6 賢者の噂
「さて、これからどうするか。なにか意見がある人はいるかな?」
俺は急ごしらえの会議室で、椅子にふんぞりかえって腕を組みながら皆に問うた。
恰好だけはなんとも魔王らしいが、この会議室にはボロイ机が一つと、椅子が一つしかなく、俺以外のみんなは丸太に座っている。
俺以外のみんなっていうのは、おなじみ七魔将の7人に加えて、新入りが二人、元レッサーゴブリンの長のタケシと我らが楽園領、彗星の如く現れた森の守護者ミミだ。
ミミは人間の容姿をしていて、ぶっちゃけかわいい。
胸は控えめな方だが、さらさらと流れるような青いロングヘアが全く違和感なく雰囲気に溶け込んでいて、なんか異世界だなーって感じがする。
レイヤーさんの青い髪ってなんとなく違和感あるじゃん。
それが全くない。
しかも、顔もきれいに整っていて、中身がミミズだって常に意識してなきゃ、俺が恋に落ちるのも時間の問題かもしれない。
ミミは俺の変身魔法「変身の悪魔」で人間族に擬態している。
知恵を授けたのだが、金切り声しか出せないようだったので、人間に変えてみた。
土を耕したりするのは不便だとは思うが、まあ話せないよりはいいだろう。
俺は予定通りレッサーゴブリンに知恵を与え、転移門にて全員楽園領に招待した。
ゴブリンたちは皆納得し、快く俺の招致に応じてくれた。
レッサーゴブリンたちは狩猟採集の生活をしていたが、突然魔物が山に出現し、狩りに出られなくなって仕方なく人間族の集落から盗みを働いて子供たちを養っていたのだという。
魔物が現れて、ギルドのサイドは繁盛していたが、そのつけは全部農民や自給する人々に回ってくるのだろう。
宝珠の破壊は早いところやらないといけないかもしれない。
幸運なことに、魔王の霊廟跡地の地下には金銀財宝に加えて食物もある程度保管してあった。
集落の家財道具など基本的なものは色々と持ち込んでくるようにと言っておいたので、とりあえず生活には困らないはずだ。
今頃ゴブリン諸君は、俺がマグナス、ズオウ、ゴーズの留守番組に頼んでおいた木材伐採によって得られた木材で、家の建築に励んでいることだろう。
巨人族のゴーズにはゴブリンたちのお手伝いをするように言っておいた。
建築に関しての知識はないようだが、10メートル以上もある木材を軽々持ち上げられるようだし、役には立つだろう。
俺は楽園領に帰ったあと、ゴブリンの村長に名前を付けた。
顔が坊主でちょっとがっちりしていたからタケシにした。
特に深い意味はない。
リサイタルとかカツアゲとかはやめてほしいけど。
ゴブリンたちには名前が存在しなかった。
だから、俺は村長に名前を付け、村長は各家庭の年長者に名前を付け、そしてその年長者が自分の家族に名前を付ける、といったシステムで全員に名前が付いた。
俺はこいつらの名前を一人一人村長に確認させ、名簿をつくらせた。
住民名簿の完成である。
ゴブリンたちは俺が知恵を授けた段階で、ベガルスル語が読み書き喋りともにすべて習得されていたので住民登記や名づけはそんなに手間がかかるものではなかっただろう。
まあ全部村長に丸投げしたから、俺は村長に名前を付けて、出来上がった名簿に軽く目を通しただけなんだけどね。
部下に任せるということはとても重要。
最近の人は何でも自分でやってしまおうとするからね。
いいことした。
俺はゴブリンたちに家と畑を作るように命じた。
ゴブリンの集落の家ははっきり言って雨漏りが激しく、家とはとても呼べないものだった。
ゴブリンに家を作るように命じた訳だし、同じようなものが出来上がるだろう。
知性が上がってるからちょっとはましになるかな?
まあ家に関してはまあとりあえず適当に作ってもらって、あとでみんな知恵を出し合って改良していけばいいと思う。
畑に関してだが、俺が転移門でただいまーした時、既に豊かな土壌は広大に出来上がっていた。
俺は森を、魔族の楽園中央から見て東側、魔族の楽園への入り口をふさぐかのように後代に出現させた。蛇に例えると首らへん。
しかし、その南側に広大な素晴らしい土壌が広がっていたのである。
なんでもミミはパッシブスキルにその場に存在するだけで土地をゆっくり豊かにしていくようなものを所有しているっぽい。
このスキルは土地神と呼ばれる、特定の場所に住み着いた生物が変異してできる、まあありていに言うとヌシ的なやつがよく持っているらしい。
俺がアッシュに説明した、
ミミが森を作った。
って言い訳もあながち間違ってはいなかったって言うことになる。
あの岩ごつごつの荒れ果てた土地を素晴らしい範囲で畑にしてくれたのだからその功績は大きい。
俺はすぐにミミに知恵と、名前と人型になれる権利を与えた。
当然名前は、ミミズだからミミ。
わかりやすくていいと思う。
ミミに適当に食えそうな作物を植えておくように頼んだので、時期にその成果が表れるであろう。
ミミはその豊かな土壌と森に棲むあらゆる生物に簡単な命令ができるようで、彼女に任せておけば、彼女の小さな部下たちが種とか集めてきてくれるだろう。
雑草抜いたりとかそういう細かい作業はゴブリンたちがやってくれるはずだ。
そんなこんなで俺らの領地はだいぶ最初より豊かになった。
ちなみに、俺の無詠唱魔法はゴブリン達、ミミには堂々と見せてやった。
なんで無詠唱魔法がダメかっていうと、魔王アスタロスの配下たちに、中身が魔王アスタロスじゃあないってことがばれるのがまずいわけで。
こいつらは魔王ゾアの正式な配下になるわけだし、中身が転生者であろうが気にしないだろう。
勿論、バラシタラ、ワカッテルネ?
って口止めしておいたから大丈夫だ。
隠しまくるのも面倒だし。
つか、いつのタイミングで七魔将に俺がアスタロスじゃないってばらすのかタイミングがつかめないな。
いろいろと面倒なんだけどなぁ。
魔法が使えないの。
まあそんなことはいいのだが。
「なにかいい意見はないかな?」
俺はさっきから再三この問いを配下たちに投げかけているが、全く俺の望むいい答えが返ってこない。
七魔将たちは皆が皆「魔王様の御心のままに」の一点張り。
ゴブリンたちは他の種族をあんまり知らないらしい。
森にずっといたミミズのミミがこれから魔王はどうすればよいかなんて知っているはずもなく、会議は30分近く硬直していた。
俺の案としては、前みたいにギルドで冒険をしながら魔族の情報を集めて、それを誘致するべく交渉をしていきたいのだが、今回は俺がゴブリン達に冒険者を退け、知性を授けるという恩を売ったからなせた業であって。
決して400年前痛い目を見た魔王のもとに好んでついていこうとする魔族がいるとは思えない。
俺がある魔族の族長なら、人間族に虐げられる生活が続いたとしても、絶対に一族を魔王の庇護下におこうとは考えない。
しかも、俺が第一にそれをすることが間違っているのではないかと思い始めたのだ。
俺は魔族の楽園を再興しなければならない。
それは俺の立場的にも逃れることはできない宿命のようなものだ。
しかし、俺は勇者を倒せない。
勇者も不死身、俺も不死身。
ならば封印の手段がある勇者が圧倒的に有利。
まず俺に勝ち目はない。
だから、俺は魔族の楽園を再興したら、勇者に降伏しようと思う。
400年前は魔族の楽園の領地で激しい戦闘が行われ、一面荒地になってしまったらしいが、戦わなければ魔族の楽園が焦土と化すってことにはならないだろう。
あくまで封印だから、蘇る可能性は十分あるだろうし。
まあ蘇って特段やりたいこともないし、別にいいけどね。
勇者のパーティにはネコミミつけた魔族っぽい女もいたし、魔族に対してそんなに偏見を持っていない転生者ならば、楽園の住民たちに手荒な真似をすることはないと思う。
ただ、そんな安全の保障はどこにもない。
勇者ではなく、国王の意志で国の兵士は動くだろう。
国王が魔王に味方した反乱分子を一人残らず切り殺せと命じた場合、楽園に招致した俺が彼らを殺したということになってしまうし、極悪非道な敵である魔王が作り出した集落を解体せずに放置するなんてことはたしてするであろうか。
俺が王様であったならば、住人を各種族によって地方に散らばらせ、力が分散し国に抵抗しづらくする。
俺が降伏したとしてもそうなる可能性が高い。
俺が楽園へ住人を招致するってことに乗り気じゃないのが一つと、招致を拒む可能性が高いという懸念が一つ。
この二つに加えて、配下たちの楽園再興を望んでいるという圧力の板挟みになっているゆえに俺はなかなか結論を出せずにいる。
なにかぱっと誰かが解決策を持ってくてくれないかなーというささやかな希望のもとにこの会議の中で時間は過ぎていく。
「では、知恵者に知恵を借りるというのはどうでしょうか」
ゴブリンのタケシがふと思いついたかのように突然口を開いた。
タケシは思った以上に使える奴で、住居の耐久性の問題についてや、家畜を飼育できないか、海の水から塩を取れないか、近くの海域を行き来する小型ボートは作れないか、など様々な献策を俺に話し聞かせてくれて、今現状この集団の中で一番賢い生物だ。
あれ、俺は?
「どういうことだ?」
すこし期待して聞いてみた。
「魔王様に知恵を授けられた私どもはもちろん魔王様に知恵が及ぶはずもございません。他の方々も同様でございましょう。その魔王様がこれだけご高察なられてもいい案が浮かばぬということはここで我々がいくらあつまっても所詮は無意味。故に外部の知恵者に意見をお尋ねになられるというのはどうでしょうか」
なるほど、君は俺の故郷の超名言、三人集まれば文殊の知恵という言葉を真っ向から否定するわけだな。
俺の星の先祖様をバカにするな!
採用。
「して、その知恵者に心当たりがあるのか?」
「はい、我らがいた集落のもっと山奥に、一つの小屋に立てこもる知恵者がいるという噂を耳にしたことがあります。なんでも近衛兵を辞職して、小屋に立てこもり、晴耕雨読の生活に身をやつしているとか」
ほう、ほう。
なんか三国志の諸葛孔明、戦国時代の竹中半兵衛みたいなやつ来たな。
まあ三国志も戦国系の小説も読んだことないけど、アクション系のゲームとかトレーディングカードの裏面の説明文とかで若干知識はある。
いわゆる、にわかってやつだ。
もう読もうとしても読めないけど。
「ほう、面白い。そいつは人間族なのか?」
「いえ、私が知っているのは今話したことがすべてでございます。その情報すらも怪しいものですが、一応発言いたしました次第」
ふむ、まあ元原始人に深い情報を求めるのは間違ってるか。
ダメもとで当たってみるかな。
「よし。ではそいつを探してみることにしよう。俺の供には……」
……
あれ、こういうパターンは俺が!私が!ってどんどん立候補あるもんじゃないの?
みんな遠慮しちゃってるのかな?それともただただ面倒だから?
どっちにしろ王としての資質が疑われる……
「では供にはミミを連れて行こう」
さっきから一言もしゃべっていなかったミミが嬉しそうにぱぁっと顔を明るくした。
ミミを選んだ理由は、無詠唱魔法を見られても問題ないからだ。
タケシ君は内政でいろいろと実務があるだろうし連れていくのは忍びない。
もう、土壌豊かにしちゃったミミならば暇だろう。
今から転移門作ってすぐ探索すれば夕方までにはその知恵者も見つかるかもしれない。
善は急げだ。
「以上!解散!」
――――
ドンドン、ドンドン。
俺が何度も戸をたたくが返事はない。
「気配察知」で中に誰もいないのは確認済みなのだが、とりあえずやっておく。
もう習慣になってしまった。
時は紀元200年頃、場所は中国。
当時、各地を逃げ回って新野という小さな城に居城を構えていた英雄劉備玄徳は、自分の配下に知恵者がいないことに懸念を感じ、20歳近くも年下のかの天下の天才軍師、諸葛亮孔明にへりくだり3度も孔明の家を訪ねて配下とした。
これが俗にいう、「三顧の礼」である。
「で、今日で何日目だっけ?」
「6日目です!」
もう劉備の2倍くらい訪ねちゃってるんだけど。
ほんとにここに人が住んでいるのか?
と思ってしまうが、なんでも近くに住んでいる木こりによれば、
「昨日も先生とは会いましたよ」
だそうだ。
6日も入れ違いかよ!まったく、不幸だぜ。
完全に避けられてる!
魔王の姿で会いに行ってるのがまずいのかな?
とも思ったけど、木こりや近くの住人は別に普通に俺と接してくれた。
だって見た目金髪の好青年だし。
まさか魔王がこんな山奥に来てるとはだれも思わないだろう。
勇者以外の人間には俺は魔王城にいるってことになってると思う。
もっとも、俺の固有スキル「魔王扉」の存在がどこまで認知されてるかによっては、いろんなところに魔王がうろついていても不思議じゃなかったりするのかもしれないけど。
結局レッサーゴブリンに関しては冒険者に遭遇することなく回収できたので、
ちまたでは、「消えたレッサーゴブリン」の話題で持ちきりだ。
悪魔の生贄に捧げられたとか、SSランクの魔物に全員食われたとか、半分都市伝説化しつつある。
まあ下手に魔王が攫っていきましたって言わないほうが結果波風立てずに済んでよかったかもしれない。
故に俺が魔王だってばれてるわけではないと思うんだけど。
なんで避けられてるんだろ。
謎の知恵者は名前をソーマっていう若い人間族らしい。
近くの住人は口々にソーマ先生って彼を呼んでいた。
なんでも、ベガルスル王国の近衛兵に所属していた若きエリートだったが、最近辞職して小屋に立てこもったのだとか。
「私ごときの才能では近衛兵たるに到底至らない」って先生はおっしゃっているらしい。
とりあえず、俺が避けられているならば、俺のことは少なくとも相手に知らせることはできてるわけだし、とりあえず俺がするべき行動はこちらの誠意と根気をみせることだ。
まだ粘るしかない。
そして本当に奇跡の入れ違いだった場合。
これも粘るしかない。
その辺にずっと隠れ潜んで待ち伏せしていたり、扉の前でずっと待ち構えるってのも考えはした。
だが、考えてもみてくれ、不審者が繁みで待ち伏せしてたり、扉の前で待ち構えてたりしたら正直めっちゃ怖い。
まあ6日連続家のドアをたたく黒いマントの不審者も怖いとは思うけど……
とりあえず悪印象を与えるわけにはいかない。
こちらは教えを乞う側の人間、とにかく誠意が大事だ。
「じゃあ今日もお使いすませて帰ろうか」
「はーい!」
ミミがそういって俺の腕を両手に抱きしめてきた。
あの最初のミミズの謙虚な態度からして、もっと知性があって忠実なシモベってのをイメージしてたんだけど、ミミはめっちゃ子供っぽかった。
身長が俺より10センチ低いくらいで体は決して小さくない。
なので体と心が釣り合ってない感じがしてなんかあざとく見えてしまう。
二人きりになったとたん懐いてきたので余計あざとい。
まあ元が動物?だから普通……なのか?
ええい!ミミ!あざといぞ!そんな貧相なもので俺を誘惑できると思ったか!HANASE!
などとは言えるわけもなく、人肌のぬくもりを心地よく堪能させてもらいながら俺は歩く。
ようやく異世界生活っぽくなってきた感じ。ドキドキ。
あれ、いや、人肌じゃないか、ミミズ肌。
……やめよう考えちゃだめだ。考えちゃだめだ。ミミニンゲン。オーケー。
「で、今日のお使いはなんでしたっけ?」
俺の右腕を抱えながら歩いていたミミがはて?と言わんばかりに首を横に倒し、頭が俺の肩に当たる。
はい、アウトー!
確信犯!現行犯!幸福感!
へいよーちぇけら!
「えっと、ブルーカミラの毛を金貨60枚分と机が2つ足りないらしい。あとは銅鉱石金貨10枚分。筆数本と紙をありったけ。あと家畜になりそうなやつとりあえず適当に買ってこいってさ。まあ今日はこんなもんだな」
俺はここ6日、転移門で毎日楽園と王都を行き来している。
故にちょうどいいから王都で調達できるものは調達するぞーと住人全員に通達を出したところ予想以上に大量のお仕事が舞い込んだ。
霊廟跡地地下には、魔王を祀るかのように大量の金銀座法があったため、お金には困らない。
日本円にして1兆円くらいありそうだ。
とんでもない。
ちなみに金貨1枚ちょうど1万円くらいの感覚で使える。
銀貨は1千円、銅貨は100円って感じで、俺でもわかりやすい。
まあ若干物価が違ったりするから一概にそうとは言い切れないけどね。
それで先生の家を訪ねた後はギルド街道でお買い物をしてから帰宅するのだ。
初日なんかはすんごい量買い物させられて、てんてこまいだったがここ2日くらいは落ち着いている。
食材は霊廟地下の保存食と魔族の楽園領で捕れる新鮮な魚介類があるので困ってないし、木材も森の奴切って魔法で乾かせばすぐ住居に使えるので問題はなさそうだった。
「じゃあ今日もクエスト受けるの?」
まあそんなわけで空いた暇な時間にミミと一緒にAランクのクエストを適当に選んでこなしている。
もちろんクエスト中、というか先生の小屋を尋ねる時以外この町での俺の容姿はゴブリンだ。
ミミの冒険者カードも例のギルド本部副長ジュバルさんのコネで作ってもらった。
忙しいのにゴメンネって言ったら、代わりにAランクのクエスト依頼が溜まってるからそっちを消化してほしいって言われた。
でも、普通はそれぞれの冒険者ランク以下のクエストしか受けることができない。
Bランク冒険者がAランクのクエストを受けていいのかと行ったら、コネで何とかしてくれるらしい。
このやけに協力的なおじさんはなんなんだ。逆に怖い。
って訳で、俺達はAランクのクエストをこなしているのだ。
ぶっちゃけAランクの敵も俺達2人にとっては過剰戦力だった。
ミミは人間状態でも戦闘力は変わらないっぽくて、中でもぺって唾を飛ばすと敵が文字通り溶けていくのは超強力だ。
普通にグロイ。コワイ。
ミミにそれじゃあ素材が取れないからって理由つけてやめさせたんだが、それ抜きにしてもミミは強い。
魔法は使えないらしいが、手をかぎ爪に変えて、敵にとびかかって首を掻き切る。
さらにそのかぎ爪にはいくつもの毒がしこんであるらしい。
まあそこらのAランクの冒険者くらいは強いのではないか。
まあ最も過剰な戦力はほかでもない俺だな。
あの驚くべき身体能力に加えて、邪魔がいないため無詠唱魔法使い放題である。
詠唱に30分近くかかると言われている大魔法「|全てを食べつくす凶悪な闇」を使ったときは驚いた。
説明文には、周りの敵をすべて飲み込んで吐き出す球体を呼び出すって書いてあったから、飲み込んで吐き出したら意味なくね?って思ったけど、完全に騙された。
黒い球体が現れたかと思うと、近くにいた魔物をすべて吸い込み、ぐちゃぐちゃにして吐き出した。
自動索敵型らしく、発動後3分くらい飛び回ってそこら一体の地面を鮮血に染めていた。
これ連発したら使用者も精神が持たないだろう。
こんな悪魔のような魔法が大量にあるのだ。
恐ろしすぎる。
さっきみたいに説明文を呼んでもその効果範囲や持続時間、効果の大きさ、有用性などいろんなことがわからない。
実験と称して片っ端から打ちまくってるが、ほとんどの魔法でAランクのクエストに出てくる敵は瞬殺だった。
まあ魔王といえば最強の魔族だもんな。当然だ。
多分、現時点世界最強の存在なのではないだろうか。
と、うぬぼれてみる。
チート万歳。
そんな俺があんな雑魚勇者に屈しなければならないとはな……
まあそれは考えない約束だ。
そんなこんなで俺とミミはAランクのクエストをこなしているのだ。
「ああ、そうしよう」
「やったー!今日はミミ、マスターよりうんと働くね!」
彼女は顔をキラキラさせながら俺の両手から腕をどかして、今度は抱きついてきた。
ふっ、ミミ、甘いな。あざといのがわかっていればどうということはない。
俺は前世から恋愛シュミュレーションゲームで培われてきたスキルで、いたって冷静に対応することができた。
「お、おお、お、おう」
というのは嘘でした。
――――
ベガルスル王国西部、某山脈内
「とどめー!おりゃ!」
ミミがミミの本来の大きさ位の大蛇の首にむかってかぎ爪を薙ぎ払うと、蛇の首筋がぱっくりと開き、蛇はぐったりと地に落ちた。
俺達二人はあの後、ちまたを脅かす大蛇の討伐というAランクのクエストを受けた。
なんでも周辺の村の家畜をぱっくりとくわえてどっかに行ってしまう神出鬼没の魔物なのだそうで、冒険者たちも姿はおろか影すらとらえられず、依頼は硬直しているようだった。
俺達もそれを探すことにしたのだが、ミミがこっちにいる!と駆け出してあっさり蛇の寝床を発見してしまった。
俺の「気配察知」では感じ取れない部分までミミの持っているパッシブスキルの範囲が広いのか、はたまたただの勘なのか。
まあどっちにせよ助かった。
結構な大きさの蛇だったが、俺の魔法に適いそうもない敵だったし、ミミがやる気まんまんだったのでミミにやらせた。
しかし流石はAランククエスト。
ミミ一人では結構な接戦だった。
ミミは毒物に対する抵抗があるようで、蛇の毒をくらってもうんともすんともしなかったのが最終的な勝敗を分けた。
まあ土の中とか凄い毒物入ってそうだし、抵抗があって当然だよな。
ミミが吐く、みるみる溶けるゲキトケ君も案外そういう体にため込んだものから作られているのかもしれない。
「マスター!やりましたよー!みてください!」
ミミが手のかぎ爪を人間状態に戻し、どや顔で俺を手招きした。
ちょっとどや顔がかわいかったから俺の顔が少しにやけてしまいそうだったので慌てて俺は、やれやれと言わんばかりに手で顔を覆った。
あぶないあぶない。ミミハミミズミミハミミズ。煩悩退散!
目をつぶるとともにモノクロの立体世界が頭の中に広がる。
ん?
俺の「気配察知」に反応が1つ。
小柄な人間のようだ。
さっきまでいなかったとおもったけど。
1人でこんなとこにいて大丈夫かと俺は思った。
が、俺はミミの対戦中暇だったので、いろいろな魔法を試すついでに周辺の魔物を狩りつくしていた。
多分安全だろう。
なんで1人でこんな危ないところにいるのかはわからないが、ここにいるということはここに歩いて来たってことだし、当然歩いて帰るくらいのことはできるんだろう。
「よくやった!」
俺はそんなことは無視して蛇の皮を剥ぎ取りにミミのもとへむかった。
そんなこんなで俺たちは無事に目的の魔物を狩り、帰路についているのだが。
「なぁ、ミミ。さっきから俺達をつけている奴が1人いるんだが、わかるか?」
そう。
一旦はスルーしたものの、やっぱりちょっと気になってちょくちょく「気配察知」で1人でいた人物を確認していたのだが、俺達が山を下っていく後ろを一定間隔でさっきからついてきている。
確実に尾行されている。
ちなみにミミはゴブリン状態の俺とはあんまりくっつきたくないみたいで、俺の横一定間隔あけてミミが歩いている。
お父さん悲しい。
「うん。知ってるよ」
ミミはふーんって感じで俺の発言を受け流した。
あれ、反応が思ってたのと違う。
ミミはもう気づいてたのか。
確かに大蛇発見する時もすごい索敵能力だったしな。
数キロ先の大蛇を発見したし、俺なんて見えて最大で500メートル程度だ。
魔法が使えない分、パッシブスキルのほうは俺より秀でている部分があるのだろう。
「で、いつからそいつがいるかわかるか?」
「えーっとねー。マスターが一番最初に先生の家を訪ねてからかなー」
え……
「ん?」
「6日前の朝!」
「なんで早く言わないんじゃあ!」
俺はミミの頭をスコーンと軽く叩いた。
おいおい、それ確実にソーマ先生ってやつが尾行よこしてんじゃん!
横でミミが頭を押さえながら、うえーん、だって、私が知っててマスターが知らないことがあるわけないと思ったもん!って泣いているが気にしない。
あざとかわいい。
つかミミの索敵能力はやはり並じゃないな。
比べて魔王の索敵能力の低さよ……向かうところ敵なしだから周りに動き回る存在なんてどうでもよかったんだろう。
まあそれでも結構先の気配は分けるんだけどね。
6日前からつけられてたってことは転移門とかも見られた?
今ソーマ先生の尾行だって言ったけど、先生の家を訪ねてから尾行が付いたから先生の尾行だとは一概に考えられない。
もし、王国の手先だったり、魔族を恨む謎の団体だったりしたらまずい。
結構有名になってきた最強ゴブリンのBラン冒険者が魔王ゾアなんて知れたら、よくしてもらってるギルド副長ジュバルさんにも迷惑かける上に冒険が続けられなくなる……
ギルドカード再発行してFランクから再スタートとか絶対嫌だからな。
ってか何気に冒険者ライフ満喫している俺がいた。
ついこの間までは冒険者にならないって思ってた気がするんだけど。
まあとりあえずその尾行を捕えなくては。
でも尾行ってくらいだから気配消したりとかうまいだろう。
「気配察知」ですら6日目にしてようやくひっかかるくらいだから、多分俺がこっから追いかけて行っても捕えられるっていう自信がない。
「ミミ、そいつを捕まえることできそうか?」
「変身解いてくれれば3秒もかからないと思う!」
あの巨体で3秒……だと?
まあいいや、ミミがいままで失敗したことないからな。
任せてみよう。
「オッケー!いけ!ミミ!君に決めた!」
俺はボールを投げるかのようなモーションをすると同時にミミの「変身の悪魔」を解除。
すると俺の目の前に全長8メートルを超える大型モンスターが姿を現した。
と思ったらすぐ土の中に潜ってしまった。
まだ俺あなをほれって言ってない!
やってみたかったシチュエーションをぶち壊された俺はゆっくりと目を閉じて「気配察知」で状況を確認した。
巨大なミミが小さな気配を口でくわえているようだ。
速すぎ。