萌の事情2
「これは運命だと思うのです!」
私と宮下くんの関係を知った監督さんは興奮気味にそう言った。
社長さん以外その勢いに完全飲まれて「は、はあ」なんて声で返している。
結局のところ、アニメに出てくるオリオンというユニットの声は私達に近い声を出せる専門の声優さんが担い、歌に関しては私達が担うということで話がまとまった。
私達としても演技という分野で難が出ただけで、アニメの世界観が広がる歌の担当となれば喜んでお受けする立場だ。監督さんの策というものは双方が納得できる形で答えを導き出した。
それにしても、と私は宮下くんをジッと見つめる。
宮下くんも似たようなことを考えていたらしく話し合いが終わり次第真っ直ぐに私の元にやってきた。
「ピアノ上手いと思ったら、まさか…だったな。正直まだ衝撃が抜けてないんだけど」
「わ、私も……宮下くんが、声優さんだったなんて」
「萌から聞いてなかった?」
「う、うん」
「まあそういうの言う奴じゃないよなあいつは。ちなみに萌は中島のこと知ってんのか?」
「知ってるよ。一昨年のね、クリスマスに話したの」
「一昨年の…あー…俺が“君彼”の収録してた時か」
真っ先に行ったのは情報交換だった。
仕事場でクラスメイトとこうして話をするのは何とも不思議な感じだ。
私自身いまだに驚きが抜けていなくて心臓がバクバクしている。
宮下くんは正真正銘の実力派声優だった。
素の声が千歳くんとかなり違うから初めは首を傾げていたけど、手本にと千歳くんに合わせた声を上げた時は驚いた。何でも宮下くんは何パターンも声の種類を出せるらしい。まだ演技に粗があるけど、これから訓練していけば間違いなくアニメ界に欠かせない声優になるだろうと監督さんが言っていた。
宮下くんと一緒にいた女性の声優さんも、私と近い声を出せる人だった。
地声はかなり高いけれど低い声も出せる実力派。
20代半ばだと聞いたけど、正直あまり私達と変わらないように見える見た目でダブルでびっくりだ。
とにもかくにも声優ってすごい職業なのだと、この時私は強く実感した。
自分の世界観がまた広がったみたいで嬉しい。
「とりあえず萌も入れて話しないか?たぶんあいつも言うに言えなかったんだろうし」
「あ、うん!それとね、真夏ちゃんも呼んで良いかな?」
「あー、そうだな。山岸だけ仲間はずれもないか。…しかし山岸って秘密守れんのか?思ったことすぐ口に出しちゃいそうなイメージあるんだけど」
「だ、大丈夫だよ!…た、たぶん」
「…いまいち信頼性に欠ける返答だな、おい」
そうして、萌ちゃんに何やら連絡を取ろうとスマホを手に取る宮下くん。
その顔は心なしかほんの少し柔らかかった。
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「…………声優?」
「おう、真中陽って名前で活動してマス」
「…ちなみに出演作など聞いても」
「あー…と、最近の有名どこだとモズリズと天撃の御剣だな」
「げ、ちょ、知ってんだけど!そっち方面興味ない私でも知ってるよそのアニメ!」
真夏ちゃん萌ちゃん宮下くんに私の4人は、萌ちゃんの家に集まっていた。
今回が完全な初耳の真夏ちゃんは案の定驚いている。
「ああー…、何なんだ私の周りは!この異常な有名人率どういうこと!?」
そう言って頭をかかえ唸る真夏ちゃん。
なんとなく背中を撫でたら「うえー、千依ー!」と何故だか抱きついてきた。
とても良いにおいがするし、頼ってくれるのが嬉しいから顔がゆるむ。
萌ちゃんはそんな私達を呆れたように見つめていた。
けれど、その後すっと背を伸ばして私達を呼ぶ。
「ごめん、黙ってて」
そう短く謝って頭を下げる。
でもそんな風に言われるようなことは何もない。
だから私達は慌てて萌ちゃんに返事をした。
「何謝ってんの萌。あんた何も悪くないじゃん」
「うん、うん、そうだよ萌ちゃん!言えない気持ち分かるよ」
すると萌ちゃんはホッと息をついて安心したように笑う。
それで私達は初めて萌ちゃんがずっと私達に秘密を持っていることを悪く思っていたんだと知った。
友達でも言えることと言えないことはあるし、今回は特に宮下くんが持つ秘密だ。
簡単に言えないことなのは分かっていたし、実際そうやって萌ちゃんは私のことも内緒にしていてくれたんだから萌ちゃんは本当に何も悪くない。
それでもきっと萌ちゃんは気にしていたんだろう。
萌ちゃんはいつも淡々とした感じがあるけれど、とても気遣い上手で愛情深い人だから。
「良かったな、萌」
「……うん」
宮下くんはカラカラと笑ったまま萌ちゃんの頭を撫でていた。
そして萌ちゃんもそれを受け入れながら言葉を返す。
こうしてみると宮下くんがお兄さんみたいで萌ちゃんが妹みたいだ。
恋人同士の2人にとても失礼な話なのかもしれないけれど、そんな印象を持った。
「にしても奏がアニメ主題歌か…これはチェックしなきゃ!チトセの美声がまた聴けるー」
「…なあ2人共。山岸は中島の正体知ってもずっとこんな感じで本人目の前に暴走してんのか?」
「してる。むしろ増してる」
「え、えっと…有難い、ことです」
「…すげえな、山岸。そのぶれなさは尊敬に値するわ」
そんな話から始まり、そこからは仕事の話から全然関係ない話まで私達は雑談を重ねる。
宮下くんは4人兄弟の長男らしく、だからこそついつい人の世話を焼いてしまうらしい。
そして一人っ子の萌ちゃんは男兄弟ばかりの宮下家にとって昔から姫のような存在で溺愛されてきたのだとか。
今まで知らなかったことを知るのは、いつも新鮮で楽しい。
「しっかし、お前本当才能あんのな。俺曲作りの現場見た時の衝撃が未だに抜けないわ」
「えっ、と…ご、ごめん」
「あはは、謝んなって。にしても曲作りも楽しいもんなんだな。歌ってあそこまで感情や世界観を広げられるもんなのかってすげえ勉強になったわ」
「う、うん!楽しいよ!でも、声優さんもすごいって思ったの。声ひとつで人柄や感情まで表現できるのってすごいなって」
「そうなんだよ。自分の持つものだけでどこまでも世界観が広がる感じで、挑戦すればするだけ新しい発見があるんだよ」
「うん、うん…!分かる、すごいよく分かる!」
「だよな、分かるよな!」
「…だめだ全っ然分かんない」
「真夏、仕事バカな人間の話についていけるわけないでしょ」
宮下くんを交えての会話はとても楽しかった。
こうして仕事に関する話を千歳くん以外とじっくりできる機会なんてそうそうなかったから。
宮下くんの仕事に対する価値観はけっこう私と近いのかもしれない。
だから尚更話が弾んで面白い。
そうして、夕方が来て私達が解散する頃にはすっかり宮下くんとも打ち解けた。
「今日はお前らと話せて良かったわ。俺もずっと気にかかっていた事があってさ」
「は?何」
「気にかかっていた、こと?」
最後、萌ちゃんが家に来た宅配を受け取りに言っている間に宮下くんがそんなことを言う。
真夏ちゃんと2人首を傾げると、苦笑しながら宮下くんは言葉を繋げた。
「自分が好きでやってることだから勝手なのは分かってるんだけどさ、俺はこんな感じで不規則な生活しててどうしたって萌ばかり優先できないんだよ。だからお前らみたいに萌のこと大事にしてくれるダチがいてくれてホッとした」
そう言ってフッと笑う宮下くん。
その表情は今までみたどんな表情よりも柔らかい。
「これからも萌のことよろしく頼むわ」
「…何、いきなり。彼氏っぽいことしちゃって」
「いや、実際彼氏だしな俺」
「いやー、何かあまり見えないんだよね。幼馴染で仲良いのは分かるんだけどさ」
「あー…まあ、確かに俺らに新鮮味はないからなあ」
「…熟年夫婦か、その歳で」
「ああ、良いなそれ。俺そういう落ちついた感じ好きだわ。私生活では波風立たせず穏やかにいきたい」
「…おっさんか、お前は。って、千依なに必死にメモ取ってんの」
「こ、恋人の勉強」
「は?中島、何言ってんだ」
「……千依、相変わらずぶっとんでんね」
そんな会話の後私達はかたく握手を交わした。
私にとってそれは初めての男友達ができた瞬間だった。




