真夏の事情1
人生一体何が起こるか分かったもんじゃない。
というかどうしてこうなった。
「ねえ、真夏ちゃん。何で逃げるのかな」
「や、その、何でかなあ」
「俺のこと嫌い?」
「まさか、めっそうも無い…!って知ってるでしょ!?」
「うん、まあ。じゃあもう良いと思わない?」
「そ、そういう問題じゃないんですってー!!」
ただいま私のいる場所は千依の家。
けどさっきまでいたはずの千依の姿はどこにもない。
気付けば私はこうして千依の部屋で、千依の双子のお兄さんと2人きりなわけで。
ファンという立場で彼を追い始めてすでにもう5年が経とうとしていた。
ぴかぴかの高校生だった私も、もう大学3年生。成人も越えている。
まさか5年前の私は、自分がこんな状況に陥るなどと思うはずもない。
ああ、どうしてこうなった。
というかおかしくないか?
何故に私はこの超爽やかイケメンの現役バリバリ芸能人に迫られているんだ?
いわゆる壁ドンとかいうものですよね、これ。
助けて、千依、萌。
そう、私は今までの人生の中でこれ以上ないほどに混乱していた。
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私の高校時代からの親友である千依は、出会った時すでに芸能人だった。
その事実を知ったのは仲良くなって半年も経っていなかった頃だと思う。
まさか大好きで追いかけている音楽ユニットの張本人が親友になるだなんて思うわけがなかった。
驚きすぎて気絶したのはもう良い思い出だ。
「ご、ごめんね、真夏ちゃん、萌ちゃん!遅くなっちゃった」
「お疲れ様、千依。全然大丈夫だよ」
「千依、久しぶり!元気…じゃないね、また痩せた?」
「あはは…新曲前はいつもこんな感じです」
大学生の私や萌はともかく、超売れっ子の芸能人である千依は忙しい。
会うのもかれこれ2カ月ぶりだ。
近々新曲の発表が予定されているらしく、やつれた顔で笑っている。
相変わらず音楽のこととなると寝る間も惜しんで没頭しているみたいだ。
高校で出会って仲良くなった私達3人は、こうして卒業後も定期的に会っては話をする。
「きっとこの絆は切れないだろうね」なんて萌が言ってくれたけど、本当にこれからも繋げていきたい関係だった。
昔から兄と弟に囲まれ、近所の幼馴染も外が大好きな野球少年だった影響を存分に受け、私は非常に男勝りで細かいことに頓着しない性格に育った。
「私は娘を生んだはずなのに」と冗談交じりに嘆く母を尻目に、虫とりやサッカーにハマり男子達と混ざり合っては野球やサッカー、鬼ごっこをするようなそんな地区に1人はいるような活発な少女だ。
だからと言って全部が全部男っぽいわけじゃなく、ちゃんと人並みに女らしい部分はあったつもりだ。
人並みにセーラー服に憧れたり、恋愛話に興味を持ったり、かっこいい男の子を見れば心がときめいたり。
あまりベタベタしすぎる女子特有の人間関係が苦手だっただけで、ちゃんと女の子らしい面もあったのだ。一応。だからそれを主張するために髪を伸ばしてポニーテールなんて女の子らしい髪型をしてみたりもした。
そんな中で出会った萌や千依は、2人共本当女の子らしい見た目と性格をしていたのにサバサバした面もあって、とても付き合いやすい友人だった。
2人とも方向性は違えどちゃんと独立した考えを持っていて、自分の足で立っている。
必要以上にベタベタもしないし、人の意見と自分の意見を切り分けて考えられる。
その上私のことをちゃんと女の友達として認識してくれる、それはまあ有難い存在だった。
それまでそこそこ仲の良い友達はいたけど、ここまで仲良くなったのは2人が初めてで。
だからこそ、生涯の友達でいて欲しいと強く思う。
「あ、萌ちゃん。この前ね、すごい久しぶりに宮下くんに会ったよ。忙しそうだね、ちょっとやつれてた」
「…千依、アンタ人のこと言えない。けど、まあ何とか仕事の方も軌道に乗ったみたいでほっとしてる。
…ちょっと追っかけの女子たちが怖いけど」
「へ?」
「ううん、何でもない。千依の方はどうなの、あのおっさんと」
「え、え…!?た、タツ、とは、その…順調ですよ?」
「というかさ、正直どこまで進んでるの千依とタツって。もう付き合って3年近くなってるよね」
「ど、どこまでって……う、うう」
「あはは、ごめんごめん。からかいすぎた」
萌と千依が仲良く会話している。
とても女の子らしいトーク。
それはそうだろう、何しろこの2人は彼氏持ちだ。
「彼氏、かあ」
思わず呟いてしまう。
何せ私には彼氏がいないもので。
そうすると萌と千依がぐるっと私の方を向いた。
「どうしたの真夏、何か静かだと思ったら。もしかして彼氏できた?」
「いやいや、できるわけないでしょ。モテないし」
「じゃあ何」
「いやー、ちょっと不思議なことが連発しててさ」
せっかく久々に会えたんだから楽しい会話をしたいと思っていたのに、所詮口が軽くて嘘の付けない私はこの親友達に黙ってなんていられない。
そんな言葉と共に私は事情を説明する。
そうすると一番反応が良かったのは千依だった。
「ご、合コンに誘われる!?」
「へえ、何でまた」
「分っかんない、独り身なのが可哀想になったのかねえ。でも変なこと言うんだよ、なんか“真夏ちゃんが来ると盛り上がる”とか“山岸さんが行くなら行きたいって男が多い”とか。まさかねえ」
「………」
「………」
「え、なに。何で2人して黙り込んでるわけ」
「…鈍い」
「も、萌ちゃん。私もしかしたらこっち方面は真夏ちゃんより聡いかもしれない」
「いや、千依とどっこいどっこい」
「……う、うう」
何やら2人がよく分からない会話をしている。
首を傾げる私。
「ねえ、そう言えばさ、真夏」
そうすると、少し何か考えるそぶりを見せた後に萌がそんな風に話を振ってくる。
「ん?」と聞き返せば、萌はジッと私を見つめて聞いてきた。
「あんた、千歳さんとはどうなってるわけ」
「え」
「確かいつの間にやら連絡先交換してたよね」
「あ」
「私、実はかなり気になってたんだけど」
聞かれた問いに、私は何一つ応えられなかった。
そう、それは私の周りで起こっている不思議な出来事の1つに変わりなくて。
目の前に妹がいる手前話には出さなかった。
でも、何も気になっていないわけでは勿論なくて。
「ど、どうなんですか…!」
萌の問いに何故か千依までもが興味津々な様子でたずねてくる。
思った以上に千歳さんとのことは2人に知られているらしい。
そして、そこで私は久しぶりに感情を爆発させた。
「こっちが聞きたいよー!どうなってんの、近頃の私!!」
そうしてバタンと机につっぷす。
そう、私は自分自身説明のつかない感情に今非常に悩んでいた。




