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プレゼント

作者: 零崎稲織

「ネックレス……?」

 名月なつきはあたしがプレゼントしたものを手に取ると顔をしかめた。何よ?さっきまで嬉しそうにしてたくせに。包装紙を開いた途端に顔が曇るとかアリ?てゆーか、そんなに気に入らないわけ?――そんなに趣味悪い物選んじゃったかな?

 こちらの様子を伺いつつ、名月は申し訳なさそうに言った。

「俺、こーゆーの嫌なんだ。何か束縛みたいで」

「はぁ?何ソレ?だったら捨てれば?」

 あたしの口は暴走していた。一応、一生懸命選んで買った物なのに、そのことを汲み取ってもらえないのはやっぱりショックだし。例え気に入らなかったとしても、あたしの前では嫌な顔をせずに受け取ってほしかった。自分で何を言ってるのかもわからなくなって、普段なら絶対に言わないようなこともお構いなしに吐き出してしまう。

「あたしのことなんか、最初から好きじゃなかったんでしょ!名月なんか、あんたなんか、死んじゃえ!」

 あたしは言いながら泣いた。涙と鼻水が一緒に口まで流れてきて、気持ち悪い。息も苦しい。今、絶対にぐちゃぐちゃの変な顔だ。そんな顔を見られたくなくて、この場から逃げたくて、あたしは走った。汚い顔を拭うこともせずにひたすら。だけど名月の足は速いからすぐに追いつかれてしまう。後ろから腕をグイと掴まれる。それが悔しくてあたしは相手を睨んだ。もう別れてやるんだ。お望みどおり別れてあげる。どんなに汚い顔でもいいや。名月の前で女を続ける意味なんてない。

 そんなあたしの目を見て名月は言った。

「ごめん……」って。

 正直、謝るならあんな傷つくようなこと言うなよって思った。誰だって、あんなこと言われたら傷つくよ。だけど、あたしのこと見捨てたわけじゃないんだってわかってホッとした。

「何よ」

 それでもその気持ちを態度には表せなかった。

「まだお礼言ってなかったから。プレゼント、ありがとう」

 名月はそう言って後ろからあたしを抱き締めた。

 その腕を振り払うことはできなかった。それは名月の力の強さを知ってたからじゃない。抱き締められるのが嫌じゃなかったから。嬉しかったから。

かおるには知ってほしかった。俺の好きなものも嫌いなものも。だけどそれは間違ってた。郁を傷つけた――俺のために一生懸命選んでくれたろうに、ごめんな……」

「何で?何で謝るの?」

 あたしはつらかった。名月のこと最低なヤツって思ったのに、別れてやるって思ったのに――抱き締められただけで心が揺らぐなんて……。

 あたしの問い掛けに名月は答えてはくれなかった。

 ただ、あたしが泣き止むまでずっとこうしていてくれるつもりらしかった。

「あたしは……」

「ほんとごめん」

 名月はあたしの言葉を遮った。

 この空気に耐えられなくて何か言おうとしたけど、自分でも何が言いたかったのかわからなかったから助かった。

「謝るだけ?あたしは名月のこと、何も知らないまま?」

 あたしが言うと、名月はポツリポツリと話し始めた。

 ネックレスなどを束縛の象徴に感じる――それには以前に付き合っていた女性ひとが関係しているらしかった。どういう経緯があって付き合うことになったかは言ってくれなかったけど、彼女は年上で社会人だったようだ。

「南京錠っていうの?そーゆーネックレスをくれたんだけど……」

 その女性ひとは、『名月は私のものだから。だからこれをあげる』って言ったんだそうだ。

 だけど名月は誰のものでもない。1人の、“自分”という意思を持った人間だから、そんなのは許されることじゃない。まるで飼い犬にはめられた首輪みたいに、南京錠のネックレスは名月が彼女のものであるという証明になっていたんだろう。それが彼女と別れた原因ではないみたいだけど、名月は嫌な思いをしたんだ。あたしは名月の気持ちを考えてなかった。あなたのこと、もっと知りたいよ。

 ペアリングとかすっごく憧れてたけど、何だかどうでもよくなった。ただ英語じみた響きに惑わされてた気がした。それは他のカップルのまねみたいなものだし、そんなものでつながってなくても、お互いを理解わかり合えたらそれでいいんじゃないかって。

「それ、返して」

 あたしは前を向いたままで言った。まだ鼻水が止まらなくて、くぐもったような声になった。

「返さない」

 名月はイタズラっぽく笑った。

「俺は郁から逃げないから。首にかけるのはまだ抵抗あるけど、大事に取っとく」

「そう。無理しなくていいんだからね?」

「うん。ほんとは……俺が郁を束縛したいと思ってたのかもしれない」

 束縛されるのは嫌だけど、束縛したいと思ってたかもしれない自分に嫌気がさして、あんなこと言ったりしたの?

「昨日、隣りのクラスのヤツとつるんでただろ?」

 名月はうつむいた。

「あー、あれは男子って何がほしいのか聞いてたの。見事に外れちゃったけど」

 これは本当のこと。名月は何もいらないって言うし、だからって何もあげないのも変だし。

「そうだったんだ?俺ってすっげーやなヤツ」

「何言ってんの。あたしはそうは思わないよ」

 あたしを抱き締める名月の力が強くなった。

「ねぇ、ひどいこと言ってごめんね。あたし、思ってないから。あんなこと……」

 死んじゃえなんて、全然思ってんないから。

「うん。郁は俺を許してくれた。だから、もういいよ」

 どれだけこの姿勢でいたんだろう。あたしたちは無言のまましばらくじっとしてた。だけどそれは、全然嫌な空気じゃなくて、むしろ自然な感じで。黙っていながら、何かを分かち合っているっていうか。


 今日は名月の過去に少し触れた。あまり自分のことは話してくれない人だから、何だか新鮮だった。

 名月はいつかあのネックレスを首につけてくれるだろうか。あたしの小遣いではあんな安物しか買えなかったけど、そんなことを気にするような人じゃないことは知っている。前の彼女のことを完全に忘れてほしくないって言ったら嘘になるけど、その人と付き合ったから、今の名月があるってことも覚えててほしいんだ。


 数日後、名月はあたしがプレゼントしたネックレスのチェーンを変えて、キーホルダーみたいにしてカバンにつけてくれていた。

 あたしたちの関係は、今まで通り恋人同士だけど、その仲はあの日を境にもっと深いものになったんだと思う。

 ありがとね、名月。

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