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エンジェリック・マジシャン  作者: べべ
目覚め編
1/35

第1話 目覚めの夜明けその1

1–1 目覚めの夜明けその1


静まり返った夜の街。

国道に沿った通りの多い道が、今は静寂に包まれている。

交差点を過ぎた先の歩道にある地下通路。

微かな灯りが細長く暗い道を照らす。

たまに通る車の、ゴウという音が一瞬その場を劈く。

その閑静な闇の中に、荒々しい吐息と足音が反響していた。

それは一人のものではない。

「なによ、なんの目的で?」

僅かに灯りに照らされた人影が振り返って問うた。

ワンピースを着た若い女性が、相手を睨みつける。

ボブカットの茶髪が呼吸とともに上下に揺れている。

「君に話す意味も意義もない。ただ君の能力を…〝貰い〟に来た」

「能力…を⁉︎まさか、あなたも…それがあなたの…!!」

丁度灯りの消えた位置にいるため姿は見えないが、背は高く、20〜30代だと思わしき男。

コツコツと靴の音を反響させながらゆっくりと近づいてくる。

反射的に女性は身じろぎした。

「抵抗しなければ、すぐに終わる」

そう言うと、暗闇の背後から何が飛び出した。

「‼︎」

スライムのような塊が女性へと降りかかる。

「くっ…!」


「……⁉︎」

しかしそこに彼女の姿はない。

「『sprint』これが私の能力…!」

振り返ると、茶髪の頭が見えた。

「瞬間移動の魔法使いか…。しかし、そんな小細工は無駄だ」

妖しく光るスライムから、何かが発射された。

「どうかしら…?」

再び姿を消した女。

スライムから発射された物体を回避して、即座に男の正面に現出した。

「悪いけど、相手が悪かったわね」

「傲慢さは、隙だ。隙を晒すことは、死と同じだ」

「はっ…!」

背後に潜んでいたスライムに気づかなかった。

最初に出したのはおとりか…!

「うぐっ…‼︎これは…⁉︎体が‼︎」

無数の細い針が女性の腹部を貫通し、赤黒い液体を滴らせていく。

膝から崩れて仰向けに倒れた彼女は、大きく開いた瞳孔で男を見据えた。

「かっ…ば、ばかな…がっ…」

口から溢れる泡と血液で言葉が遮られる。

「相手が悪いのは君の方だったみたいだな」

体が痺れて、思うように動かない。

白い女性の肌が、生気を失い青ざめていく。

「さぁ、奴を喰っていい」

再び飛び出したスライムが、押し潰すように女性にのしかかる。

身動きの取れない彼女を、少しずつ蝕んでいく。

「うぁぁ、いや、こなっ…」

叫び声はスライムの体内で轟き、やがて消えた。

やがてスライムが退くと、そこには女性のワンピースだけが残されていた。

「…」

スライムが男の背後に飛び付き消えた。

ーまたご主人様の力になれましたねー

男は返事をすることなくその暗闇の中をまたコツコツ、と歩いていく。


トーストの香ばしい匂い。

コーヒーのコポコポという音が朝を教える。

重たい瞼はすぐに軽くなり、はっきりした足取りでリビングに向かった。

「おはよう、じいちゃん」

リモコンのスイッチを入れ、いつもの席に着く。

「おお、ユズ。今日は起きたか」

ゆっくりとした口調で老人は彼に話した。

「今週は起きてるよ。今日もだよ」

チャンネルを、メガネのキャスターが淡々とニュースを喋る朝の報道番組に合わせる。

「…で起きた失踪事件ですが、昨夜新たな椎名さんの物と思われる着衣が発見され…」

先日近所で起きた失踪事件。

知り合いだったわけではないが、田舎なので全国ニュースに取り上げられていることで気になってはいる。

「ふーん…あ、今何時?」

「8時2分…くらいかの」

「やべぇ」

トーストを口に詰め込み、コーヒーで流し込んだ。

「着替えてくる」

「おう」

うちはじいちゃんとの2人暮らしだ。

両親は俺が小さい時に亡くなったため、覚えていない。

ばぁちゃんは去年、ガンで亡くなった。

ひいじいちゃんは不動産を経営していたため、一応裕福なほうだ。

どうでもいいことだが、この浅間家には僕たち二人しか住んでいないので、中々掃除は大変だ。

「えーっと…カバンカバン…」

制服に着替え、家を出る。

「んじゃ。いってきます」

「気をつけてな」

俺がこうして地元の高校にちゃんと通えてることもありがとうとしみじみ思う通学路。

あぁ、あの角を曲がればなんかの物語のように美少女が飛び出してこないだろうか。

「……」

「よぉ!ユズ‼︎行こうゼェ!」

ほら、やっぱり。

顔面が暑苦しい彼は小畑亮平。

175センチおうし座B型の男子高校生。

んで俺のお隣さんだ。

「一時限目、なんだっけ?」

「理科だよ、暗記したか?」

……

「するわけないよな」

「やっぱりユズもか‼︎」

「俺はやった」

「雨降れ槍よ降れ」

確かに暑苦しいやつだが、一緒にいてこんな楽しいやつもいない。

通学は徒歩。

電車やバスなんて修学旅行のときくらいしか乗らないほどだ。

しかし店や通りがないわけじゃないし、一見賑やかな街だ。

まぁ要はどこにでもある普通の街に、俺は住んでいる。

「今日はテキスト出てたろ、やったのか?」

アホ面が一転曇る。まあそれでもアホ面だが。

「…写させてくれ‼︎」

「いいけど、今日のデザートな」

「ううん〜、仕方ない…」

大袈裟に手を合わせた亮平に横目で返事をすると、彼は相変わらずのアホ面に戻る。

「よし、決まりな」

校門を通り、教室に向かう。

俺たちのクラスは1年2組、4階にある為階段を一番登る。

3階には2年生の教室がある。

僕は途中の踊り場である生徒の視線を感じた。

「……?」

何人かの女子生徒が談笑していたが、その中に一際鋭い視線を飛ばす人がいた。

咄嗟に僕は目をそらす。

彼女は氷室麗華。

うちの学校は2年生が生徒会を運営している。

生徒会長で美人、だがどこか刺すように冷たい視線を持つ彼女は男子生徒に人気だ。

もちろん自分は話したことなどない。

「会長って、美人だよなぁ。タイプだぜ」

「ああいうのがいいのか?お前」

「いいじゃんかよ。あの冷たい目たまらんよぉ」

尻に敷かれるタイプだな、こいつ。


正直、学校の授業なんてつまらない。

まぁ面白いものじゃないけど、勉強はついていけてるし退屈な時間が何より嫌いだ。

まぁ学校自体は楽しいとも思う。

色んな人間と関わる機会があって、共に過ごす時間と有意義に感じられる。

休み時間だって、することがないわけじゃあない。

けれどそれがしたいことなのかと言われれば答えに迷うだろう。


そう、今日も退屈な1日だった。

「はぁ…」

6時限目の体育のせいで、疲労感はいつもより増して体にのしかかった。

木曜日という中途半端な曜日は、いかんせんやる気がでない。

そんなことを1人で考えていると、久しぶりに古本屋へと足を運んでいた。

「…寄ってくか」

久しぶりに嗅ぐ古本の匂い。

この時代を重ねた感じが、俺はたまらなく好きだ。

「いらっしゃい」

「久しぶり」

こじんまりとしているこの方は、俺のおばぁちゃんの双子の妹だ。

久しぶりに顔を見たけど、相変わらずだ。

「久しぶりじゃねぇ、学校どうじゃ?」

「うん、まぁまぁだよ」

なんだその返事は…

自分でもよくわからない。

「頑張ってねえ。あぁそれと。そこの子も、同じ学校よねぇ?」

「え?」

ここに人がいることに気が付かなかった。

誰だ?

向こう側の本棚を覗くと、綺麗な黒髪のポニーテールが見えた。

「よく来るの?あの子」

「最近ね。話してみたらどうね?」

なんとなく誰かはわかった。

だからあえてこう返事した。

「いや、いいよ。今日は帰るね」

おばぁちゃんの寂しそうな顔が少し痛かったが、店を後にすることにした。

気分は晴れたし、家に帰って早く休もう。

今日は亮平、サッカーの試合って言ってたな。

まぁこうして1人きりの帰り道も嫌いじゃあないわけだけど。


さっきの女子は、やっぱり生徒会長だよな。

なんとなくだけど、話しかけるのを躊躇ってしまった。

「ただいま」

返事は…ない。

「じいちゃん?」

リビングにも、姿は見えない。

テーブルの上には、一冊の茶色い本が置かれていた。

「なんだろ、これ」

手にとってみると、かなり年季の入ったものらしく、さっき嗅いだ匂いを思い出した。

表紙には漫画で見たような魔方陣…六芒星だっけ?

そんなようなものが描かれていた。

「なんの本なんだろ」

さっと表紙をめくると、そこには英語のような文字がズラッと書かれていた。

なんの文字だろうか、そう思い文字を撫でると、その文字が光り輝き飛び出してきた。

「う、うわぁぁ‼︎」

驚きのあまり声をあげ、目を閉じてしまった…

「な、なんだ、今の」

辺りを見回すと、本がなくなっていた。

「夢…か?」

疲れているのか、幻想でも見たか?

頭に強くこびりついた本の像を不思議に思いつつ、ボーッとしていると、玄関が開く音がした。

「ただいま。ユズ、帰ってたか」

「うん、お帰りなさい」

じいちゃんは荷物を置いて、テーブルを見回した。

「…?変だな。ユズ、ここにあった本知らないか?」

ギクッ

「もしかして、茶色くて分厚いやつ?」

「おお!それだ!どうした」

「…消えちゃった」

「…え?ま、まさか。読んだのか‼︎⁉︎」

じいちゃんの大声にびっくりしたが、あれが幻想じゃないことにも驚いた。

「ま、まずかったの?ていうかなんで消えたの?」

「…」

返事はない。

考え込むような表情をしたじいちゃんが、顔をこちらに向け近づいてきた。

「……おまえには……話さなきゃいけないことがある…」

いつになく真剣なじいちゃんの目は、自分を貫くように見えた。

あの時の生徒会長のように。

僕は状況が把握できないまま、その視線に吸い込まれてしまった。

なにがいったい、どうなってんだ…?

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