豹変女と豹変男
王都イモルテルに属する冒険者ギルドには、今日も屈強な戦士たちが集う。
そんな強者たちにも劣らない体つきの青年エルベルトは、依頼書をパラパラめくっていた。
そのどれもが反乱分子リバルチオによる被害の援助であった。リバルチオとは、周辺地域の治安を乱す反政府組織である。エルベルトも何度か依頼を請け負ったが、キリがない。
エルベルトは、ある程度資金が貯まったのを見計らい、次の街へと移動した。
そして冒険者ギルドに足を運ぶ。
集会所の脇を通り、ロビーへと向かう道すがら、誰かと肩がぶつかった。
「おっと、失礼」
エルベルトはそう言い、振り返ると、相手と目があった。
「あらいい男」
「あんたもいい線いってるぜ」
その女性を見た瞬間、エルベルトは一気に気持ちが高ぶった。
大人の色香漂う容姿。彼女を引き立てているのは胸の大きさだけではない。頭にある獣耳や花のような黒い斑紋の尻尾もだろう。
「あなた今フリーかしら? よければ私と組まない?」
「ああ、構わないぞ」
「決まりね。私はティアって言うの。よろしくね」
こうして獣人のティアとペアを組むことになった。
正直エルベルトにとって好みにドストライクであった。もう運命と言っていい。女豹の見た目と身体つきは、幼い頃から追い求めてきた理想像だった。
ティアと依頼をこなすうちに、二人は自然と結ばれた。
そして初めて肌を重ねた夜。彼女の背中に呪印が浮かび上がるのを見た。
呪印とは、魔物と人間との間に生まれた呪われた子に現れるという。
エルベルトは幼少期の苦い記憶が蘇る。理性を失った少女が次々と村人を殺害。少女の破れた服の隙間から見えた呪印。
いや、憶測はよそう。あれはもう終わったことだ。
宿屋で一晩過ごした二人は、今日も今日とて冒険者ギルドを訪れる。
依頼の一覧に目を通していると、ティアは一つの書類に指さす。
「これなんかどうかしら?」
そこにはA級ミッションのタイトルと、その内容が書いてあった。
「ちょいと背伸びし過ぎやしないかい」
「大丈夫よ。今の私たちならなんてことないわ」
二人は依頼書が指定する場所へと赴くことにした。
《ウルル山脈にてコカトリスの卵を奪取せよ。数は問わない》
それが依頼内容だ。コカトリスというのは、雄鶏の頭と竜の翼、蛇の尾をした巨大魔物である。出会ってしまったら相当苦戦を強いられるのは明白。
まあ、隙を見てこっそり頂いてしまえばいい。無傷の大勝利だ。
エルベルトとティアはウルル山脈の山道へと入る。
険しい道程で、コカトリスの巣まで行く前にへばりそうだ。
一時間以上かけて登っていると、ターゲットの巣穴を発見。大規模な巣に、いくつも産卵してあった。
ていうか卵もでかいな。孵っている雛も何匹か見受けられる。
「サクッと持ち帰ろう」
卵の両側を二人して持ち上げ、持ってきた荷袋に入れる。
そのまま下山しようと歩き始めていたところ、遠くの空から魔鳥の鳴き声が響いた。
「まさか親鳥じゃないよな」
「いえ、大当たりみたいよ」
ドスンという着地音を轟かせ、エルベルトたちの行く手を阻む。
コカトリスの親鳥が、威嚇するように咆哮を上げた。
「俺が先制する。ティアは後援に」
エルベルトは駆け出すと、正面から親鳥に接近。
ロングソードで斬りかかろうとするも、翼を羽ばたかせ、空中に回避。
空中で助走をつけた親鳥は、その勢いでエルベルトに向け急降下。猛烈な突進を剣で受け止めきれず、岩に背中を打ち付けた。
くそっ骨が何本かいったか。
「おい、慎重に戦ったほうがいいぞ。うん? ティア?」
ティアの様子が変だ。
身体が変色して所々に体毛が生えている。それに指先から鋭い爪が伸びて、口元には牙がある。
「グルルルル、グアッーー!」
猛り叫ぶと、一瞬で親鳥との間合いを詰め、爪の連撃を浴びせる。
親鳥は連撃から逃れようと、離陸する。が、ティアも跳躍し、背に飛び乗る。
ティアの猛撃に耐え兼ね、フラフラと地面に不時着。親鳥はそのまま倒れ込んだ。
「すげーよティア! こんな力を秘めてたなんて!」
痛む身体を起こし、彼女に近寄る。しかし、ティアはいまだ正気から目覚めない。
エルベルトは傍までくると、ティアを抱きしめる。同時に、胸に強烈な痛みが走った。
「ティア……、なに、を」
鋭い爪は、深々とエルベルトの心臓部を貫いていた。
支える力を失い、正面から地面に落下した。
走馬灯のように流れる映像の最後にティアが現れる。エルベルトは受け入れる。
ティアに殺されるのなら本望だと。
たとえ、魔物の子でも。たとえ、故郷を破壊していたとしても。
ティアが好きだから……。
ティアは暴走から目覚めたときには、親鳥が倒れているのが視界に入った。
そして、足元に何かが寄りかかる感触があり、下を向く。
「えっ、エルベルト……、嘘————」
微動だにしない彼と、血がついた自身の指先を交互に見た途端、
「うわあああああ」
ティアは発狂した。
「なーんてね、私が呪印を制御できないわけないでしょ」
今までの苦痛に歪んだ表情が嘘のように、ティアはけろっとしている。
暴走したことも、エルベルトを殺したことも、全て演技であったかのように。
ティアは生まれたときから反乱分子リバルチオの一員であった。
獣人の力を買われて、すぐに命令を出される。それは村の住人皆殺しである。
順調に殺戮が行われるも、幼児を一人取り逃がしてしまう。
その尻ぬぐいのため、今回に至った。
「それにしても、数回寝ただけでぞっこんだなんて、笑っちゃうわね」
嘲るように高笑いする。
エルベルトのことは殺そうと思えばいつでも殺せたのだが、心を弄んで、己の快感を享受してから使い捨てようと思い立った。
「せいぜいあの世で悔しがるといいわ、あはははは」
立ち去ろうと、その場を後にする。
突然、彼女の背後に、影ができる。陽光による人影が。
「はっ、なにいい気になってんだこのアマ」
目を大きく見開き、彼女は振り返る。
その人物を捉えると、声が震えた。
「なっ、なんであんた、生きてんのよ!」
「お前のことなんか、とっくの初めに見抜いてたっつーの」
死んだはずのエルベルトが立ち上がっていた。
「そろそろ仕掛けてくる頃だと思ってよ」
エルベルトはチェインアーマーを取り外す。その内側には、凡庸な衣服があるだけだが、魔法のような模様が描かれていた。物理攻撃を軽減する効果がある。
「故郷の村を焼き尽くしたお前を忘れるわけねー。ていうか、お前を誘い込んだのは俺様のほうだ。存分にヤッて捨ててやったんだよ」
茫然と立ち尽くすティアはプルプルと拳と身体を震わせ、エルベルトに襲いかかる。
顔を狙った爪は逸れ、エルベルトに避けられる。
そしていつの間にか背後を取られていたティアは、重い一撃に転がり落ちた。
足で身体をロックされ、剣先がティア自身に迫る。
「あばよ、いい身体してたぜ。生まれ変わったならめとってやるよ」
エルベルトの剣は、ティアの心臓を一突きした。




