千依と竜也4
『タツさん!ちぃさんとの交際が発表されましたが、ちぃさんとは何かお話されましたか?』
『お互いのご両親に挨拶まで済ませていると伺いましたが、本当ですか!?』
『あー…っと、皆さん早くからお疲れ様です。お騒がせしてます。彼女との件は先ほど送らせていただいた書面の通りです。どうか温かく見守って頂けると幸いです』
『ちぃさんとはいつからお付き合いを?』
『結婚の話などは出ているのでしょうか?』
『どちらから告白されたのですか!』
『あはは、すみません。さすがにこの歳で恋愛事情赤裸々に語るのは照れくさいので勘弁して下さい』
『タツさん!』
テレビの向こうは想像以上に騒ぎになっていた。
今日オフの私はともかく、しっかり仕事の入っているタツが集中攻撃をうけている。
矢継ぎ早の質問に苦笑しながら、それでも穏やかに対応しているタツ。
私はそんな様子をテレビ越しで眺めて絶句していた。
「わ、私…これ、乗り越えられる、のかな」
思わず遠い目にもなってしまう。
「大丈夫だって、千依!全部千歳に丸投げしちゃえば良いんだよ!」
「…ちょっと真夏。最近俺に対する扱い酷くない?」
「え、だってこういうのは得意な人に任せた方が良いと思うんだけど。ほら、千歳取材攻撃の経験あるしベテランじゃん」
「……ベテランにさせたの誰。ソレ、真夏との結婚騒動だったはずなんだけど?」
「こ、細かいこと気にしない!今は千依が大事じゃん、私達の可愛い妹の一大事なんだから」
今日私は、千歳くんと真夏ちゃんの部屋でお泊りしていた。
週刊誌に撮られたことを知った真夏ちゃんが誘ってくれたのだ。
ちなみに萌ちゃんは昨日の夜心配して会いに来てくれたけれど、今日は仕事だからと帰っている。
真夏ちゃんは去年あたりまでがっつり働いていたけれど、今は週3のハーフタイムで契約社員としてアパレル企業の販売員をやっている。
キャリアを積むよりも千歳くんとの時間をもっと大事にしたいと照れながら言っていた。
「にしても、照れくさいから勘弁してくれ…ね。タツの奴、よくもまああんな嘘ペラペラ言えるもんだよね。どういう神経してんだか」
「…千歳、人のこと言えないと思うんだけど。けど、千依のとこもついに婚約かー、…あのおっさんいよいよ焦れたな」
「え、あ、た、タツは私の気持ちが追いつくまで待つって言ってくれたよ?」
「ちー、良い?男はみんなケダモノで、タツなんてその最たる例で、あいつ今ガツガツちーの外堀埋めにかかってるからね。いくら好きな男でも信用しちゃ危ないよ?」
「へ、外堀?タツそんなにガツガツしてないよ?」
「……本当あの男タチ悪い。本人に気付かせずにやること全部やっちゃうとか信じられない」
「………千歳、何度も言うけどアンタ本当人のこと言えない。そっくりだよ、アンタ達」
2人の会話の難易度が上がって、やっぱり私にはうまく理解しきれない。
けれど、2人が仲良いというのは良く分かる。
拗ねた千歳くんに心底呆れた顔しながら、真夏ちゃんが頭を撫でている。
人にあまり触れられることが好きじゃない千歳くんが大人しく身を任せているのは、それだけ千歳くんが真夏ちゃんに気を許している証で。
見ているとほんわか温かい気持ちになれる。
結婚。
私もタツと結婚したら、こんな風に温かな家族になれるんだろうか。
こんな、想像するだけで幸せになれるような関係に。
『タツさん!それじゃあ、ひとつだけ。ひとつだけお答えください!!ちぃさんのどのようなところがお好きですか!?』
ふとテレビの向こうから、そんな声が聞こえた。
思わず視線と耳をそこに集中させてしまう私。
『…温かいところです。一生懸命で愛情深くて、素のままの俺をいつも受け入れてくれるので』
照れたように笑ってそう言うタツ。
思わず正座していた私の顔は一気に熱くなった。
タツはよく私に触れてきて言葉をくれる人だけれど、それでもこういうことを聞く機会は多い方じゃないから。
…嬉しい。
タツがそうやって私のことを考えてくれていたこと。
いつも大事に大事に見守ってくれながら、誰よりも愛情を傾けてくれること。
私も、そんなタツに見合う人間になりたいだなんて、そんなことを思うのはもう何度目だろうか。
「…ま、心底腹立つけどさ。でもちーを拾い上げてこんな顔させてくれる奴もあいつだけだからね」
「うん。それに私達の時だって千依はいつも応援して支えてくれた。今度は私達の番だよね」
「…だな」
「というか千歳ってさ、何だかんだ言ってあのおっさんのこと好きでしょ?プライドが邪魔して言えないだけで」
「皆まで言わないでくれる?俺自身、自分が許せないんだから」
「…素直に認めてやろうよ、相変わらずあまのじゃくなんだから」
後ろの兄夫婦の声はその時にはもう耳に入ってなくて、ただただ一重に私はタツを見つめる。
頑張ろう。
相変わらず小さなことでも大きく悩んで、当たり前のことすら躓くような日々を送っているけれど。
それでも一歩一歩進めるように。
自分の足で立てるように。
「あ、ちぃさん!タツさんとは仲良くやっていますか!?」
「え、えっと、はい。おかげさまで」
「ちぃさんはタツさんのどのような所が好きですか!?」
「え!?え、えっと…」
「あー…すみません、皆さん。ちーはこういうこと慣れていないので、お手柔らかにお願いします」
「なら千歳さん!千歳さんはタツさんをどう思っていらっしゃいますか?」
「あはは、決まってるじゃないですか。悪い虫です」
「は、反対されているのですか…?」
「していませんよ。腹は立ちますが、大事にしてもらっているのは分かりますから」
オフ明けの仕事場への道。
取り囲むように現れたマスコミの人達相手に、私はやっぱり挙動不審で。
けれど千歳くんのサポートもあって何とか乗り切ることができた。
『千依、頑張ってるな。えらいえらい』
「あ、あのね、タツ」
『ん?』
「私は、タツのぐいぐい引っ張ってくれながらも鈍くさい私を待っていてくれる温かさが好きだよ」
『…っ、まさか見た?俺が取材受けてるとこ』
「えへへ」
『うわ、勘弁して。さすがにそれは恥ずかしいって』
皆の前では言えない言葉はちゃんと本人に。
面と向かって会える機会は少なくとも、ちゃんと繋がっていると私は信じることができる。
そうやって一歩一歩、私は進んでいくんだ。
「タツ。きっと私、そう長くは待たせないから」
『…ん、楽しみにしとく』
優しい時間は、慌ただしい中でも続いていた。




