‼︎」
苦しい…
な、なんだ…ッ
急に激昂した…?
「…なにって…ちょっとまて…!」
「…あたしに…教えろ」
力を抜いて、喉を離した。
「…あたしの…名前を…教えて」
「名前…?あなた、名前を…」
じいちゃんは言っていた。
その本人が記憶していることしか読み取れないのだと。
彼女の記憶に、名前は無かった。
「知らない…どうしてかな。どうしても…思い…出せないの…なんで生きてるのかも…なにをしたいのかも」
膝から崩れ落ちる彼女。
「教えてよ……あたしの…名前を…」
涙を流す顔はクシャクシャだった。
「あたしの名前を教えてよ!!!」
「もう嫌なの。嫌な想い出しかないの。こんな体、早く捨ててしまいたい!」
「やめろよ!」
「…!」
驚きながら少女は顔をあげた。
「もう、やめてくれ…。悲しいんだ」
「…どうして?」
「どうして、かなぁ…」
震える声で、柚月は喋った。
「君のこと、どうしてか、他人に思えなくってさ。いきなり変だよね、こんなこと言ってさ」
彼女はゆっくりと立ち上がると、顔を近づけた。
「なんで…あなたが泣くの?」
「わかんないよ…!けど、なんか、涙が出てくる」
「優しいんだね、あなたは」
「私のために、泣いてくれたの?」
「…」
返事はなかったが、少女にはわかった。
「私、初めて」
「自分を思って泣いてくれた人に、初めて会った」
「俺も、こんな気持ちは初めてなんだけど…」
「生きたくないなんて思わないで」
「どうしたらいいの?もう私の体は死んでるんだよ?」
「関係ない、君の心は生きてるじゃないか」
「こころ?」
「うん、君はまだ生きてる。これからも…生きていける」
「…あなたの言うこと、よくわからない…」
ほんの少しだけ。
僅かだけ微笑んだ少女は、涙の消えた瞳を見せていた。




