65.2度目のスタート(side タツ)
2度目のデビューは想像以上に大変だった。
1度経験のあることだし、精神面では前より多少余裕が出るだろうとたかをくくっていたのがまずかったらしい。
歌を歌いCDを発売するという行為自体は変わらないものの、アイドルとしてとアーティストとしてという立ち位置が変わると何もかも大きく変わる。
歌い手の魅力を最大限表現することを主軸としたアイドルと、歌の魅力を最大限表現することを主軸としたアーティスト。
俺がこの世界で培ったものは表現力や人間力、いかに自分を魅力的にみせるかというところだった。
だが、今俺達に求められるのは、いかに素晴らしい歌を魅力的に聴かせることができるかだ。
どちらも極めるのは大変なものだ。
前とは違う需要と、高いハードル。
前までは多少許されていた事が許されなくなり、前までは厳しく言われていた事が今回はそこまででもない。そういうことの連続で、なかなか切り替えが難しい。
「お前は詰めも考えも甘いんだよ、ボケ」と、昔シゲに何度も言われていた事をこんな時に思い出す。
人間やっぱりそう何でもかんでも変われるものじゃないのだ。
相変わらずな自分の甘さを反省しながら、俺はシュンと向き合う。
「…お前、なんで淡々としてるんだこんな時でも」
「別に普通だ。何故、お前がこんなにいっぱいいっぱいなんだ」
「……うっさい、お前ほど俺は器用じゃねえんだよ」
シュンはそんな中でも表情一つ変えずに曲を作り続けていた。
淡々と、周りの声など一切聞こえていないかのように。
本当鋼の精神力だと思う。
本人は「別に普通だ」と相変わらず言うが。
それでもシュンがいてくれて良かったと本当思う、こいつのおかげで俺は色々なものを見ることができたのだから。
「俺はお前に助けられっぱなしだな」
「…どうしたんだ、急に」
ついつい口から出てしまった言葉に反応してシュンが手を止め俺の方を見た。
心底分からないという表情だ。
こいつはすごい技術を持っているくせして全く奢らない。
奢らないどころか少々自己評価が低すぎると感じるほどだ。
俺が言うのも何だが、もっと自分に自信を持てばいいのにと思う。
「思ったこと言っただけだ、気にすんな。俺はお前がいなきゃ、こんな舞台に上れなかったんだろなと思ったんだよ」
「何言ってるんだ、今さら。そんなのお互い様だろ。僕だって、タツがいなければこんな積極的にはなれなかった」
いつもシュンは俺を励ます。
だが、その言葉は初めて聞いたもので、思わず目を見開き固まってしまった。
そんな俺を見て、シュンは大きくため息をつく。
「僕の音は、機械的すぎてつまらない。人を動かす音がどういうものか、僕には分からなかった。正直、人を動かす音どころか音楽の何が楽しいのかすら分からなかった。僕は、ただ周りに認められるためだけに音楽をしていただけだ」
顔を伏せて静かにそう告げるシュンの声は相変わらず芯がある。
それでも何かを思い出しているのか、わずかに寂しげに聞こえた。
シュンが昔有名なピアノの奏者だったことは知っている。
ケンさんに少しだけ教えてもらった。
家が有名な音楽一家で、父は指揮者で母はピアニスト。
兄は母に師事して腕を上げた今ピアニストをしていて、姉は現在バイオリニストだという。
そんな環境で当たり前のように音楽と触れあって育ってきたシュン。
そしてピアノに素養があると分かると本人の意志では受け止めきれないほどに周囲からの期待が膨れ上がったらしい。
手に負った怪我が先だったのか、折れた心が先だったのか、きっかけは分からない。
だがどの道長くは続かなかっただろうと、それはシュンが一度だけ言っていた。
だから言うのだろう、自分の音を機械的だと。
他者の希望だけを吸いこんで自分の意志など一切ないつまらない音だと。
「タツは正直お世辞にも技術があるとは言えなかったし、音楽方面の才能もあるようには見えなった」
「おーい…、今さら毒さすなよ」
「でも、僕にもたないものを多く持っていた。タツと共に音楽をすれば、不思議と楽しいとすら思えた。そういう力は、目には見えにくいけど唯一無二のものだ」
「……シュン」
「だから、お互い様だ。タツは技術を上げた、僕は音に楽しみを見いだすことができた。まだまだ、これからだ」
その言葉でやっと俺は、何でシュンがこんな俺にここまで付いてきてくれたのかを理解する。
組もうと言いだした俺が言うのも何だが、正直この技術差でここまで続くとは思わなかったのだ。
それでもシュンが何かを俺に見い出し、評価していくれていたことは知っている。
シュンはチエと同様に、俺のことをそうやってずっと認めてくれていたんだろう。
相方のはずなのに、俺の方が年長なのに、そのことに気付けていなかった自分が情けない。
だが、よかったと心から思う。
それは、シュンの顔が晴れ晴れとしてやる気に溢れていたから。
そうだ、シュンも大きく変わった。
音楽をするということに積極的になったと本当思う。
こいつももがきながら、必死に模索し続けて、やっと自分なりの答えに辿りつけたんだろう。
俺が何か出来たのかと聞かれれば何とも言えないのが情けなくはある。
それでも、俺達は2人共着実に前に進んでいるのだ。
「そう、だな。俺も早くお前の技術力に追いつかないと」
「…それは無理だと思う」
「……お前、相変わらず淡々と酷いこと言う奴だよな。黙っとけよ、そういうことは」
そうやって、俺達は音楽を作り上げていく。
2度目のデビューだというのに全く余裕なく、必死に食らいついている感じではあったが、やっとここまでこれたのだ。
勝負はこれから。
俺とシュンの背景は大層ストーリー性があるらしく、そっち方面でもずいぶん盛りたててくれているおかげか今のところよく取り上げてはくれている。
だが、俺達が目指す場所はそこではない。
音楽で、のし上がるのだ。
そう、約束したのだ。
かつての仲間たちと。
大事な想い人と。
「あー、チエに会いたい」
1度思い浮かべてしまうともうどうしようもなくなる。
欠乏症だなどとこの歳になって色ボケじみたことを考えるとは思わなかった。
声を聞きたい、あの頭を撫で回したい、滅多に見れないチエの笑顔を見たい。
いまこの一番大事な時期にそんなこと出来るわけないのは分かっているから、必死に抑えている。
いまの俺の頭は仕事かチエかの2色に染まっている。
「…タツが犯罪者に」
「待て、コラ。誰が犯罪者だ。第一、チエはもう19歳だろが」
「……いつの間に年齢正確に把握してるんだ」
「だってチトセと双子なんだろ?調べようと思えば簡単にわかるっつの」
「……ストーカー」
「………お前、一体俺を何だと思ってるんだよ」
そんな馬鹿みたいな話をしながら、それでも頭からチエのことが離れない俺は重症なんだろう。
チエへの気持ちに自覚したと同時に、会う機会も激減した。
チエに想いを伝えるには、俺の立ち位置があまりにも曖昧だったからだ。
20代半ばで夢を追い続ける男。
正直世間一般から見ればひどく怪しい存在だろう。
ちゃんと想いを告げられるだけの立場になって胸を張ってチエに言いたい。それは俺の中の下らないかもしれないが大事にするべきプライドだ。
チエが俺を好意的に見てくれているのは知っているが、それが恋愛方面だとどうなるか分からない。
もしかしたら受け入れてくれないかもしれないし、他に優しく尽くしてくれる良い男が現れるかもしれない。
だが、それでもだ。
チエが好きだと言ってくれた俺の音楽を広げて、約束の地で正面から向き合いたいと思う。少しでもチエに誇ってもらえるような俺になって。
「…奏、アルバム出すと聞いた。」
「ああ、知ってる。正直めっちゃ楽しみなのが悔しい」
「芸音祭で感想、言ってやれば?」
「そう、だな。でも負けねえよ、俺も」
「…だな」
気合いを入れ直して、俺達は再び楽譜に意識を落とした。
その言葉を叶えるために。




