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ぼたん  作者: 雪見桜
番外編
85/88

千依と竜也2



私達が事務所に到着するのとほぼ同時に、タツ達も到着していた。

シュンさんやぼたんのマネージャーさん、広報担当の人までいる。

いつもとは少し違う緊迫した空気。

その原因が自分たちにあるのだと分かるから、なおさら私の体は強張ってしまう。


そんな雰囲気タツだって気付いているだろうに、いつもと変わらずほほ笑んで私のもとへと真っ直ぐやって来た。



「千依、お疲れ。大盛況だったって?相変わらずすごいな」


「え。えっと、あ、ありがとう?」


「はは、まだ状況整理ついてない?」


「う…な、なんでタツはそんな落ち着いて」


「んー、まあそろそろかとも思ってたし」



ああ、こんな状況でも平静でいられるタツが羨ましい。

けれど、タツがこういう人で良かった。

だって私1人じゃパニックになったままだったはずだから。

タツはいつもどんな状況でも落ち着いていて、安心させてくれる。


ずっと隠してきた関係がいよいよバレたということは私にとっては大きな出来事で、正直不安は山ほどだ。けれど、タツのその声と表情だけで強張る体が溶けていく感じがする。


ああ、やっぱり好きだなあ。

今置かれた状況と完全にかけ離れたお花畑の思考。

おまけに優しく頭なんて撫でてくれるから、なおさらほっと一息ついてしまう。





「…へえ、なにつまりコレはタツが仕組んだことなわけ?」



ハッと我に返ったのは、千歳くんの声が耳に届いたから。

自分だけの世界に入ってしまっていた私は、その瞬間恥ずかしさと情けなさで顔が熱くなった。




「ひどい言い様だな。言っとくけど俺は別に何もしてないぞ?積極的にバレるようになんて動いちゃいない。隠してもないけど」


「…やっぱり確信犯だろ」


「まさか今さら反対とか言い出さないよな、千歳?お前頭良いもんな、どうなるのが一番か分かるだろ」


「……本っ当性格悪いよね、タツ。ちーに猫かぶってんのも腹立つ」


「失礼な。猫なんてかぶってないぞ、あれはあれで素だ」




…話していることの意味がよく分からない。

相変わらず千歳くんもタツもその場の空気を読むのが上手で、こういう言葉のやりとりも上手だ。


もう少し成長できれば、いずれついていけるようになるんだろうか?

……難しい気がする。





「なるほど、ついに焦れたかあいつも。まあ30越えてりゃ気にもなるわな」


「おお…、タツの奴やるな。あのシスコンやり手な千歳かわすとは、案外あいつ腹黒いんじゃねえのか」


「今さら何言ってんだよ。あいつは元来そういうの得意分野だろ、器用で人たらしなんだから。じゃなきゃあの曲者揃いのフォレストに選抜なんざされるか」


「大塚さんは本当人見抜く力異常だよな、分かんねえよ普通あそこまで爽やかな笑み浮かべてたら」


「…ま、確かにあいつの理性鉄壁だからな、お前が気付けなくても仕方ねえよ。早々に見抜いた千歳はさすがだな、若いころから鍛えた甲斐があったか」




後ろで大塚さんとアイアイさんも何やら難しい話をしていた。

おかしい、私も当事者なはずなのに全く話についていけない。




「チエ」


高度すぎる会話達にぐるぐる頭を回していると、私に声をかけてくれた人がいた。

振り向けば、そこにいたのはシュンさんで。



「あ、こ、こんにちは!」


「こんにちは。大丈夫か、顔赤かったり青かったりしてる」


「その…情けないやら難しいやらで」


「気にしなくて良い。好き勝手言ってるだけだ、チエは悪くない」



淡々と、けれど優しくそう言ってくれるシュンさん。

この人は相変わらず大きな器をもった温かい人だと思う。

パニック状態の私に真っ先に気付いて声をかけてくれるシュンさんと話すと何だかほっとする。

タツとはまた別の意味で心が温かくなるんだ。

私にとって第二のお兄ちゃんのような感情を、勝手ながら抱いてしまっている。




「シュンさんにも、迷惑かけます…よね?ごめんなさい」


「チエは何も悪くない。謝る必要もない」


「で、でも…っ」


「それに僕も近い将来きっと迷惑かける。お互い様だ」


「へ?」


「…少し、思い当たる節がある」



端的に伝えるべきことだけを言うシュンさんの言葉はたまに理解できないこともある。

けれど、シュンさんが私達を応援してくれているというのは伝わった。

表情があまり表に出てこない人だけれど、それでもわずかに感情によって変化はある。

シュンさんとももうずいぶん長い付き合いになるから、それが分かるようになった。

シュンさんの表情は今、とても穏やかだ。

思わず私の頬も緩む。




「ちょ、シュン。お前、なんでいつもおいしいとこ持っていくんだよ。俺の役割とるな」


「…彼女ほったらかして口喧嘩してる方が悪い」


「シュン、もっと言ってやってよ」


「……千歳もタツで遊ぶのほどほどにした方が良い」



…なんだかシュンさん、皆の保護者みたい。

そんなことを思う私。




「おや、皆集まってるね。遅れてすまない」



そんなこんなしているうちに、社長さんが部屋にやってきた。

そうして席についた私達は、いよいよ本題に入る。


反対されていないのは分かっている。

けれど、やっぱりこうも人が集まる中では緊張するのも事実で。

認められなかったらどうしよう、反対されたらどうしよう。

ここまできても、そう考えてしまう。



「大丈夫」



そういう私に気付いてくれたのは隣に座るタツだった。

小さな声で私を励ますと、机の下にもぐっている私の手を優しく握ってくれる。

とたんにドキドキと心臓がうるさくなるけれど、温かくて安心もする。

そっと握り返して私は社長さんの方を見た。


社長さんはにこやかに笑ったまま、声をあげる。




「ちゃんと人の目を真っ直ぐ見れるようになって何よりだ、千依。成長したね。だが、そんなに緊張しなくても良いよ。君たちにとって悪い話はしないから」



その言葉に、心臓を覆っていた緊張の重りが一気に溶けた。

とりあえず第一関門は突破だと分かったから。




「週刊誌の記事、少し見させてもらってね。見た感じ撮られた写真は過激でもないし、書かれた記事の文章も下世話なことはあまり書いていなかった。この程度なら、イメージダウンにはならないだろう。電話での話通りこのまま公表する方向で我々は考えていますが、そちらはどうですか?」


「ええ、こちらとしましても同様の意見です。ちぃさんならば好感度も高いですし、タツの年齢や経歴を見ましてもまあ良いタイミングなのではないかと。奏の10周年という節目に少々心苦しさはありますが」


「いえいえ、お気づかいいただかなくても結構ですよ。来年にいたっては海外公演を控えていますし、再来年はぼたんの10周年。おそらくいつでも何らかのイベントがあるでしょう、特段配慮すべきことではないと思います」


「そう言っていただけると助かります」



そうして始まった本格的な話。

どちらからも反対意見はなく、むしろどうやって公表しようかという話が軸だった。

その会話を聞くたびに、やっぱり安堵する私。


そんな私を見て小さく笑った後、タツが言葉を発する。




「ご迷惑おかけしますが、よろしくお願いいたします」


「よ、よろしくお願いします!」



タツに倣って私も頭を下げる。

社長さんもぼたんの事務所の人達も笑って返してくれた。




「さて、これからは私達の事務処理だ。明日から騒がれて中々会うのもままならなそうなことだし、今の内に話せること話しておきなさい。いつもの休憩室、空けておくから」



そして告げられるのはそんな言葉。

タツが目を丸くして社長さんを見つめた。



「…良いんですか?今後の対応とかまだ話すことあるように感じますけど」


「仕事のこととなると本当真面目だね、タツ。そっちの方はもう少し話が詰まったらお願いするよ。それにシュンの方もあるしね、こっちは少々時間がかかりそうだ」


「ああ、なるほど。それじゃあお言葉に甘えて」


「え、シュンさん?えっと…」


「社長すみません、俺はここ残ってて良いですか?個人的に気になるもんで」


「まあそれは構わないが…良いのかい?お前たしか体調崩してただろう」


「大丈夫ですよ、体頑丈なので。1日寝れば治ります。それよりこっちの方が面白そ…心配なので」


「……千歳」


「なにシュン、その恨めしげな顔は。一応心配もしてるよ」


「え、えっと…」


「…タツ、ちーに無体働いたら容赦しないから」


「…千歳と隼人だとどっちが性格悪いのか個人的に興味あるわ。心配しなくても誰が無体なんて働くか」




そうして何が何だか分からないままに席から立ち上がるタツ。

優しく腕を引かれて私も一緒に立つことになった。





「おいで、千依」



私は、タツの言葉に引かれるようにその場を後にした。











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