6.夢の人
「…とりあえず、立ってくれないか」
「は、はい?」
「土の上、その服で正座は痛い」
シュンさんがそう言って私に立つよう促す。
この人はきっと言葉が少ないだけで、すごく優しい人なんだと思った。
「あ、ありがとうございます!!」
またお礼を言うと今度は張り切りすぎて声が裏返る。
けれど、そこには触れずに小さく頷き返してくれた。
ああ、この人達すごく、すごく良い人達だ。
そんなことを実感して感動する私。
そんな間に、曲は始まった。
タツさんはギターを弾いていて、シュンさんはキーボードを弾きながら歌っている。
改めて見ると、珍しい構図だななんて思う。
ピアノを弾く人がバックでギターを弾きながら歌うっていうグループの人ばかり見てきたから。
けれど、そんなことはどうでも良くて。
思ったことはやっぱりひとつ。
「綺麗…」
そう、そんな感想。
シュンさんの声は驚くほど透き通っていて、キーボードの音もすごく透明で。
そして、タツさんの真っ直ぐで純粋なギターがよく合っている。
その音の重なりに圧倒された。
Aメロ、Bメロだけでも伝わってくる雰囲気。
この2人にしか出せない味。息をするのも忘れジッと聴く私。
そして、サビに入った時、私の頭は再び思考を停止した。
「え…」
思わず声が小さく漏れていたと思う。
それだけ衝撃的だったんだ。
それは、サビに入ってシュンさんの声にタツさんの声がコーラスとして加わった時に味わった感覚。
タツさんの声が、その真っ直ぐな歌声が、とても聞き覚えのある声だったから。
思わず、バッとタツさんの方を見る。
タツさんは、変わらずこちらを向くこともなく演奏と歌に集中していた。
けれど確信する。
だって、真っ直ぐなんだ。
彼の奏でるギターの音も、シュンさんの美声を支えるそのコーラスも。
せっかく私のために素晴らしい歌を聴かせてくれているというのに、とても失礼なのかもしれない。
いやかもしれないじゃなくて、絶対失礼だ。
けれど、私の頭いっぱいに浮かんだのは曲の感想じゃなくて、
「ああ、まだ音楽を続けているんだ」
なんて、そんな感動だった。
その声は紛れもなく、あの日テレビの向こう側で聴いた『リュウ』の声。
温かくキラキラと輝いていたあの真っ直ぐな。
ずっと憧れていた人が目の前にいたならば、本来ならもっと興奮するのかもしれない。
ただただ嬉しくなってその思いのたけを伝えるのかもしれない。
けれど、私の中に宿った感情はただ一重に感動だった。
その歌声がCDの中の声よりうんと逞しくしっかりした声になっているけれど、それでも根っこは変わらない。真っ直ぐで温かくて、心の底から音を楽しんでいる声。
あの後、フォレストを脱退すると共に事務所も辞めたリュウ。
彼の歌を聴くことはおろか、その姿をテレビ越しに見ることすらなくなった。
あれからもう5年。
それでも、まだリュウはこうして歌っている。
「泣いちゃったよ、シュン。お前の歌がよっぽど心に響いたんじゃない?才能だなあ」
「…絶対違うと思う」
気付けば涙があふれて止まらなかった。
シュンさんはどうやらその真意に気付いてくれたんだと思う。
それでもこんな失礼な真似をしてしまう私を責めはしなかった。
だから、言葉をうまく紡げない私はそれでも必死に言葉を探す。
「ごめん、なさい。ありがとうございました」
「ははは、どっち」
「歌、素晴らしかったです。本当に、本当にすごい」
「…ありがとう」
「……どうも」
そんな会話の後、ギュッと手を握り締める。
ちゃんと言いたい言葉が口から出てきてくれている。
今ならきっとちゃんと言えると思った。
「嬉しかった、です。今も変わらず、音楽を続けてくれてて」
「…え?」
「変わらず、真っ直ぐで、温かくて、優しい音です。貴方を憧れにして、良かった」
「っ、キミ、は」
「ありがとう、ございました…!」
思いが破裂しそうになって、言いたいことだけ言って私は走り去る。
あんなに良くしてくれたのに、言い逃げだなんてとことん情けない。
けれど、心はすごく元気で。
溢れてくるように音が体中を巡ってくる。
…負けたくない。
ずっと憧れてきた、そして変わらず憧れる彼に恥ずかしくない曲を作りたい。
心の奥底から溢れてきた気持ちを形をするべく、私は力いっぱい家に向かって走った。