3 魔王、ギルドへ
「なんじゃこりゃ」
俺は思わずそう呟いてしまった。
震度7を超えるかと思うほどの地震とともに一瞬で周囲に森が広がったのである。
そりゃびっくりする。
まさかこんなことになるとは。
俺の魔法で土地を豊かにして、運んできた6本の木を軸に植樹をどんどん行っていこうなんて考えていたんだが、俺の認識は甘すぎたようだ。
この魔王の力は伊達じゃない。
俺は豊かな土壌に住み込んでその豊かさを保つ、微生物達をあの林から拝借しようとしたんだが、土と一緒に持ってきた根や種がここで俺の魔法によって成長してしまったのだろう。
そして今一番驚くべきこと。
それは目の前に全長8メートルはあるのではないかと思うくらいの巨大なミミズが俺の前に立ちふさがってるということだ。
ミミズ特有のたくさんの足のようなものとは別に、大きなかぎ爪のついた手と足が2つずつついている。
俺のスキルによってさっきの林から土と一緒に連れてきちゃったミミズが巨大化しちゃったのかな。
生憎、俺の周りには配下は誰もいない。
無詠唱魔法使い放題だ。
さて、俺の初陣を華々しく飾ってくれたまえミミズ君。
「万民に与えられる加護」
俺は事前に使えそうだなと思った魔法をふと思い出し、自分にバリアを張った。
こんなことも想定内なのだ。
さあ来たまえ。
あれ。
そのかぎ爪が付いた禍々しいミミズくんは俺に頭を垂れたような体勢のまま、動かない。
もしかすると俺が生み出した魔物だから、俺に使役権があるとか?
俺は恐る恐るそのミミズ君に話しかけてみた。
「お、俺はこの森の創造主、魔王ゾアだ。
君は見どころがありそうだから我が配下に加わることを許そう。
ゆくゆくは七魔将の列強8位に加えてやる。
あれ、七魔将なのに8位はおかしいか。
まあいいや、君にはここの森の守護を任命しよう。
森の覇者となり、主人の留守を守護せよ」
俺が最後までしゃべりきると、耳をつんざくような金切り声を上げてそのミミズはかぎ爪のある手足を体ににゅるっとひっこめて轟音をたてて土に潜っていった。
マジで通じちゃったよ。
通じていなかったら、ことあるごとに、化け物に話しかける痛い人の黒歴史を思い出して体をよじることになっていただろう。
セーフセーフ!
しかしこれで8人目の配下ゲットだ。
俺単体でみるなら初めての配下。
これは大きな前進だ。
元からいた配下なんてよくわかんないし、いまいち信用できないからな。
ミミズは生きてるだけで土壌を耕してくれるって聞いたことあるし、我が領地の優秀な農民兼警備兵になってくれるだろう。
すると息を切らしながらアッシュがやってきた。
「陛下!ご無事でしたか……していったいこれは……」
「遅いぞアッシュ。もう転移門は完成した。出立の準備は整ったのか?」
「詠唱に二日間かかる転移門をたった数時間で……御見それいたしました。出立の準備はすでに済んでおります。すぐに皆もすぐに参るでしょう。して、この森は一体なんでしょうか」
げぇ!
「魔王扉」って詠唱に二日もかかるのかよ……
それを一言で終わらせるって、転生者チートすぎる。
詠唱が二日かかるなら対人戦闘には全く役に立たないが、一瞬で飛べるならこれは戦闘離脱に重宝するだろう。
でもまあ深く突っ込まれないようなのでまだセーフなはずだ。
バレテナイバレテナイ。
アッシュに深く突っ込まれないってことは他の6人にも深く突っ込まれないだろう。
多分。
とりあえずこの森の説明をせねば。
ここまでの大魔法だと「神々の大地の恩恵」も詠唱が一日とかかかっても不思議じゃない。
ここは全部さっきのミミズ君になすりつけよう。
君の犠牲は忘れない。
「王都の林にいた珍しい魔物を調略したらそいつがこの土地を豊かにしたのだ。お、俺は関係ないぞ」
「ほう。地面が騒がしいと思ったらそういうことでしたか。魔王様の庇護にあやかれるとはよっぽど幸運な魔物ですね」
「後から来た6人にはアッシュから説明をしておいてくれ。一人ひとりに説明するのは面倒だ」
ここで先に手を打っておく。
俺が喋らなければどうということはない。
主に精神的に。
――――――――
俺は、名もなきゴブリン。
魔族の中でも最低ランクの知能の少ないおバカ種族の一員だ。
町中の人々はボロボロの布を纏ったみすぼらしい俺を軽蔑した目でじろじろと見てくる。
クソッ、なんでこんなに差別されなきゃいけないんだ!
ここから最弱ゴブリンに転生してしまった男の波乱万丈な異世界生活が幕を開ける――
ではなく。
俺は今、ゴブリンの姿に変装魔法「変身の悪魔」で身をやつしている。
この魔法は、いろんな種族に変身できるって魔法で、実体の形自体が変化するから変身だとバレる可能性が少ない優秀な魔法らしい。
なんでこんな魔法でゴブリンになっているかというと、町中を歩くのに魔王の姿は流石に不味いと思ったからだ。
変装魔法「変身の悪魔」の詠唱に関しては、ちょっとお手洗いに行ってくると嘘を吐いて、隠れて変装した。
サプライズだよー的な感じで驚かせようとした風にふるまってなんとかごまかした。
俺が他のメンツにも「変身の悪魔」をかけようと思えばできるのだが、それでは俺が魔王アスタロスではないことがばれてしまう。
しかし、彼ら曰く、長寿ではない人間族は大抵400年もすれば当時の魔王軍構成員などわからぬということである。
なるほど、徳川幕府のころの極悪人が現代の渋谷を歩いていても誰もわかるはずないもんな。
だから、俺だけ念のためみすぼらしいゴブリンの姿に変装し、虎頭のマグナスと巨人族の末裔であるゴーズ、さらにはインプのズオウにもお留守番してもらう運びとなった。
虎頭の魔眼使いは伝説に残るほど有名らしいし、巨人族も流石に不味いだろうということで。
ズオウに関しては、ギルドから指名手配されてるらしい。
理由は聞かなかったが、ちょっと怖い……
序列1位、2位が欠けるのはちょっと痛いが、3人の目の前で「変身の悪魔」を使うわけにはいかない。
せいぜいお留守番頑張ってもらいたい。
森の木を一部伐採するお仕事を与えておいたから暇にはならないはずだ。
というわけで今回のお出かけ面子は、ゴブリン、ネコミミ、執事、ゴスロリ幼女、ポニテ美少女
という編成になった。
俺以外みんな人間ぽいし、多分町中歩く分には問題ないだろう。
え?なんでわざわざゴブリンに変装したかって?
めっちゃすげえゴブリンがいる!
って町中の噂になってみたいじゃん?
うん。それだけ。
あと、この国全体での魔族の扱いは、差別である。
魔族だけ宿が割高だったり、お店によっては買い物ができなかったりする。
しかし、奴隷として重宝されているようで迫害とまではいっていないようだ。
故に俺はゴブリンで自由に町中を闊歩できる。
ってな感じで5人でベガルスル王都の城下町に来ているわけだが……
「で、これからどうする?」
「「陛下の御心のままに」」
これである。
はぁ……
異世界に突然放り出された人ってこんな感じなんだろうな。
ってか俺じゃん。
なんかこの人たちとてつもなく頼りない。
いや、戦闘とかはすごいんだろうけど、主の補佐ができないっていうか、頭が足りないっていうか。
みんな脳筋なのだ。
魔王についていくことしかできない。
みんな俺に依存している。
それってなんか怖い気がする。
しかし、俺には人間の見た目の部下とそいつらが持ってきた金貨がある。
やりようはいくらでもあるはずだ。
とりあえずこういう時は酒場だな。
酒場のマスターに「よお、調子はどうだい」から始まるコミュニケーションで情報を得るのだ。
もちろん、マスターに金貨を握らせるのは忘れない。
よしワクワクしてきた。
こうして俺たちは酒場に行くことになったのだが、どうやら魔族は冒険者カードなるものが無いと、魔族を差別していない傾向にある店でも、店内にすら入れなかった。
そして、冒険者カードっていうのはこの国の身分証のようなもので、てっきりステータスがそこに表示されたりするのかと思っていたが違ったようで俺は少しがっかりした。
どうやらこの世界にステータスの概念は存在しないらしい。
どんどん強くなってく様が目に見えて実感できないRPGとか最悪だな。
まあ多分俺は伸びしろがほとんどない完成された状態だから、そんなのはいらないかもしれないけどね。
そしてその冒険者カードを作成するには……
――――
武具屋、道具屋の熱い売り文句。
帯剣したマッチョメンが交差する大通りを行きかう。
そしてその大通りの角。
茶色い煉瓦と白くそびえ立つ大きな二枚扉。
それをところどころにある白い枠のガラス窓が装飾する。
割と質素な作りにも関わらずその遠くまで続く建築物の大きさから、異様な威圧感を醸し出している。
そう、こここそが異世界冒険の醍醐味。
ベガルスル王国王都、冒険者ギルド本部である。
「ひぇーでかいなぁ~」
俺は眼前のギルド本部を見上げて思わず感嘆の声を漏らした。
冒険者カードはここで作成する必要がある。
カードには身分証明の他に、クエストの受注や発注、クエスト報酬の受取支払いなどに使うのだといい、クエストをこなせばこなすほど冒険者ランクがFから始まりE、D……と上がっていき、最高がSランクまでいくという。
まあ、そんなにがっつり異世界冒険を楽しむわけじゃあないし、冒険者ランクとか別に興味ないけど、ランクが高いと、特別なクエストを斡旋してもらえたりギルドからの補助金で割引優待が受けられるらしい。
ギルドは国からは完全に切り離されていて、クエストの仲介料を取り独立した運営をなしているって話だ。
補助金出せたりするくらいだから繁盛しているのだろう。
あとどうでもいいことなんだが、クエスト受注中なら一定の範囲で町から町への税関がタダらしい。
それを利用して別にやるわけでもないクエストをわざと受けて旅行したりするっていう節約術があるらしい。
ほんとどうでもいいな。
まあそんなことは置いておいて、とりあえず俺たちは冒険者ギルドで冒険者カードを作ることにした。
実戦経験を兼ねてクエストを少しこなしておくのも悪くはないしな。
俺たちは白い扉を勢いよく開けてギルドの中へ入る。
ギルドの中は人でごった返していた。
木製の割ときれいな机が一面に並べられており、そこでむさくるしい冒険者たちがあーでもないこーでもないと大きな声でくっちゃべっている。
料理や酒も出しているようで、メイド姿のウェイトレスがせわしなく動く。
「おい、見ねえ顔だな!ちょっと面かせや!」
とかいうお決まりのギルドの洗礼はなかった。
ゴブリンに身をやつした俺を軽蔑の目で見つめてきた城下町の人々とは打って変わって、ギルド街の人々は俺に人目もくれないでせわしなく歩き回っていた。
あの魔族の楽園領上空の黒い宝珠の影響で魔物が大量発生しているのだろう。
ギルドもてんてこまいな様子が走り回る職員を見て手に取るようにわかる。
ギルドや武具屋、道具屋、それに冒険者、すべての人々が黒い宝珠のおかげで利益出してる気がする。
感謝しな!ははは!
まあ、俺のせいじゃないんだけど。
その宝珠の出どころも探らなければ。
受付的な窓口がたくさんあるが、どれも長蛇の列だ。
声優のライブの物販や、夏と冬の祭典に幾度となく参加した俺の見立てからいくと、3時間待ちはくだらない。
これ並ぶのはめんどくさいな。
俺は走り回る一人の職員を発見するや否や、驚きの速度で接近し、手首をガッと掴んだ。
「冒険者カードを発行したいのだが」
俺はこのパッシブスキルで強化された握力と、相手に恐怖を与えるパッシブスキル「恐怖の侵食」によって、職員をめっちゃ威圧した。
俺はゴブリンだ。
なめられて偽物の冒険者カードとか渡されるパターンもありがちだろう。
ここで、おれっちただものじゃないよ!アピールをしておくのだ。
俺の現代知識からすると、いきなりの出来事で職員も慌てふためいて、別室に案内、すぐさま俺らの特別な冒険者カードを発行することになるだろう。
そしていきなりAランク冒険者として世にはばたくのだ。
ここまでテンプレート。
こういう店が忙しい時ってのは店員を捕まえるのだけでも一苦労だ。
ほしい商品が見つからない時に限って店員も見つからない。
気付けば日が暮れていた、なんてこと俺のいた世界じゃざらだった。
お話を円滑に進めるためにも威圧外交ってのは必要なのさ。
ミサイルは、打たないけど。
そんで、俺の威圧も功を奏して、ギルド職員はにっこり笑ってこう言ったのさ。
「あちらの列で、5時間待ちになります」
ってね。ははは。冗談きついぜボブ。
いやほんとに。
――――
ってなわけで俺は執事のアッシュを列に並ばせて、情報収集を開始することにした。
アッシュのおじいさんには悪いけど、まあこんなことは日常茶飯事でしょ。
悪い、悪い、ちょっと俺達トイレいってくるわ、列ならんどいてくんね?
って俺も結構友達に言われたわ。
結局彼らは数時間戻ってこないけど。
トイレなげえ!
俺らの設定としては、
こないだ勇者様に助けられたから恩返しがしたいんだけど今勇者様どこにいるんだろう?
だ。
その一貫した設定の上、4人全員個別で探すことになった。
2人ずつとかも考えたんだけど、効率悪そうだし。
というわけで晴れて自由の身となった俺なわけだが、話し込んでいる人たちに話しかけるのって結構勇気がいるよね。
例えばとあるショッピングセンター内部、フードコートで馬鹿笑いする若者たち。
この輪の中に君は入っていく勇気があるのか!
フードコートにいきなり現れたゴブリンが、勇者様を探しているのですが、なんて話しかけてきた日にはもう、ドン引きなんてもんじゃないだろう。
そりゃそうだ。
というわけで、右往左往すること30分近く。
「よう、ゴブリンの旦那。さっきからうろちょろしてっけどなんか探し物でもあんのかい?」
ようやく俺は話しかけられることに成功したのだ。
見たか!俺のコミュニケーション能力。なめんな!
話しかけられた方向に振り返ると、赤いバンダナを付けたガラの悪そうな兄ちゃんたちが、テーブルの上でトランプをしていた。
というかトランプまんまじゃん。
散乱したトランプの間にはいくつかのコインが無造作に置いてある。
きっとギャンブルだろう。
トランプ、お土産で魔族の楽園領に買って帰ろうか。
暇なときはみんなでトランプしながら交流を深めるんだ。
いまいち配下と交流ができてないしなぁ。
なんか他人行儀っていうか。配下ってそんなもん?
あ、あいつらのことだから俺に異常に手を抜きそう。
やめとくか。
「は、あ、いや、その。ゆ、勇者様を探してて……」
「はははは!勇者ね。あいつと俺らはマブダチよ!」
わざとちょっときょどっちゃった俺のことをバカにせず、ガラの悪そうなお兄さんは親切に答えてくれた。
ガラの悪そうな奴に限って心はめっちゃきれいっていうあれだな。
お兄さん大好き。
それにしても勇者、こんな昼間から酒飲みながらギャンブルしてる社会の底辺みたいな奴らとマブダチなのかよ。
チョーこええ。
「ぇえ!まじすか!で、勇者様は今どこに?」
「まあまあ、それは俺たちと飲みながらゆっくり話そうじゃねえか。おい、姉ちゃん、こいつに生一杯やって」
肩をフレンドリーにポンポンと叩かれてその赤いバンダナお兄さんの隣の席に座らされた。
傍にいたウェイトレスお兄さんの声に、はーいと反応してカウンターのほうに行ってしまった。
完全に流されてる……
嫌な予感しかしない。
「ああ、心配すんな。この一杯は俺の奢りだよ。そんでポーカーはゴブリンの旦那できるかい?」
「ま、まあ一応ルールくらいは」
「おお、それはいいな。一戦やってこうぜ。俺のマブダチの話でもしながらよ」
うっわ、今ルールわからないっていうべきだったー!
会話中は頭が真っ白になるくせに後で後悔するパターン、あるある。
「あ、はい。よろしくお願いします」
しかし、心配には及ばん。
俺、結構ポーカー得意だったりする。
俺をそこら辺の頭悪い魔物だと思ってるんだろうが外れだ。
ガツンと勝って勇者の情報を聞き出してやるんだ。
俺が答えると同時に散乱していたトランプをお兄さんの仲間の一人がかき集めてテーブルにいたお兄さん5人みんなに配り始める。
速い物を見ることに秀でたこの魔王の体をもってしても見た感じ今のところイカサマの気配はない。
警戒するまでもなかったか。
「そんで旦那、旦那は貴族様の召使いかなんかなのかい?」
「え?いえ、勇者様に助けられたご恩に報いるために勇者様を探しているしがない冒険者ゴブリンですけど」
ここでテンプレート返答。
待ってましたとばかりに俺の口からすらすらと飛び出す虚偽の申告。
「へぇ。じゃあさっき一緒にいた人達はお仲間さんかなんかなのかい?」
ああ、あの4人と絡んでるのを見ていたのか。
コロンがいいとこのお嬢さんで、執事アッシュに奴隷の魔王ゴブリンゾアにフラミーちゃん。
護衛の敏腕魔術師メイって感じに見えただろうか。
つか、最初から見ていたってことは完全にカモとして狙いをつけられてたってわけか。
許すまじ。
「あ、はい。まあそんなとこです」
俺に配られたカードはハートの1と6、クローバーの1と4、ダイヤの4だ。
初手でツーペア。
まあなかなかな感じではなかろうか。
「まあ最近は魔王の野郎のせいでクエストの量が半端ないことになってるからな。旦那のとこもさぞかし景気いいだろう、レイズ10」
「はは、まあそうですね。それで勇者様がどこにいるかわかりますか?レイズ10」
適当にレイズしておいた。
まあ負けても情報量だと思えば安いもんだ。
なんせ俺の金じゃない。
先輩の奢りの時だけめっちゃ高いやつ食う奴。いるいる。
他のメンバーが淡々とコールやレイズ、フォールドを宣言していく。
「勇者はこの町の魔物討伐クエストを怒涛のように受注して働きまわってるさ。めきめきと腕を上げて今じゃBランクって話だ。流石無詠唱魔法の使い手だよな。正確な場所は流石の俺でもわからん」
ほうほう。
勇者はBランク無詠唱魔法の使い手でこの城下町にまだ滞在しているか。
この町に滞在しているのは好都合。
じきに見つけて闇に葬ってくれよう。
ぐはは。
無詠唱の使い手っていう時点で勇者になるはずの俺の魂と魔王アスタロスの魂が入れ替わってしまったっていう仮説は崩壊した。
魔王アスタロスは転移門を出すのに2日かかっていたらしいしな。
おそらく、スキルっていう文字が存在する転生者の特権が無詠唱だ。
ということは勇者も転生者。
話せば少しは気が合うだろうか。
ちょっと説得も試みるとしよう。
俺のコミュニケーション能力ならば成功確率は驚異の80パーセント。
……嘘ですごめんなさい。
マッタクジシンナイユウシャコワイ。
しかし勇者がBランクってのに驚きだ。
いつから召喚されていたのかは知らないが、5日前に黒い宝珠が発生したらしいからそのあたりからだろう。
恐るべき成長速度。
早めに摘んでおかねば手遅れになる。
つかふと気づいたんだけど、この参加者たち俺の後ろをちらちらと見てるんだよね。
後ろに何かあるのか?
俺は、周りの生物の気配が目を閉じると把握できるパッシブスキル「気配察知」を使うために、目をつぶった。
すると、俺の頭の中に立体的にこの近場の様子がモノクロで浮かび上がる。
俺の後ろのテーブルで何気なく飲んでるやつ。
手で何かしらの合図を参加者たちに送っていた。
ああ、イカサマか。
さしずめ、参加者、ディーラー、覗く人、7人全員グルで誘い込んだ金持ちの下僕にイカサマで勝ち、法外な額を吹っ掛けてその主から金巻きあげようって魂胆だろう。
やっぱ親切なやつは大抵詐欺師!
人生初めての海外旅行で親切そうなタクシーの運転手に初乗り2500円ぼったくられたの忘れてた。
もう少し警戒すべきだったかな。
まあ金目当てじゃないにせよイカサマはやられて気持ちいもんじゃない。
勇者の情報も聞き出せたし、適当に言い訳して退散するとしよう。
「すみません。このゲーム途中でやめます。ありがとうございました」
「ああん?カードが悪かったから降りるってか?そんなこと許されると思ってんのか?ごるぁ!」
俺が会話していたお兄さんとは別のお兄さんが突っかかってきた。
ヒッ……
チンピラこええ。
「まあまあ落ち着け、お前ら。だがな、ゴブリンの旦那、これはギャンブルなんだ。みんな明日の生活が懸かってるんだ。途中で抜けるのは流石にこの俺でもかばいきれない。ささっと1ゲーム終わらしちまおう、な?」
するとさっきまで会話していたフレンドリーなお兄さんが俺にやさしく諭し聞かせてきた。
なるほど、アメとムチ作戦か。
理に適っている。
こいつらもこういうことに関して手慣れてるんだろう。
役割分担とかもしっかりしていそうだ。
つか自分がいくら賭けてるのかとかも全く分からない。
ゴブリン、なめられてるなぁ。
「いえ、みなさんがあちらの方と連絡を取り合ってイカサマをしていたので降ります」
俺は後ろで何食わぬ顔をして飲んでいるこれもまたガラの悪そうな人を指さしながら立ち上がった。
しかし、イカサマを見抜かれたというのにこの集団に動揺はない。
なかなかこんなことも想定しているというのか。
やりおる。
「その証拠はあるのか?いちゃもんつけて逃げようとするやつをいままで俺らは何人も見てきた。俺らがそれを許してきたと思うか?」
横の赤いバンダナのお兄ちゃんが俺の手を掴んで言った。
うわ、こいつらめんどくせえな。
もうやっちまうか。
俺は6人のチンピラたちにゆっくりと向き直り、パッシブスキルの「昏睡の魔眼」を開放した。
このスキルは所有者の目を視界に収めている一定の抵抗力を持たないものを眠らせるというパッシブスキルだが、同じくパッシブスキル「制御の心得」によって、パッシブスキルのオンオフを念じるだけで切り替えることができる。
おそらく俺のパッシブスキルの中では「制御の心得」は最強のスキルだ。
「大蛇の魔眼」とかいう所有者の目を視界に収めている一定の抵抗力を持たないもの全てを石化するパッシブスキルとか、これがなかったら超最悪なスキルだ。
まあ常に目を隠していて、我が蛇王真眼の開放だ!とかかっこいいけど。
なんちゃって。
俺が「昏睡の魔眼」を発動した瞬間にガタン!という音とともに6人とその周りにいた少数の人間がグースカピースカと眠りこけた。
周りも巻きこんじゃったか。ごめんごめん。
てへぺろ。
俺は口封じのために後ろのグルだったもう一人の仲間のほうに振り返る。
するとなんと、俺に生ジョッキを持ってこようとしたウェイトレス含め、周りにいた冒険者たち50人近くが一瞬で顔をテーブルに沈めて、そいつらが持っていたであろうグラスとその中身がいろんなところに散乱した。
ああ、やっちゃったな。
そう思い、「昏睡の魔眼」をオフにした時にはすでに遅し、俺はギルドの前までロードした。
訳ではなく、たくさんのギルドの警備兵に取り囲まれていた。
ダレカタスケテ。
――――
「まさか、おぬしがこの町にきておるとはな」
「わたくしめも驚きでございます。まさかあなたがギルドの本部副長まで出世しているとは」
黒いスーツに身を包んだ白髪の老人、アッシュが、ふかふかの客間ソファで一人の男と歓談している。
その男はベガルスル王国王都、冒険者ギルド本部副長、ジュバルである。
きくところによるとアッシュと同郷の同じコウモリの血を引く者だというが、その頭に髪の毛はすでに存在せず、しかも結構太っていて黒いスーツがいまにも張り裂けそうだ。
アッシュの勝ちである。
それを俺と他の3人は後ろの椅子に座って眺めている。
なんでこんなことになったかというと、みなさんもご存じ俺が「昏睡の魔眼」を開放してしまったことから始まる。
プルプルと震えながら衛兵に連れていかれた俺は衛兵にすごい勢いで恫喝された。
騒ぎを聞きつけた俺の配下4名がすぐに駆け付けて事情を説明し始めたのだが、なかなかに難航していたようで、膠着状態のまま時が流れていた。
そんなところにギルド本部副長の、半ば魔族たちの崇拝の対象になっているという、ジュバルさんの登場である。
400年ぶりのアッシュとの再会というイベントにより、今こうして俺は無罪放免となり、アッシュは旧交を温めているというわけだ。
いい配下は持つものである。
つか、コネがあるなら最初からこうしといてくれよ。
「して、こんな騒ぎまで起こしてこんな遠くまで来て何が目的であるかな」
「情報収集をするために冒険者ギルドに登録しようと思いましてな」
「ほう、勇者の場所を探ろうって魂胆であるかな?それとも宝珠に関してであるかな?」
「さあ、どうでしょうか。ギルドの職員には情報秘匿義務がありますから、あなたに話すようなことではありませんな」
アッシュはテーブルに置いてあるカップをもってゆっくりと口に傾けた。
なるほど、ギルド職員は依頼に関することには守秘義務があるのだろう。
クライアントのプライバシーを守るのは現代社会でも当然のことだ。
故に、この人は情報収集には向かないってわけだ。
つか完全に見透かされちゃってる感すごいんだけど、大丈夫なのアッシュさん。
「はは、その減らず口だけは相変わらずであるな。おぬしはまだ魔王に忠誠を誓っておるのであるか?」
「はい、わたくしめの忠誠は一途に魔族の楽園に向けられるものであります」
「そうか、奇遇だな。わらの考えも依然変わっていないである。そこな御仁がなにものであるか、おぬしらの目的がなんであるかなんて野暮なことは聞かぬ。この旧知に免じて特別にBランクの冒険者カードを5人分作成してやるのである。おぬしには似合わないランクかもしれぬが、Bランクといえば今最も有名な御仁が所属しているランクであるかもしれないのである。せいぜい頑張るのである」
なに、この人めっちゃやさしい。
アッシュさん騙されているかもしれないのである。
あ、うつった。
でも、差別傾向にある魔族でギルド本部の副長になれるくらいだからとてつもない人物なのだろう。
魔族であるわけだし、魔王に協力的なのも頷ける。
まあここで下手に俺がでしゃばってもややこしくなるだろうから、ずっと黙ってるよ。
俺は空気だけは読める男だからな。
「恩にきます」
アッシュがぺこりと頭を下げるのを確認したジュバルさんは近くに控えていた職員に目配せした。
待ってましたと言わんばかりに職員は1枚の紙と筆を5人全員に配ってきた。
さっきは空気だけは読める男だといったが、この書類の文字もすらすらと読めた。
つかどう見ても日本語。
でも、ベガルスル語っていう言語らしい。
俺のパッシブスキルのおかげなのか、異世界転生のご都合主義によるものなのかはわからないが、会話とかも全部日本語として理解できる。
面倒がなくて素晴らしいね。
たまに異世界転生の物語では、いろんな言語を学んでたりする人いるけど実際そんな面倒な事するやつがいるわけがない。
君、今からミャンマー語とポルトガル語、覚えてよ。
って上司から言われたら俺はその会社辞める。
まあとにかくこの世界が結構甘々でたすかる。
名前、種族、出身、などの項目があったが、全部適当に書いて副長さんに渡しておいた。
名前 サム
性別 男
種族 ゴブリン
年齢 36歳
出身 ゴブリンの村
まあ重要なとこはこんなとこだ。
ちなみに全部嘘だ。
まあ副長さんも嘘だってわかってて黙ってる感じだったし。
オールオッケー。
パーティーでの役割は前衛にしておいた。
後衛で魔法使ったりするほうが無詠唱の使い手としては素晴らしい戦力なのだろうが、俺は諸事情によって仲間の目の前で魔法が使えない。
こんな状況もいつかは打開しなければな。
そんなこんなで冒険者カードの作成に成功し、新たな一歩を踏み出す俺たちなのであった。