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終わらない時間旅行物語  作者: 下川
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須磨創一

* * *

「それで、その……君の名前は、なんて言うの……?」

 俺はおそるおそる目の前の少女に問いかけた。年は17、8頃と見える。紅く薄い唇は一文字に結ばれ、鼻は高くもないが筋が通っている。長い前髪の間からのぞく、一重まぶたの大きめの目は興味深そうにこちらを窺っており、それを縁取る黒い睫毛が瞳に影を落とす。黒い髪を頭の後ろで結ってあり、白いうなじが丸見えだ。

「あ、私はまだ名乗っていなかったかな?私は夏目和泉なつめいずみ。言っていなかったか?」

 それは失礼した、と笑う少女――和泉は、よく見れば男物の着物を来ているではないか。思い返してみれば、口調も男らしい。

「では私は父上に知らせてくる。新しい使用人が入ったと」

 緩い家だな、と思った。新しい使用人が入ったと知らせるだけでいいとは。普通は家の主人に許しをもらって、使用人となるのではないか。それに、使用人と言うことは給料も支給されるのではないか。娘の勝手で使用人を増やされては、主人も困ってしまうだろう。しかし和泉は俺を主人に紹介することもなく、俺を使用人にしてしまった。これは、緩い家どころではない。変な家である。

 というか、そんなことはどうでもいい。俺はタイムスリップしてしまった。朝起きたらいきなり和泉の家

の庭だったのだから、よくある爆発に巻き込まれて、その衝撃でタイムスリップとかいう訳ではない。原因は不明なのだ。不味い。本当に不味い。俺はもう戻れないのか。本格的にヤバい。安土桃山?マジあり得ねえ。歴史には疎いから、この辺のことも全然わからない。知っていることを引っ張り出すと、慶長の役がもうすぐ起こって、秀吉は死ぬ。それから……戦乱の時代。あと1年ほどでそんな時代が来る。とりあえず住む場所は決まった。だけど、だけど戦乱の時代、この家は無事に生き残ることができるのだろうか?見たところこの家は、庶民の物より少し大きいだけのただの家だ。屋敷ではない。つまり、大した力は持っていないということだ。どこかの大名に仕える名も無き武士であろう。それか、力の弱い大名の重臣か。どっちにしろ、これからの時代、生き残れる確率の低い家だろう。

 そんなことを考えていたら、和泉が戻ってきた。

「父上の許しも得たぞ、須磨創一」

 そこで俺は、ひとつ気になっていたことを口にする。

「あの、須磨創一って呼ぶの、やめてもらえますか?」

 何故だ?と和泉は首をかしげる。いやいや、この時代でも誰も人のことをフルネームで呼び続けることはないだろう。

「では、なんと呼べばいい?」

「須磨、か創一、で」

 須磨か創一……和泉は考え込む。

 それともうひとつ。俺は気になっていたことを思い出した。なんで、俺が年下であろう和泉に敬語で、和泉はあんなに偉そうなんだ?

「よし。では須磨でいこう」

 にっと笑った和泉に、俺はおそる声をかける。

「和泉さん?」

 また敬語だ。

「俺は、建前だけ使用人でしょう?だったら、こうして二人きりの時は……その、なんというか、主従関係があるみたいな話し方はやめてもらえますか?」

 和泉の片方の眉が跳ね上がる。この男勝りな少女は、今ので怒って俺を怒鳴りつけて外に放り出すんではないか、と恐ろしい想像をしてしまう。

「ああ、そうだな。そういえば、私の方が年下だしなあ」

 おかしない出で立ちで威厳など微塵も感じられなかったが、そういえばそうだなあ、なんて言って笑う和泉に、俺は拍子抜けした。てっきり怒られるか、良くてもその提案を受け入れられることはないと思っていたから。

「よし、では須磨殿と呼ぶことにしよう。で、口調も改めようと思う」

「はい……」

 呼び捨てから殿に昇格かよ。すごい出世だな。

「まあ、父上たちの前では我慢してください。それ以外では、対等に話をしましょう」

 おい、急に口調が変わったな。内心で思ったそれを、表に出すことはしないが。

「はい、じゃあこれから、よろしくお願いします。和泉さん」

 ちょっとまてよ、俺は敬語なのか?年上だけど?

 考えていると、和泉と目が合った。

「さん?」

 不思議そうに俺を見る。

「俺の世界で、相手を敬うときに使う言葉……です」

「そうですか」

 あなたをみていると、と言いながら和泉は笑う。

「先の世は、面白そうですね」

 面白いですよ、と俺も笑う。

 もう敬語でいいか、という気になった。

 生き残れるかなんてのも、今はどうでもいい気がしてきた。

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