真夏の事情3
「真夏ちゃんはさ、ぶっちゃけ俺のことどう思ってるの?」
「ど、どうって、素晴らしいアー」
「うん、それはもう聞いた。俺のファンでいてくれてるのは本当嬉しいよ。でもさ、最近だよね俺相手にそこまで体ガッチガチにさせるようになったの」
「そ、それは…!」
千歳さんの攻勢は続く。
普通じゃ有り得ないほどの近距離で千歳さんが私を見つめている。
心臓がもう破裂するんじゃないかというくらいうるさくて、正常に考えられない。
お、お願い。少し休ませて。
そんな願いなんてこの腹黒大魔王は気付いてて聞いてくれない。
ジッと私を見つめたまま逃がしてくれる気配がなかった。
だから私も泣きそうになりながら大声で返す。
「ち、千歳さんこそ何なんですか!最近なんか動きが怪しくて戸惑ってるんですよ、だからこんな挙動不審になっちゃうんじゃないですかあ!」
「…ずいぶんな言われ様だね、本当」
「だってそうですよ!その上いきなり恋人になろうとか、訳わかんなくなって当たり前でしょ!第一恋人って言うのは好きあってる人がなるものなんですよ」
うがあーっと叫ぶように私は正直な気持ちを吐きだす。
緊張しすぎて多少語気が荒くなってもいるけどどうか容赦してほしい。
だって混乱しているのだ、何でこんな状況になっているのか。
誰も答えなんてくれなかったから。
すると、千歳さんは大きく大きく大げさなくらいのため息を目の前ではいて私を解放した。
思わずへなへなと力が抜けてへたり込む私。
「だから恋人になろうって言ったんだよ。俺、真夏ちゃんのこと好きだから」
そうして話されたその言葉に、私は完全フリーズした。
千歳さんがそんな私を見て「何で気付かないかな、これだけされて」なんてブツブツ言っている。
え、なに。
私、今告白された…?
そんな事実に気付くことさえ数分要した。
そして気付いた瞬間心臓が最大音量で鳴りだす。
「え!?私ですか!?この男勝りでガサツな私!?」
「だからそうだってば。良い、真夏ちゃん?俺元来自分勝手な性格してるから、自分の大事なモノ以外本気でどうでも良いタイプなの。なのにあんなにマメに連絡いれたり、勝手に電話帳登録したりする時点で何か気付いてくれてもよさそうなんだけど」
「い、いや、だって私なんてそんな対象にならないと思ってたし!」
「…何でそう思うのか本気で謎なんだけど。ちなみに言っておくけど、俺が真夏ちゃんのこと好きだって自覚したのもう何年も前だからね」
「は!?」
「君たちが高校卒業する前にはそうだったってこと」
次々明かされる事実に私の脳みそはついていけない。
一体全体どうしてこうなったと、そればかりが頭の中で大合唱だ。
というか高校卒業前って、本気で…?
一気にボンと顔が熱くなる。
何せ生まれて初めての告白が、私が大好きで追っかけしている有名人なのだ。
混乱したって許されると思う。
「…正直俺だってずっと迷ってたんだからね。一応俺は芸能人だし、好きだって言ったことで真夏ちゃんを巻き込んで嫌な思いさせるのも嫌だなって。でも、そんな期待しちゃうような対応ばっかりされて我慢できるほど、俺も優しくないんだよ」
ぼつりと千歳さんがそう言う。
私は思わず視線を合わせてしまった。
疲れたようにへたり込んで、千歳さんがこっちを見る。
「だから真夏ちゃん、真剣に考えて。最近君が俺を見て緊張したり挙動不審になったりしてるのは何で?もしかしたら真夏ちゃんも俺のこと好きだと思ってくれてんじゃないの?俺の自意識過剰か何かかな」
今度は真剣な目だった。
そうして、そこまで来てようやく私は千歳さんが何故今こうして私にそういった行動を起こしたのかを理解する。
その目と真剣な声色で、言っていることが事実なんだとようやく飲み込むことができたのだ。
けれど私に理解できるのはそこまでが精一杯で、自分の気持ちが好きなのかどうかまで理解が追いつかなくて。
「あ、ありがとうございます。でも、その私…自分でもなんでこうなってんのか分かんなくて」
どう返せば良いのか分からず、正直に私はそう打ち明けた。
そうすると、今度はため息もつかずに私の傍にやってきてそっと私の頬に手を当てる千歳さん。
再びの超至近距離に、一瞬息が詰まる。
「じゃあ、例えばこういうことされるの嫌?」
そう尋ねられるから、ブンブンと首を振る。
そう、嫌なんかじゃない。頭真っ白にはなるけど。
その答えに少し安心したような千歳さんが、今度は私の体を腕で囲んできた。
一瞬どころじゃなく数秒息が詰まる。
「…あのさ、こんなに心臓バクバクさせてるくせして、分かんないとか言うの君」
「だ、だって、経験がないし」
「嫌じゃないんだよね?ただ緊張してるだけだよね」
「は、い」
「じゃあ、例えば宮下とかにコレされたらどう思う」
「は?宮下?このセクハラ浮気野郎って言って殴りますけど」
「……それが答えで良いんじゃないの?」
千歳さんの声色は最早呆れに近かった。
そして、そこで私自身もやっと千歳さんに対する自分の感情が他の男子に対する感情と違うのだと気付く。
ああ、そうか。
このもやもやした落ちつかない感情が好きってものなのか。
そう実感した。
何がきっかけで千歳さんを好きになったのか今でも思い出せない。
でもテレビとかけ離れた性格の千歳さんを見るたび、どこか嬉しかった。
千依のことを溺愛して、そのために意地悪な真似もして、けどとびきり優しい千歳さん。
テレビだけでは知らない千歳さんを多く知って、その度にモヤモヤした気持ちが広がっていった。
そうだ、そうだった。
そんな今さらな事実に気付く私。
「わ、私…千歳さんのこと好きなんですか?」
「…普通それ聞く?第一、その質問俺なら都合よく答えるよ。知ってるだろ、俺の性格」
急に照れくさくなって思わず聞いてしまった問いに、千歳さんがやっぱり呆れたまま言う。
けれど、その耳はいつもに比べて真っ赤に赤い。
ああ、とそう思ってしまった。
心の底から歓喜の気持ちが湧きあがってくる。
「うん、良いです。都合よく答えてくれて」
「は?」
「私、千歳さんのこと好きみたい」
気付いてしまうと、そんなことをあっさりと言っている自分がいた。
あんなにワーワー騒いで大ごとにしたというのに。
私はどうあがいても私で、一度振り切れると潔い方なのだ。
そうして笑うと、千歳さんがバッと私から体を離して口元を抑える。
今度は顔まで真っ赤だった。
私はにやりと笑ってしまう。
「いやー、新しい発見だったな!チトセは結構強引な真似するくせして、押されると弱い」
「…うるさいよ、真夏ちゃん。何で急に余裕出してるわけ」
「何か吹っ切れちゃうとスッキリするタイプみたいで。このモヤモヤの原因が分かって安心したみたいです」
「……なんか面白くない。というか何でこんな男前なんだろうね」
千歳さんが本格的に拗ね始める。
そんな姿が何だか可愛いと思ってしまった。
「まあ、そんな余裕あるなら、もう一足飛びで色々しても大丈夫だよね」
「はい?」
「覚えておくと良いよ、もう遠慮せず行くから」
「な、何する気」
「さあ何だろうね」
そんな会話と共に、私達の新しい関係は始まった。




