夏目和泉の家臣
話を聞くところによると、須磨創一は先の世から来たようだった。原因は不明。その先の世には戦はないようで、私はその話を聞いた時、こんな奴がこのご時勢で生きていけるのか、一抹の不安が頭をよぎった。かなり無理のある状況だが、須磨創一の様子からして、本当のことだろう。
「えーと、じゃあ須磨創一、あなたはあれだな。先の世から来た“ばんどまん”だな。で、その髪型は“もひかん″というのだな」
「まあ、そうです」
この変な髪形は『もひかん』と言うらしい。そして須磨創一の変な恰好は『ばんどまん』の『すたいる』で、ばんどまんとは『ばんど』をやっている人のこと、ばんどには種類があって須磨創一は『ぱんくばんど』の『めんばー』らしい。
「で、ばんどとは何なのだ?」
「バンドは……音楽をやる集団……です……」
「楽団、のようなものか?」
「まあ、そうです」
「へえ……」
先の世というのは、なかなかに面白いようだ。
「須磨創一、あなたは行くところがあるのか?」
ふと思い立って、私は訊く。
須磨創一は驚いた顔をする。
「ない、ですが」
そして、今思い出したように急に焦り出した。
「え、どうしよう……俺、行くとこないじゃん……」
ほんとにどうしよう、と頭を抱える須磨創一に、
「じゃあ、私の家で暮らすか?」
と言っていた。どうしてかはわからないが。
「え?」
「だから、表向きは私の使用人で、まあ特にすることはないのだが、それで、うちにおいてやることはできるぞ」
「そんなことが……そんなこと、良いんですか?」
須磨創一は驚いた顔をする。こいつ、驚いてばっかりだ、と少し面白く思う。というか、良いと言っているのだからいいに決まっているではないか。武家の娘に二言はない。
「ああ、いいとも。須磨創一、我が家臣として迎え入れて進ぜよう」
須磨創一はお歯黒を塗った顔で——お歯黒ではないかもしれないが——私を真っすぐ見る。
「どうするのだ?私の家の者になるのか?まあ、実際使用人としては使わないが……」
使用人というのは、須磨創一をここに置いておく建前である。
須磨創一は少し考え込むと、ゆっくり口を開いた。
「…………俺を、この家に置いてください」
真っすぐな漆黒の瞳が、私を見つめる。おかしな出で立ちであるが、その目だけは何だかとてもよく知っているもので、ちゃんとした覚悟が見て取れた。先の世から来て、ここで生きていく覚悟があるようだ。大丈夫か。戦のない国から来たなよなよした奴ではあるが、ここで生きていくことくらいはできるだろう。
「よし。須磨創一。お前は今日から我が家臣だ」
表向きは、と付け加える。
「よろしくな、須磨創一」
「はい」
須磨創一は本日付で表向きは我が家臣、いや使用人だ。