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ぼたん  作者: 雪見桜
本編
69/88

68.一同




奏のちぃとしてのスタート地点。

憧れの人との約束の場所。


このホールは、アーティストとしての私の全ての原点だ。

全ての始まりの場所。



「どうぞ、これからもよろしくお願いします」



無心に音を追いかけ終わってステージ袖に戻った私は、その光の舞台をジッと見つめて小さく呟く。

この先、もっとこの場所で皆と音楽を共有できるように。

このステージに相応しい自分であり続けられるように。


決意をこめて見つめた後、私はステージに背を向けた。




「お疲れ、ちー。改めて、これからもよろしく」


「うん、こちらこそ」



楽屋に戻って反省会をした後、千歳くんがそんなことを言う。

充実した気持ちでそう返事をした私。


そんな時、ふいに楽屋に備え付けられているステージカメラから響いたのは、ぼたんの演奏だった。

今回は私達の出番が比較的早くて、タツ達の出番が比較的遅かったのだ。

耳に入ってくる今年大ヒットした彼等のデビュー曲。


もう何度も音楽番組に呼ばれて何度も歌った曲だというのに、彼等の演奏には飽きがない。

何度も何度も楽しそうに喜びにあふれたように歌を紡いでいる。

その場にいる人を強く惹きつけるあの真っ直ぐでキラキラと輝く笑顔。

誰もが唸るような綺麗な音。



「やっぱり、大好きだなあ」



そう思わず口からこぼれてしまう。


タツが5年間目指し続けたステージ。

折れかけても立ち上がって歩き続けた道の到着点。


初めてここで歌うタツをテレビ越しに見た時、こんな風に自分の人生が進むだなんて思ってなかった。

私を救ってくれた憧れの人を追うようにこの世界に入って、憧れの人に出会い、憧れの人を好きになって、そして今一緒にこのステージで歌を歌っている。


まるで本の世界のような現実が私のもとに訪れるなんて思っていなかった。

人生って不思議で、そして面白い。

そう思えるようになるということすら想像していなかったことだ。




「お前らお疲れ。この後だが、芸音祭のフィナーレ出た後に年末カウントダウン1本あるからな。千依、民放初参加だろ。気合入れてけよ」


「は、はいっ」


「終わったら打ち上げだ、頑張れよ」


「へ、う、打ち上げ…?」


「……やっぱり、いらなくない?打ち上げ」


「何言ってんだ、千歳。言いだしっぺはお前だろーが」


「うるさいアイアイ」


「藍、その辺にしといてやれ。千歳も苦渋の選択だったんだから」


「……大塚さんもうるさい」



そんな会話に首を傾げながら、私達は片付け準備をする。

この後最後の結果発表をステージ上で聞いて、そこから次の歌番組に直行だ。

アーティストは年末から年明けまでが一番忙しい。


さらに年明けライブを行う人達なんかは目も回る忙しさだと聞く。

私達もそこまでではないけれど、大晦日はあってないようなものだ。

けれど、そんな年越しを迎えられるのは一部のアーティストだけ。

そこの常連になれるよう、私達も踏ん張っていきたい。




「あー、ちーがお披露目された後の反応が楽しみ。盛り上がるよ、絶対」


「えっと、あはは……ごめんなさい、似てない双子で」


「違うよ、そうじゃなくて。爆発的にファンが増えるね、絶対」


「え、えー…」


「ははは、見てろよ。俺がどんだけすごい化物と仕事してんのか見直させてやる」


「…千歳くん、何か顔が怖い」



挑発的な笑みで、決意を語る千歳くんとそんなことを言いながら私達は歩いていく。




「大塚さん、楽しみだなこれから。あいつらどんどん大きくなってるぜ」


「…ここまでよく頑張ったな。俺は少し誇らしいよ」




そんなことを後ろで2人のマネージャーさんが言っていることは気付かなかった。




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「と、いうわけで!奏とぼたんの前途を祝して!」


「…って、ちょっと待った!何でお前が仕切ってんだよ芳樹」


「竜也さん細かいこと気にしない!かんぱーい!」






初めての民放、初めてのトーク、初めてのお客さんとの近距離演奏。

全てにおいて初めてづくしでよく分からないうちに終わったカウントダウンライブは、1時には終了し、そこから大塚さんの言う打ち上げ会場へとやってきた私達。


その場所は、なんとかつてタツが住んでいたあの居酒屋だった。

そこにいたのは、タツとシュンさんとそのスタッフさん達、そしてオーナーさんと奥さん、常連客である前園さんだ。


私達も大塚さんやアイアイさん、楽器隊の人達がいるからかなりの大所帯になっている。

少し小さめの店内はギュウギュウ詰めだ。




「にしてもマジですげぇ、まさか俺が芸能人の知り合い4人になるなんて思わなかった。人生何があるか分からないな」


「…あの、前園さん。それ俺も含んでます?初対面なんだけど」


「いや、現物だとまじでカッコいいな、チトセ!人類皆兄弟だぞ」


「……シュン、この人いつもこんな酔っ払った感じなの」


「ああ、そうだな。でも悪い人じゃない」


「ところで芳樹、お前もう社会人やってんだろ?どうなんだ、慣れたか」


「そう、そうなんだよ、聞いてくれよ竜也さん!もうひっどいんだよウチの会社。開発職はブラックもブラックで…」



気付けばいつの間にやら、前園さんと3人が仲良く会話をしている。

話の流れについていけずポカンとしたまま見つめてしまう私。



「おう、どうしたチエ。お前もそこ座って食べな」


「あ、オーナーさん」


「まあチエちゃん!今日も可愛いねー、テレビ見たけど良かったよ!」


「あ、ありがとうございます!」



私を拾ってくれたのは、オーナーさん夫婦だった。

その優しさに嬉しくなって笑ってしまう。



「あ、ちぃちゃんでかした!」


「…へ?」


「kenさん!俺、ずっとkenさんのファンなんです!さ、さ、サイン下さい!」


「…おいおい、お前ずいぶん若いのに俺のファンとか趣味古臭くねえか?」


「伝説は色褪せないんですよ!サインお願いします!」


「そ、宗吾さん、いつの間にそこに…」



そうして打ち上げは盛り上がっていく。

年齢も立場も乗り越えて皆がわあわあと騒ぎ出す。


ちなみに大塚さんは隅の方で現在のぼたんのマネージャーさんと、それと何故だかいるフォレストのマネージャーさんと3人で何かを話しながらゆっくり飲んでいた。


こういう打ち上げは初めて経験するから、どこに自分の身を置けばいいのか分からない。

けれど、この店内いっぱいに広がる楽しい空気は温かくて好きだと思った。


ふとスマホがピカピカ光って覗いてみれば、そこには『お疲れ!なんかすっごいハラハラしたけど良かったよ!』という真夏ちゃんのメッセージと『お疲れ様。ちゃんとトーク出来てたよ、よく頑張ったね』という萌ちゃんのメッセージ。

ふふっと思わず笑みが浮かぶ。




「チエ」



そんな時に声がかかって、大きく肩を震わせる私。

パッと振り返れば、そこにいたのはタツだった。

温かい笑顔につられるように私も笑顔で「タツ」と返す。

するとタツは頭を優しく撫でてくれた。


嬉しさと緊張でドキドキ胸が高鳴る。




「ちょっと話できない?上の部屋使って良いってケンさん言ってくれてるし」


「は、はい!」


「ふは、取って食ったりしないからそんな緊張しないで」


「え、えーっと…」


「ほら、行こう?」



気付いた時には、グイッと手を引かれていた。

久しぶりのその堅い手の感覚に、想いが溢れてしまって何が何だか分からなくなる。





「…あー、本当恨めしいタツ。俺からちー奪うとか本気でふざけんなって思うよね」


「チトセくん、怖い。お前、そんなキャラなの?テレビの爽やかさどうした」


「……芳樹、理想と現実は違う」


「………シュン、お前少しはチトセのフォローしてやれよ」



後ろからそんな会話がされていたことは知らなった。





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