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4 冴えない勇者

「また、つまらぬものを切ってしまった……」


ゴブリンのイカした発言とともにドスンと鈍い落下音と砂埃が宙に舞う。


ゴブリンは飛竜(アリゲィング)の血がうっすらと付いた短剣を大げさに一振りして腰の柄に大げさに戻す。


その醜い顔をどや顔でゆがませて、わざとらしく、彼が只今救出した一人の少年のほうに振り向く。

少年は金色の柄が目立つ名剣であろうものを帯剣しているが、他の装備はなんだか銀と銅が混じったような装備で、剣に似合わない。

しかし、ゴブリンのほうはもっとひどく、布一枚と革のベルトに短剣をつけているだけのなんとも貧しい装備だった。


そう、彼は巷で話題のBランクのゴブリン。

魔王ゾアこと、サムその人に他ならない。


っていう自己紹介的なのはもうこのへんにしておいて。


「あ、ありがとうございます……」


時はもうすでに夕方。

俺達は冒険者カードを貰うや否や、Bランクの討伐クエスト、飛竜アリゲィングの皮を20枚剥いで来いっていうクエストを受けてそいつらを討伐しに来たのだが、あまりにも弱くて拍子抜けだ。


飛竜(アリゲィング)ってのはてっきり小型ドラゴン的なのをイメージしてたんだが、全然違った。

まず奴らは飛べない。

ワニとかイグアナに羽つけたみたいな魔物なのだが、羽をばたつかせて威嚇するだけで全く飛ぶ気配がない。

そういう点ニワトリに似ている。

彼らの武器は顎の怪力と固い皮膚だ。


しかし、巨人族のゴーズお手製の俺の長剣に適うほどではないし、顎も、掴まれなければどうということはない。


普段彼らは飛べるワニ――飛龍(ワイバーン)――に率いられて群れで狩りをするらしい。

だが、このクエストはわざわざそこに突っ込んでいかなくても、はぐれ飛竜(アリゲィング)を狙っていけば普通にクリアできる。

流石に群れ相手でさらに飛べるワニ相手となるとBランク程度の冒険者数人では太刀打ちできないだろう。


「で、君はなんでこんなところに一人で?危うく死ぬところだったよ?このゴブリン族最強のサム様が通りかからなかったら死んでたかもよ?」


普通、冒険者はパーティを組んでクエストをこなしていく。

ヒーラーがいなけりゃ傷を負ったが最後、すぐに殺されてしまう。


よくRPGなんかではHPが半分以下でも以上でも瀕死の状態でも攻撃力や素早さは変わらない。

だが、実際ではそんなことはまずありえない。

傷を負うごとに力は弱く、動きは鈍くなっていくのだ。


だから、ヒーラーに加えて敵の攻撃をひきつけながら戦う前衛に、後方から呪文詠唱にて敵を攻撃したり、味方の支援をしたりする後衛が最低でも2人ずつはいるようなパーティが普通だ。


例えBランクのクエストといっても、これはパーティ前提のランク基準であり、決してBランクの冒険者一人でこなせるようなクエストではない。


故に一人ではぐれ飛竜(アリゲィング)に果敢にも挑んでいた、この黒髪で冴えない風貌の少年の行動は自殺とも呼べる行為だった。


彼がAランク冒険者ならばまだしも、さっきはぐれ飛竜(アリゲィング)にかぶりつかれそうになっていたところを見ると、とてもとてもそんなレベルではないだろう。


「僕、仲間の前だとあまり本気を出せないから、一人で技の練習を……」


さっきはぐれ飛竜にやられそうになっていたような奴が何を今さら……

まあ俺も一人で特訓とかしたい気持ちはわからんでもない。

でもそれはもう少しレベルを上げてからにしたほうがよいのではないだろうか。

死んだら元も子もない。


まあ今日のことで彼も懲りるだろう。

こんなみすぼらしいゴブリンに助けられるなんて、俺もまだまだだってね。


「自惚れは身を亡ぼすわ。冒険者たるものいつまでも謙虚でいたほうが身のためよ」


あんまり喋ったことない黒髪ポニーテールのメイが少年にビシッと忠告した。


まあ他の配下とも命令以外にあんま会話を積極的にしていない。

どっかでぼろがでそうで怖いし……


彼女、魔族なんだろうけど、俺と同じくめっちゃ人間そっくりだから冒険者で人間とパーティ組んだりとかも経験あるのだろうか。


「あ、そうですよね。先ほどはどうもありがとうございました」


傷だらけの少年がぺこりと俺らに4人に頭を下げる。

あれ、アッシュは?

と思ったらすでにさっき俺が狩った飛竜の皮をめりめりと剥いでいた。

流石、仕事が早い。


少年は魔族の俺らに対しても結構謙虚だった。

さっき俺が助けたBランクパーティなんて俺らをガン無視して、俺らの狩った飛竜の皮持ってっちゃったからね。

実力主義って言われてるギルドの冒険者でも、魔族差別はありありとうかがえる。


まあこの少年には魔族に偏見を持たない清らかな心に免じて回復魔法を施してやろう。


「フラミー、彼に回復を」


「は、はい」


俺の言葉を受けるとネコミミの少女はブーツを脱ぎ始めた。


「ストーーーーップ!今の命令なし、やっぱやめた。取り消しー!」


俺が命令を取り消すと、フラミーは片方だけ脱いだブーツを、はいと答えながらまた装着し始めた。


危ない。危ない。


いままで傷らしい傷を負ってこなかったこのパーティだから危うくフラミーの回復方法を忘れるところだった。

あんな危険物をいたいけな少年に差し向けるなど言語道断笑止千万。


フラミーちゃんのブーツで蒸れた足でありとあらゆるところをふみふみされるのだ。

ミニスカートの下に短パンを履いているからといっても(確認済み)ふみふみされる最中の絶景。

少女から漂う汗の香り。

いろんなことが恥ずかしい気持ちと、仕事だからやらなければならないという使命感との間で揺れ動く彼女の表情。


きっとそこらの坊やでは正気を保っていられないだろう。

お、俺はもちろん大丈夫だ。


俺ならばきっと途中で気を失って気付けば治療は終わっている。

ダメじゃん。


「少年よ、君は今日の傷を今後の教訓として体に刻んでおくべきだ。それで君は一歩高みへと成長できるだろう」


「あ、はい」


最近の若いやつは魔法にばっかり頼って全く傷跡が残らないからな。

俺の祖国のご先祖様達の偉大な戦士たちを見習うべきだ。

この傷は奴につけられた傷で、とか後に仲間に自慢したり、

この傷がうずくぜ、とか言っちゃうのだ。

青春、いいじゃないか。


ってか思えばさっきのセリフ、ゴブリンが言っても全くかっこよくない。

むしろ調子乗ってるやつにしか見えない。

ゴブリン状態のときはキャラ変えようかな?


「あ、そうそう。勇者ってやつがこの町にいるらしいんだけどどこにいるか知らない?」


「さ、さぁ。見たことないですね」


「あ、そう」


やっぱだめか。

さっきから人助けしながら勇者についても聞きまわってるんだが誰も特にこれといった情報は持っていなかった。

勇者はいろんなクエストをどんどこ消化しているらしいし、多分他の冒険者の目にもとまらぬスピードで討伐してるんだろう。

まあ、いまんとこ俺は勇者を積極的に倒す気はない。

とりあえずこの体に戦闘慣れしておくことが優先だ。

ロードされても記憶は残るので、俺の時間は無限大なのだ。


「はふ、わたくし、もう飽きてしまいましたわ。さっきからなんにもしていないですし。血をわざわざ持ってくるまでもなかったですわね。おかげで鮮度が落ちてしまいましたわ」


銀髪ツインテールのゴスロリ吸血鬼、コロンが小さくあくびをしながら不満を漏らした。


まあ当然っちゃ当然だ。

さっきから飛竜に関しては俺とアッシュの二人で狩っていて、他の三人はただただついてきているだけだ。


素材の剥ぎ取りは全部アッシュがやってくれる。

しいて言うならその素材を保管するために異次元空間に収納しているのはメイだ。

魔術師らしく5分くらいの詠唱を終わらすとアイテムの収納や取り出しが可能になる。

結構便利だが、5分って意外に長いので、戦いには向かない。

きちんと必要なものは装備しておくべきだろう。


まあ俺も同じようなスキルを持っていて、無詠唱で使えるんだけどね。

はい、回復薬~って感じですぐ出せる。

チートすぎ。


まあそんなこんなでコロンとミラはただ歩いてついてきているだけだ。


序列3位ともあろう吸血鬼がこんなニワトリみたいなはぐれ飛竜アリゲィング討伐のクエストなんて手持無沙汰なのだろう。


なんでも、彼女は血を飲むと飲んだ血の所有者のパッシブスキルや魔法を一定時間行使できる上に、俺同様パッシブスキルの「不死(アンデッド)」を保有している。

銀の弾丸とかニンニクなんてのも多分効かないだろうし、「不死(アンデッド)」保有者は敵に回したくないランキング上位に位置するだろう。

じゃあ序列1位と2位の留守番組はどんだけ化け物だって話になる。

恐ろしや。


彼女はいろんな敵から集めた血をコレクションしているようで、そのうちの一部を館から携帯してきたらしい。

なんか楽しそうな能力だよね。

いろんな能力をつかえて。

超人とか戦隊とかもそんな感じの流行ってなかったっけ。

時代の波にのってるね。


「よし、わかった。もう帰ろう。コロン、フラミー、無駄足ご苦労だったな」


「は、はい」


「ええ、とんでもありませんわ」


まあ今回のクエストでだいたいパッシブスキルの運用の仕方もわかってきた。

次は魔族を楽園に誘致しながら経験を積んでいくことにしよう。


下手に勇者に手を出して返り討ち、封印されちゃった。

なんて笑えないから、とりあえず戦闘慣れしてから勇者には挑もう。

幸運なことに彼はまだこの町にいるらしいしな。

まだ時間はたっぷりある。


今日はもう飛竜も予定の20匹以上はとうに狩り終わってるし、もう夕方だ。

夜はどんな世界でも危険だろう。

おとなしく宿に泊まろう。


これで今日一晩寝て、また午前中にロードされるようならまた考えよう。


今日の経験で無駄なところをいろいろと省けば時間はできるはずだ。


でも我ながら今日一日いろいろあったな。

朝起きて配下に囲まれてて、転移門と森を出してギルドに行って、チンピラに絡まれて冒険者カード作って飛竜の討伐。

とても一日の間にできるような作業とは思えない。

これが魔王クオリティなのか。

そう考えるとどっと疲れが俺を襲った。


MPって概念がマナっていうもので存在しているらしいので、あんな大規模に転移門に森を出した時点で俺のマナ事情も怪しい。

しっかり眠って明日に備えよう。


「よし、ではここから街まで競争でもしよう!」


配下との交流も魔王の責務だ。

俺は文句を垂れるコロンを無視して全力で街に向けて走りだした。

俺達の冒険はこれからだ!




――――



ハッ!


と目覚めるとそこは薄暗い晴天の中……ではなかった。


ロードループ離脱成功!


とう!と俺は最高級の宿屋のベッドから飛び降りると、勢いよく背伸びをした。


んー快適、快適。

欲を言うなら、俺の目覚めには毎回日替わりで美少女をつけてほしいものだが、俺は「気配察知(センス)」で寝ながらでも近づくものは察知してしまう。


それではつまらない。


制御の心得(パッシブコントロール)」で「気配察知(センス)」をオフにしてもいいのだが、そしたら闇討ちが怖くて眠れないから美少女で朝を迎えることはできない。


クソッ、なにかいい方法はないのか。


俺が森を作ったのがよかったのかギルドに行ったのがよかったのかは知らないが、とりあえず状況は好転しているとみて間違いはなさそうだ。

まずは初日クリアってわけだ。


昨日はあのあと一瞬でギルド街道に到着し、いろんなお店を見ながら皆を待った。

まあ大したものは売っていなかった。

俺が人間状態でつけていた装備は全部が当時魔王アスタロスが愛用していた装備で、軽くて、主に魔法攻撃や幻影系の魔法に耐性を発揮するのだとか。

そんなてんこもりに能力がついた装備なんてそうそう売っていなかったし、あんまり発見はなかった。


食に関しては、なんかカタカナ文字の名前の肉とか生地が多くて、よくわかんなかったから怖くて1つも手は付けていない。

まあ、暇になったらこの辺で食べ歩くのも悪くないかな。

もちろん横に美少女を侍らせて。

でも俺の場合は仲間ってより配下色が強くて距離が遠いんだよなぁ。

俺が好んで読んだハーレム転生物のラノベが植え付けた幻想に訴訟起こすレベルでがっかりだ。


第一回チキチキ障害物競争魔王ゾア杯、優勝はもちろん絶対王者のこの俺。

2位はコロン、3位はアッシュでフラミーとメイはゆっくりと走って同着5位だ。


文句垂れながらもきちんと俊足系の魔物の血を飲んで俺の後ろをついてきたコロンはなんだろう。ツンデレちゃんなのかな。


アッシュはなんでもこなしちゃう感じだからまあ置いておいて、後ろの二人は二人して最下位だ。

本人たち曰く、瞬発力はそれなりにあるけど持久力はない。

らしい、手を抜いていたのか本当に持久力がないのかはわからないがまあ時速70キロくらいで走れてたからまあ上出来だ。

障害物をよけながら100キロ以上出してた俺達と比べるのは間違ってるよね。うん。

速さを出して走るのもだいぶ慣れた。

鳥が空飛ぶのを怖がらないのと同じで、飛行も全然怖くはなくなった。

自分が飛べるのだから、空は地面のようなものだ。怖いはずがない。


それで、手際よくメイが飛竜の皮を納品して、その稼いだ金全部注ぎ込んで、ギルド内の超高級宿を3部屋借りた。

女性3人の部屋と、俺の部屋、アッシュの部屋である。

俺とアッシュを分けた理由は言うまでもない、スキルを確認するためだ。

まあ風呂ざばっと入ってすぐ寝ちゃったから結局確認してないんだけどね。

もったいない。


ちなみにこの宿は、風呂も食事もついていてSやAランクの冒険者御用達なのだそうだ。

ギルドは実力主義だから魔族で不便はないし、快適に過ごせる。


とりあえず俺は今日の計画を頭の中で立て始めた。


まず、みんなで集合して楽しい朝食をとる。

人間やめちゃってる魔王の体をもってしても腹は減る。

食べなくても不死身ではあるけど。


なんでも日本食もあるらしい。

さしずめどこかの転生者が持ち込んだのだろうな。

俺の知ってる範囲の転生者は400年前の勇者くらいだけど、400年ってなると他の転生者もいるって疑わざるを得ない。

現に俺と勇者が今この世この時に受肉してるわけだし。


まあ、外国まで来て日本食かよって感じするから別のモノ食べたいと思うけど。


そんで食事が終わったら、今日は行く当てがある。


その名も、レッサーゴブリンの集落だ。


昨日飛竜を倒しに行った山のちょっと先に、レッサーゴブリンの集落なるものがあるらしい。


レッサーゴブリンっていうのは俺が変装しているゴブリンの劣化版だ。

ゴブリンの俺は体長150センチくらいだが、彼らは100センチくらいの小人のような存在。

ゴブリンのようにベガルスル語を話し、理解することもできない、原始人のような存在らしい。


基本イノシシとかを狩って自給自足、狩猟採集の生活をしていて、人間族には無害なはずが、最近畑の作物を盗んだり家畜を盗んだり、人間族に悪さを働いているらしい。


なぜこんな情報が舞い込んだかというとギルドのBランククエスト募集にレッサーゴブリンの耳をできるだけ持って来いってのがあったからだ。


どうやら目障りな魔族という枠から害をなす魔物っていうくくりに切り替わってしまったらしい。


俺にはとっておきの魔法、下位種にある程度の知能を授けることができるっていう「知性の植え付け(ウィズダムギビン)」というものがある。


こいつを使ってレッサーゴブリンをゴブリン並の知力まで引き上げてうちの楽園に招待しようと思っている。


同族が殺されて耳を切り取られるなんて見てみぬふりできるわけがないではないか。


まあ俺、偽ゴブリンだけど。


とりあえずなんで最近になって悪さを働いているかもきちんと聞いて、話し合ってから、楽園に来たくないっていうならまあそれでもいいさ。


魔法の詠唱に関しては、ゴブリンだけには別に見せてもいいし、なんなら「昏睡の魔眼(スリープアイ)」で全員眠らせてから知性を授ければいい。


そういやあのミミズ君にも知性を授けたほうがいいかな。

まあ結構理解ある感じだったし頭が悪いってわけじゃないんだろうけど。


まあいいや、とりあえず今日の目的はレッサーゴブリン救出大作戦だ。


下手したら他の冒険者とも争う羽目になるから、集落についたら俺は単騎魔王の姿で交渉に出向こう。


5人パーティでクエストをこなしながら冒険者から情報を引き出すのは悪くない作戦だ。

ここでこの5人が犯罪者なんてレッテルが張られたらもうこの町にはいられなくなる。

その時点で俺らの楽園計画と勇者抹殺計画は瓦解するだろう。


またここで時間を使いすぎてロードされるってんならまた考えればいい。


よし、とりあえず飯~


――――



「よーし、だいぶ歩いたな。この辺りで別れよう」


俺達五人は予定通りレッサーゴブリンを楽園に誘致しよう作戦のため、ばっさばっさとはぐれ飛竜(アリゲィング)をけちらしてようやくもうすぐ集落ってとこまで来た。

もっとももうすぐって言っても10キロ近くはあるんだろうけど。


「「はっ」」


「宿で説明した通り、俺はこれからレッサーゴブリンの集落へと向かう。魔族の楽園樹立への重要な一歩となる。レッサーゴブリンの集落へと向かうものがいればなんとする、コロン!」


俺は朝決めた決まりごとについて山の中で確認を始めた。

これで覚えてなかった奴がいたら、がっかりするだけの作業なんだけど、確認は重要。

どんな仕事でも、1に確認、2に確認。


うるせえよ!確認がなんだ!

って思う奴は大抵失敗する。

俺もよく確認画面をすっとばす癖のせいで大量のレアモンスターを売却してしまったりした。

みんなも気を付けよう。


「そっちの方角には魔王を名乗る者がいるから近づかないほうがいい、とご忠告差し上げるのですわ」


正解!黒の方、何番?

ってのはおいといて。


とりあえず、俺たちがレッサーゴブリン消失事件(予定)とかかわっているとなるといろいろ面倒だ。

レッサーゴブリンが魔族の楽園領にお引越しってことになればじきにばれるだろうし、そんな事件に絡んでるってなったら俺らの冒険者としての地位が無くなる。

この冒険者って位置はすごく動きやすい。

たかがレッサーゴブリンの救出ごときで手放すようなものではない。

故に変身能力のない彼女たち4人には冒険者たちがなるべくゴブリンの集落に入らないように忠告をしてもらう。


大々的にギルドでレッサーゴブリン討伐クエストが出回っている訳だから、冒険者たちはここに少なくとも数組は来ると予想している。


だと言ってもなかなか討伐クエストのためにわざわざ出向いている冒険者を追い返すのは至難の業だ。

だから、いっそのこと俺の表の顔、魔王ゾアはレッサーゴブリンをさらっていくと宣言しよう。


インパクトのある俺の名前を出せば撤退してくれる人もいると思う。


「よろしい!ではフラミー、その者がもしその忠告を無視したときはなんとする」


「は、はい、決してそれを止めはせず、煙で合図を送ります」


だが、中には魔王がこんなとこにいるわけねえだろ?とかいって突っ込んでくるやつが一人とは言わずたくさんいることが予想される。


そんな奴は仕方がないから通してやるしかない。

無理やり止めることなんて赤子の手をひねるより簡単だろうが、それでは俺らの冒険者としての地位に泥を塗りかねない。


通したらすぐに木の上から煙を出してもらう。

煙は何でもいいが、まあみんな納得してるってことは魔法だったりアイテムだったりで煙りだす手段が各々あるとみていいだろう。


俺は煙にだけ警戒しながらゴブリンたちと交渉を行う。


もしも煙が上がった場合は、冒険者たちを一瞬で叩きのめしてその上で魔王は悪くないと諭し聞かせてやろう。

無理でも逃がせばいい。

魔王が寛大な心と強大な力を持っていることと、魔族の楽園が再興すると世に示そう。

そうすれば各地の魔族はみんな俺の味方をしてくれるかもしれない。


「よろしい。あとの会話は適当に合わせるがいい。では各自指定のポイントに向かってくれ」


「「はっ」」


俺の命令と共に全員が四方の森の中に散っていく。

コロンは懐から取り出した血をぐびっと飲み干すと一瞬にして姿が掻き消え、フラミーは軽々と木の枝と枝の上を飛び回りながら奥へと消えていった。

メイは少し自己強化の詠唱をして走り、アッシュはそのまま猛ダッシュしていった。


こういうところでも個性って出るよなぁ。


よし、俺も行動開始だ。


俺はまず「変身の悪魔(メタモルフォ)」を解除した。

俺の身長が30センチくらい伸び、整った顔の金髪青年に姿を変え、服も元きていた黒いマントに赤い服に戻った。


偽ゴブリンの姿で交渉に行くのも失礼に値するだろうし、他の冒険者が来たときにも俺の仮初の姿の評判を下げたくない。


そして俺は体を浮遊させて物凄いスピードで林道を走り抜ける。

これは全く体力を消費せず、車やバイクに乗っているような感覚でできるので、マナを消費しているのだろう。


俺にはまったくマナが使われている感覚がない。

これは転生者特有の不利な点であるのだと予想している。

いまだに自分のマナの最大値もわからないし、魔法1つ1つの消費マナさえもわからないんだ。

これはちょっとした恐怖ですよ。


だんだんと山の傾斜が急になってきて、道が道じゃないようになってきた。

俺は急なカーブをまっがーれないので仕方なく、ゆっくりと山登りをすることになった。


山登りなんて何年ぶりだろうか。

昔親に連れられて山を登った時なんて、あんなに数時間頑張ったのに遠くから見たら数ミリしか登れていなくて、人間のちっぽけさを痛感した記憶がある。

ま、今となってはスキルの一言で瞬間転移できるんだけど。


俺が適当な昔話を思い出しながら感傷に浸っていると、突然、ヒュン!と上から槍が降ってきた。

周りを見渡してみれば、少し谷のような道を俺は通っていたようだ。


上に伏兵でも配置してここで敵を撃退しているのだろう。


レッサーゴブリンって言ってもこのくらいの知恵はあるってわけか。

速度も大してなかったので手で払うこともできたが、あえてここはパッシブスキルにすべて任せることにする。

キーンという鈍い音とともに槍は俺の髪の毛にすら触れることはなく地面に突き刺さった。


俺の強大さを示すためにあえて魔法は使わないで、横槍に目もくれてやるものか。


まずは相手に敵の強大さをわからせること。

そしてそれが敵でないと分かった時の安堵感を利用するのだ。

ふっ、俺ってば姑息な奴だな。


どんどんと岩や槍が降ってくるが、すべてパッシブスキルで弾き、無効化している。


そして丁度頃合いかと思う頃に、俺は蛇王真眼……じゃないほう、対チンピラ御用達の「昏睡の魔眼(スリープアイ)」を発動した。

さあ、君たちを睡魔へと誘おう。


俺は上の崖を見てぐるっと見渡した。

Xの男もびっくりの目からビームを出しているかの如く、俺の視線の先で大惨事が起こったことだろう。

さっきまで降っていた槍や岩が一瞬で収まるのを確認した。


もう十分だろう。

俺は「昏睡の魔眼(スリープアイ)」をすっとオフにした。


このスキルは俺が視認していなくとも、相手が俺の目を視界に入れていれば発動するとんでもスキルだってことは対チンピラ戦?で確認済みだ。


視線が一挙に集中する群対個の戦いにおいては素晴らしく重宝する。


まあ抵抗のある者には効かないらしいし、ある一定の強さになってくると無理なんだろうけど。


しかもこのスキルのいいところはまったく害がないってところだ。


味方になるべき敵と戦うにはちょうどいいよね。



そこからなんの抵抗も受けずにずんずん進んでいくと、ついに見えてきた。


あそこがレッサーゴブリンの集落だ。


俺の計画としてはこうだ。

まずはみんなの注意を集めてパッシブスキル「昏睡の魔眼(スリープアイ)」を発動。

その後、「気配察知」にてうち漏らしを探し、通常のスキル「睡魔への誘い(スリープ)」にて眠りに落ちてもらう。

そして全員適当なところに集めて、「知性の植え付け(ウィズダムギビン)」で知恵を授けよう。


谷で防衛していたみんなには、交渉が終わったあとからかければいい。



と思っていたんだが、レッサーゴブリンたちは集落の入り口で全員が俺にひれ伏していた。

降伏早いって。



――――


「で、な、なんですかこれは。あなた様はいったいなんなんですか。私もいろいろ混乱してなにがなんだか」


村長だというゴブリンが恭しく俺をぼろい応接間的な場所に通して座らせた。



あの後俺は、もうめんどくさいなぁと思って門の前にいた人たち全員に無詠唱魔法で「知性の植え付け(ウィズダムギビン)」をかけてやった。

ぽかーんとするゴブリンたちに、崖の上にいた守衛の眠っている者たちも含めて集落のゴブリンを全員連れてこいを命令すると、村長っぽいひげはやしたゴブリンが指示を出し、連れてこられたゴブリン全員に「知性の植え付け(ウィズダムギビン)」をかけた。


その後、煙が上がったら俺に知らせるようにその辺で俺に平伏していたゴブリンに命令して俺は応接間に入った。


俺に命令されたゴブリンは嬉しそうに飛び上がり駆けて行った。

いい部下になりそうだ。


もっと敵対の目を向けられるかと思っていたんだが、彼らの目はどちらかと言えば尊敬の目を俺に向けていたように見える。


まあそうか、いきなり頭よくなったんだもんな。

それを与えた人間が見知らぬ誰かであっても関係ないか。

特に息子が受験控えてる親御さんなんかは泣いて喜びそうだ。

まあみんな頭よくなるから結果一緒なんですけどね。はい、残念。


「俺は、魔王ゾア。魔王アスタロスの意志を継ぐものだ。魔族の楽園というのは聞いたことがあるか?」


「ま、まさか魔王様であられましたか。いえ、我ら全くと言っていいほど世間に疎いもので」


「ふむではいろいろと説明してくれよう」


俺は400年前の話から現代の宝珠の話まで全て一通り説明した。

流石魔王のスキル。

ゴブリンはすべてを理解できているようだった。

ふむふむと相槌を打ちながら時には質問で知識を補強して説明を聞いていた。


「で、どうして我らにこのようなお力を?」


「ああ、お前らが最近人間族の作物や家畜を荒らしているということでお前らの討伐願いが出ている」


「旦那!煙が上がりました!」


村長と話している途中でさっきのゴブリンが慌てた様子で応接間に駆け込んできた。


むっ!


すかさず俺は目を閉じて「気配察知(センス)」を使用する。


むむむ。


こちらに向かってそこそこの速度で移動してくる物体が5つ。


やり手のパーティだな。


「村長、その話はまた今度だ。とりあえず冒険者の撃退をしなければなるまい」


俺はすぐに立ち上がるとその冒険者たちの方向に歩みを進める。


とりあえず一瞬で彼らを制圧しなければならない。


俺は、広場のようなところまで歩いていくと、今までに出したことがないくらいの大声を出した。


「ゴブリンの諸君!よく聞け!人間族の作物や家畜に手を出したお前たちに向けて人間族の討伐の手が迫っている!しかし、お前らは幸運だ。この魔王ゾア様がすべてを撃退して見せよう。魔王の強大さを後ろでその目に焼き付けるがいい!」


「「おーーー!!!」」


ゴブリンたちの大歓声が集落に鳴り響いた。


これで冒険者をズババンと無力化すればゴブリンたちに恩を売れる。

感激したゴブリンたちは俺に付いてくるってわけだ。

せいぜい俺に利用されてくれたまえ、Bランク冒険者諸君。


俺は門の前に立ちふさがると、門番たちを中にひっこめさせた。


邪魔がいると、万が一激しい戦闘になった時は巻き添えにしかねないし、いまから解放するおなじみスキルの影響も受けちゃうだろうしね。


少しすると奥のほうから5人の冒険者が走ってこっちにやってくるのが見えた。


あ、あれは……


俺は先頭を走っている少年のことをじっくりと視認した。


冴えない風貌の黒髪少年。

腰には高そうな金色の剣、それに比べて他の装備は中古品みたいに粗悪なものばかりつけている。

こいつ、この間はぐれ飛竜に襲われてるところを俺が助けてやった奴じゃん。


ゴブリンに助けられておきながらレッサーゴブリン討伐のクエスト受けてきたんかいな。

俺の教育は間違っていたのか……

ちょっとショック。


五人の冒険者たちは俺の前20メートルあたりのところで立ち止まった。

流石Bランクの冒険者。

怪しい者との距離の取り方はわかっているらしい。


「お前は何者だ!冒険者か!僕はこっちにいるという魔王を名乗る男を探しに来た!用がないならそこをどけ!」


おっと、魔王って言葉につられてきちゃったか。

魔王に恨みでもあるのかな。

俺は魔王アスタロスじゃないから、そこんとこ4649。


「自分が名乗りもしないのに人に名を聞くとはずいぶんなご身分だな」


俺はわざと後ろのゴブリンに聞こえるように大きな声で答えた。

これはパフォーマンスなのだ。

っとその前に5人の自己紹介なんてたらたら聞くのは退屈だろう。

俺も、そこの君も。


俺はおなじみ「昏睡の魔眼(スリープアイ)」を開眼した。

すると5人のうち後衛の2人が地に落ちるのを確認した。

おお、3人も耐えたか。

すこしは歯ごたえがあるかもしれない。

残ったのはフラミーと同じような耳の付いた背の高い女と、全身甲冑に包まれたいかにもタンカーって感じの人と、こないだの身長150センチくらいの黒髪少年だ。

ふふふ、我が「昏睡の魔眼(スリープアイ)」が通じぬ者はお前らが初めてだよ。


「お、お前!なにをした!」


「雑魚の自己紹介を聞いていられるほど俺は暇じゃないのでな。なあに、少し眠ってもらっただけさ」


おお、我ながらこのセリフはかっこいい。

後ろのゴブリンたちもそう思っててくれると嬉しいんだけど。


「俺は勇者タクヤだ!お前が俺らと敵対するというならば俺は容赦しない!」


黒髪の少年は金色の剣を柄から引き抜き構える。

ん……?

勇者……だと?

ふふふ


「ふふふふははははは!!」


いかん声に出てしまっていた。


「な、なにがおかしい?」


「い、いや、俺はつくづく幸運な男だと思ってな。俺は魔王ゾアという」


いやーこんなところで勇者と鉢合わせできるとは。

おっと、ノリで勇者倒しちゃうところだったけど、先に仲間に引き入れるところから始めないとね。


「魔王……だと?」


「そうだ、俺がゾアだ。ただ、悪いことは何もしていない。黒い宝珠だって俺が出してるわけじゃないんだ。だれかが俺を陥れようとしているんだよ。君ならわかってくれるだろ?な?」


うんこれはホントだよ?

つか、この流れで勇者を説得できる気がしないんだが。

最初に派手に挑発しすぎた。

もういっそのこと楽に逝かせてあげたほうが彼にとっても幸せだろう。うん。


「黙れ!鬼畜魔王を名乗るばかりか、擁護するとは、万死に値する!」


言ってもわからぬ馬鹿ばかり……


「まあ待て、まあ待て。話せばわかる。話せばわかるじゃないか」


「問答無用!スキル!」


全てを封じる闇の鎖(オールダークバインド)


俺が魔王と宣言するや否や、勇者マサキはスキルを打とうとしてきた。

そこをすかさず敵パーティを数秒間動けなくさせるスキルを打ちこむ。


スキルって宣言するあたりからもう自分の能力を全くわかってない。

スキルって宣言しなくても魔法が使えるなんて俺は生まれて1日で理解したぞ。

まあ自転車には小4まで乗れなかったけどね。ふっ。


俺は持ち前の飛行スキルと俊足でコンマ7秒程度で勇者との距離を詰め、その首筋にゴーズ特注の魔剣を突き立てた。


タクヤァ……僕の勝ちだ!!


その瞬間世界に閃光が立ち込めた。


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