安土桃山の武家娘とバンドマン
この話は史実に基づかない部分が多々ありますので、ご了承ください。また、登場人物の口調は現代のものとなっております。想像で書かれている部分もあります。
そういうことで、よろしくお願いします。
一、
まあ正直、私もこんな変な人が存在するとは思わなかった。少なくとも、この日本には。
その変な人は私の前で正座して、うつむいている。唇はお歯黒でも塗ったのかっていうくらいに真っ黒で、目の周りも同様に黒い。袖のない着物を着ていて、髪の毛は頭のてっぺんだけの髪を残してあとは全部剃ってある。残してある髪はどういう訳だか上に向かって立っていて、本当に妙な髪形だった。髪の色は赤っぽい黒だし。南蛮では、この恰好が流行っているのだろうか。でも、この人の目は黒いし、南蛮人のように白い肌でもない。この人は一体何なんだろう。
「和泉ー?」
誰かが近付いて来る音がする。この人がいるって……不味い。
「須磨創一、隠れろ!」
「え?」
驚いたように私を見たその人を、押し入れの中に押し込む。
「黙っていろよ」
そう言ってぴしゃっと襖を閉める。
「お呼びですか?」
慌てて部屋から出る。
「和泉。この間の着物、直しておいたから」
姉の環が、私に着物を差し出した。
「ありがとうございます、姉上」
「また何かあったら言ってね」
ひらひらと手を振る姉上は、天使のように優しい。いつもなら私はこの優しい姉上との会話を楽しむわけだけど、今はそうはいかない。
「では」
軽く頭を下げて、私は部屋に引っ込む。
* * *
須磨創一という名だそうだ。この、変な人は。
家の庭に、この人はいた。ただ、何が何だか訳が分からない、という顔をして突っ立っていた。そこを私が見つけて、今は私の部屋にいる。
私が押し入れから引っ張り出した彼は、きちんと正座をして、やっぱりうつむいている。そして、やっぱりとてもおかしな出で立ちをしている。
「須磨創一……あなたは……一体何なんだ?」
おそるおそる訊くと、須磨創一は顔を上げた。
「俺は、バンド……をやっていました」
「ばんど?」
私が訊き返す。困ったような顔で、須磨創一は首を振る。
「今は、何年ですか。」
私の質問には答えずに、そう訊いてくる須磨創一は、どうやら見た目だけではなく中身もおかしいらしい。そんなの、決まっているではないか。秀吉公が天下を統一されてから早7年。慶長2年である。
「慶長2年だが……」
「マジですか……?」
「まじ?それはなんだ」
私の問いかけにはまたも答えず、須磨創一はぶつぶつと下を向いて独り言を言う。
「慶長……慶長の役!」
はっとしたように、須磨創一は顔を上げた。なんだそれは。内心思ったが、口には出さない。
「慶長って、豊臣秀吉の時代か⁉」
いきなりこちらを見ると、須磨創一は叫ぶように言った。
「い、如何にも……」
「そんな……タイムスリップなんて、マジあり得ねえ……」
「たいむすりっぷ?」
私が訊いたが、もう須磨創一は私の声に反応すらしなかった。
彼にとって、何か良くないことが起きたらしい。