61.辿りついた場所
タツは努力の人で、そしていつだって真っ直ぐ心を届けられる人。
力強く自分の道を笑って進める憧れの人。
「やっと、形になったね彼は」
隣でぼそりと社長さんがそんなことを言った。
目を緩めて、タツを見守る社長さん。
「…ちーの言うとおりだね。あの2人はこの先上がってくる、間違いなく」
反対から千歳くんの声も届く。
社長さんとは正反対に真剣で少し険しい顔をしながら、舞台をジッと見ていた。
私だけじゃない。
タツとシュンさんの音は、多くの人に届いている。
その事実に胸が熱くなる。
5年。
決して短くない時間を、ただ一つの道に捧げてきたタツ。
それは遠回りしてだってちゃんと目指す所に辿りつけるんだと証明してくれているような気がして。
またひとつ、私は彼に強く励まされる。
「負けないよ。私は、胸を張るって決めた。前に進んで千歳くんと一緒に、もっと上に進むって決めたもん」
大好きな人で、憧れの人で、そして負けたくない人。
会う時はいつでも胸を張れる私でありたい。
音楽以外何も持たない私ではあるけれど、それでも彼に少しでも見合う私になりたい。
そんな自分の考えを、無鉄砲で傲慢だとはもう思わなくなった。
ちゃんと私自身が前進している証拠だと思えるようになった。
人の目は怖い。
人と話すのも、人と違うテンポの中で歩くのも、やっぱりたまらなく怖いと思う。
それでも、私は自分の足で一歩ずつでも進んでみたい。
傷ついても、落ち込んでも、それでも前に進む努力くらいは続けたい。
そんな気持ちを教えてくれた大事な人。
ギュッと手を握り締め、遠くにいるタツに心の中で声を送る。
負けません。
私だってもっと磨いて輝いて、あの舞台で待ってるから。
多くの感謝と誓いを込めて2人を見つめた後、私は目を閉ざす。
全20組の最終審査。
それからもパフォーマンスは続き、会場の熱は冷めないままで、皆が笑顔になる時は続いた。
誰がデビューしてもおかしくないとまでに言われるほどのハイレベルな戦い。
それでも、もう私は最初の時のようにハラハラしたり緊張したりはしなくなっていた。
タツ達はやれるだけのことを全部やりきった。
それが分かったから。
「それではいよいよ結果発表です!」
だから、その言葉だって冷静に聞くことができたんだ。
全組が終結したステージ上が暗くなる。
このオーディションの審査員は会場に入ったお客さん達だ。
音楽に詳しいプロ視点ではなく、音楽を普段受け取る側の視点で選ばれる優勝者。
誰もがハイクオリティでそして必死に紡いだ音だ、どの組も強い何かがあるぶん結果の想像はつきにくい。
けれど大丈夫だと、なぜか強く感じる。
「見事デビューの切符を勝ち取った優勝者は…」
さすがにその一言の後は緊張したけれど。
私のことではないのに、バクバクと音がうるさくなって手から汗がにじみ出るのが分かった。
大きくなっていく感情を何とか抑え込んで言葉を待つ私。
「エントリーナンバー7917、ぼたんです!おめでとう!!」
そうしてようやく訪れたその瞬間、パッと強い光が2人に当てられた。
同時に空から大量の紙吹雪。
会場が地響きのように揺れて、大喝采が湧きおこる。
今日一番の盛り上がりを見せる会場内。
その中心で、2人が見せた顔は。
「はは、良い顔」
そう。社長さんが無邪気に笑ってしまうほどの、満面の笑顔。
5年間かかって探し続けた道が、ようやく見つかった瞬間。
「…ちー、あともう少し耐えよう」
「う…う、ん」
熱を増し続ける目の奥に力を入れるのが大変だった。
初めてタツを見たあの会場よりもうんとこの会場は小さい。
それでも彼は変わらず光の中で輝いている。
あの時よりも強い力で。
おめでとう、タツ。
そんな言葉しか浮かばない。
たくさんの想いがあったはずなのに、全て真っ白にぼやけて分からない。
けれど、ただただ幸せだった。
その後、ステージ上でぼたんの所属先を決める8社の争奪戦が繰り広げられる。
決定方法は、あみだくじだ。
事務所の代表アーティストが下部分の隠されたあみだくじの適当な所に線を1本書き足してから、出発点を決める。
当たりの文字に辿りついた会社が獲得決定だ。
私の事務所からは千歳くんがその役を担う。
壇上に上がった千歳くんは、何やら挑戦的な目でタツとシュンさんを見つめ笑っていた。
「…千歳、頼むからもう少し愛想よく笑ってくれ」
社長さんがそうため息をついている間にも作業は進み、そうしていよいよ決定の時。
もしかしたら同じ職場になるかもしれないと思ってドキドキする私。
そうして決まった事務所は、残念ながら私達の会社ではなかった。
当たりから辿って辿りついた先には“シゲ”のマーク。
そう、シゲ。
それは、タツのかつての仲間の名前。
獲得したのは、フォレストの事務所だった。
壇上でニヤリと笑い何でもないようにタツやシュンさんと固く握手を交わすシゲさん。
関係者席から見守る他のフォレストメンバーも食い入るように見つめている。
ああ、とそう思う。
一度切れた糸がまた結び直された瞬間だ。
それを実感して、緩みに緩んだ涙線はついに決壊した。
「にしても、今回のはだいぶ収穫あったな。このイベント、これだけのレベルが続くなら定番化しそうだな」
「げ、勘弁してよ…俺達の活躍の場がどんどん狭くなるじゃん」
「…お前はいい加減自信もて。一発屋からは正真正銘脱してきてんだからよ」
熱狂した会場の余韻を引きずったまま、私たちは引き上げ作業をする。
大塚さんと千歳くんが横で会話しているのを流し聞きしながら、上の空のまま楽屋を掃除する私。
今日1日に起きたことが多すぎて頭の整理も追いつかない。
そうして、片付けを済ませて楽屋から外に出る私達。
相変わらず楽屋外は他の事務所の人達や関係者でザワザワとしている。
「え、あれ。大塚さん、あれって」
「…しばらく姿見えねえと思ったら相変わらず抜け目ねえな」
出た瞬間に2人から発せられた言葉でやっと私は意識を浮上させた。
2人の会話を追って視線を上げれば、そこにいたのは社長と弥生さんの姿。
こちらに向かって歩いてくるのが分かる。
弥生さん。
今日の審査で多くの人を圧倒していた少女。
思わずまじまじと見つめてしまう私。
そうすると向こうも気付いたのか、真っ直ぐとこちらに歩いてくる。
「やあ、3人共。スカウトしちゃったんだけど、どう思う」
「いや、どう思うも何ももうアンタその子拾う気満々だろ。別に異論はないがな」
社長さんと大塚さんがそう会話する間、弥生さんは一言も喋らない。
喋ることなく強い目力で私達を睨むように見つめていた。
「くぉらあぁあ、久田ああ!お前抜け駆けすんな!その子と契約したいのはこっちも同じだ!!」
何か私達が発する前に後ろから響く怒声。
さっき近くの席に座っていた大手の事務所の社長さんだ。
何事かと視線がこちらに集まっているのが分かる。
「ああ、すみませんね。しかし彼女がウチに入りたいと言ってくれたので連れてきたんですよ。本人の意思がある以上、残念ですがこちらで面倒見させていただきます」
にこりと笑ってさらりと社長さんが返した。
話の展開に全然ついて行けなくて固まってしまう私をよそに、千歳くんは仕事用の爽やかな笑みを浮かべて弥生さんに向き合う。
「へえ、ウチ希望なんだ弥生ちゃん。俺達の初めての後輩かな?それにしても何で?」
そう優しく聞くと、やっぱりキッと睨むようにして千歳くんと視線を合わせる弥生さん。
「決まってるでしょ。あんたたちを潰すためよ」
小柄な外見とはやっぱりかけ離れたような逞しい声で弥生さんが言った。
その言葉を受けて千歳くんはポカンとしているし、私はさらに固まってしまう。
つ、潰す…?
不穏すぎる言葉にどう反応すればいいのか分からない。
答えをくれたのは、その発言をした本人だった。
「私と近い歳で話題かっさらっていくアンタ達を打倒目標にして私はずっと歌ってきたの。悪いけどその位置は私がもらうわ。アンタにもアンタにも、これ以上活躍なんてさせないんだから!」
どうやら思った以上に彼女は気の強い性格らしい。
そうしてビシッと音がなりそうなほど勢いよく指をさされ睨まれる。
…打倒。
それは、つまり私達を目標としてくれていたということで。
「あ、ありがとう、ございます…!」
「はあ?」
初めてそんな存在に出会えて、嬉しくなってしまう。
気がつけば口から出ていた感謝の言葉に、弥生さんは思いっきり顔を歪めている。
理解できないとばかりに。
「…バカなの、あんた」
呆れたように言うその言葉。
けれど、蔑むような響きじゃなくて、不思議と怖くない。
「あはは、いきなり初対面の人相手にバカはいただけないと思うなあ。俺達を打倒とするなら、まず芸能人として最低限のスキル磨いたら?ああ、ごめんごめん。人としての間違いだった」
「な、あ、アンタ性格悪っ、その胡散臭い笑みはやっぱり紛い物か!」
「酷い言われ様だなあ。うちの大事な相方にバカなんて言う子供に性格悪いとか言われたくないんだけどね」
「な、な…子供ですって!?」
私を庇うように前に立って、本格的に千歳くんが弥生さんに応戦している。
少し押され気味ながらも千歳くんに負けじと言葉を返す弥生さん。
どんどん視線はこちらに集まる。
ひぃっと私は軽く声を上げて、千歳くんにしがみつく。
「ち、千歳くん!ここ、外、外だよ!落ちついて?」
「ちー、心配してくれてありがとう。でも大丈夫、出た杭は徹底的に打ち潰さなきゃね」
「そ、そんなことわざないよ…!?落ちついてー!」
そんな会話をしながら、初対面の人との口喧嘩が終わったのはこの後10分後のこと。
当然ながら大塚さんにこってり怒られた。
けれど、言葉こそ強いけれどとても強がりで可愛らしい弥生ちゃんが私達初めての後輩になると知って嬉しかった。
賑やかな形で、私の元にも繋がり始めてくれる新たな絆。
一歩一歩、進んでいく。
今日のあのタツの輝きに負けないように。
約束の地へと向かって。
「何だ、随分騒がしいな」
「ふは、やっぱり面白い」
「…どこでも相変わらず、だな」
「ん?どうした2人とも」
「いや、何でもないぞ大地」
「気にしないで下さい」
少し離れた所から2人がそんな私を見ていたと知ったのは、ずいぶん後になってからだった。




