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ぼたん  作者: 雪見桜
本編
61/88

60.強敵と成果


さすがに関門を突破してきた人達だけあって、出てくる人のレベルはすごく高かった。

派手な見た目の人もたくさんいるけれど、見かけ倒しじゃなく実力が伴っている。




「正直、普通にデビューしててもおかしくないのばっかだね」


「うん。…すごい」


「…俺は本当運が良かったな」



千歳くんも食い入るように見つめていた。


演奏の上手い下手だけで生き残れる世界じゃないと、お父さんもお母さんもよく言う。

その意味がここにいるとよく分かる。

だって、ここにいる人達は皆本当に上手い。

歌だったり、楽器だったり、ダンスだったり。

きっと選考から漏れはしたもののこのレベルに近い人達だってかなりいるのだろう。


技術は磨けばある程度誰だって一定のレベルまでいけると、お母さんは言っていた。

技術で開花するには上手い人達の中でも更に突き抜けるレベルじゃないと厳しいと、お父さんは言っていた。

そう、これだけ上手いのにデビューできていない人がこれだけいる。

つまり、それは参加者さん達のこのレベルですら技術的には突き抜けていないということだ。

改めてここがすごい世界なんだと思ってしまう。


自分が果たしてその中にいて相応しい存在なのか正直不安になることもある。

それでも、多くの人が私達の曲を聴いて受け入れてくれているのは事実。

だから、その幸運に感謝しながら、この熱量に負けないほどのものを生みだしていきたいと強く思う。


参加者達はみんな真剣だ。

やっと巡って来たチャンスを何が何でも手に入れようと、必死に音を紡いでいる。

それはすごい熱気と緊張感に満ちた舞台で。




「…やっぱりあの子すごい良いなあ。うちに欲しい人材だ」



そんな中でも、1人注目を浴びる存在がいた。

社長さんが思わずそう口にするほどの存在。



彼女は私と同い年か少し下くらいの少女だった。

白いブラウスにダメージジーンズ。

裸足ということ以外は、そこら辺の道で歩いてそうな姿の彼女。

髪も真っ黒のショートヘアで、なにか特別なメイクをしている訳じゃない。

けれどどこか他とは違う独特の雰囲気を纏っているのが分かる。


その子はギターを抱えてステージ中央に立っていた。

小柄で華奢なその体には、ギターが不釣り合いなほど大きく見える。

それでも彼女はそれに馴染んだように指を這わせて、音を紡ぐのだ。

見た目に反して力強い音を。


そして、それ以上に特徴があったのは歌声だった。



「…すごい」



思わず声が出てしまう。

千歳くんも食い入るように見つめている。


彼女の声は、会場を支配させてしまうほどに圧倒的だったのだ。

声量も、声質も。独特の雰囲気にこの声。

まだまだ全体的に粗いところはあるけれど、彼女は雰囲気からしてきらりと光るものを持っていると誰もが感じていた。


圧倒されてしばらく惚けてから、慌てて資料を見直す。

弥生。それが彼女の名前らしい。

間違いなく彼女は優勝候補の筆頭だろうと、そう思う。




「これはもう決まりかな」



どこかで誰かがそんなことを言う。

そして私の心の中でも確かに、と思う。

だって会場のお客さん達が完全に彼女の空気にのみ込まれている。




「お前達の脅威になる存在だね、彼女は。うかうかしてられないぞ」


「…ついに来たか。いつか来るとは分かってたけど」



社長さんと千歳くんがそれぞれそんなことを言った。

私も危機感を強める。


今まで私達くらいの年齢で千歳くんのような技術と声量を持つ人は中々いなかった。

だからこそあんなに注目してくれた。

けれど、この先間違いなく若さと勢いに関する注目度は彼女に移る。

それは確信で。


…ここからが勝負。頑張らないと。


そう思って気合が入るのと同時に、ふと頭の中によぎったのはタツとシュンさんの顔だった。

弥生さんの出番は20組中10番目。2人の出番は12番目。

おそらく彼女のインパクトと余韻はしばらく残るだろう。2人の出番までは少なくとも。



…大丈夫だろうか。

偉そうな考えだと思いつつも、ついついそんなことを思ってしまう。


2人の力が素晴らしいのは勿論知っている。

けれど、これだけ圧倒された後の空気にのまれてしまわないかが心配だった。

現に11組目のパフォーマンスは皆どこか呆けたまま聴いた感じが否めず印象がかなり薄くなってしまっている。現在演奏が終わって時間が経ったというのに会場を支配しているのは弥生さんのインパクトだ。


会場が完全に弥生さんの支配下にある今、お客さん達がタツやシュンさんの声に耳を傾けられるか…それはどうにも未知数なところだった。



…大丈夫、2人なら。

そう強く思う自分もいるし、あまりの会場の独特な空気に心配してしまう自分もいる。

それでも私ができることはここで静かに祈るだけなのだ。


だからせめて、彼等の頑張りを一瞬でも逃さないように全神経を集中させる。




「続きましては、エントリーナンバー7917番・ぼたんです!」



司会の人の言葉。

ステージに響く足の音と楽器の移動する音。

自分がステージに上がってるわけでもないのに、心臓がドキドキと大きく鳴っている。

緊張してしまって頭がぼんやりとさえしてしまう私。


その中で、スポットライトを浴びた2人は堂々と入って来た。

会場中が自分達を包む雰囲気じゃないことなんて分かっているだろう。

それでも背筋を張って、しっかり前を見る2人をみてひとまず安心する。

タツは帽子のおかげで表情が見えないけれど、少なくともシュンさんはいつもと変わらない淡々とした表情で。


うん、大丈夫だ。

そう思う私。


緊張で手を冷たくさせながらジッと2人を見つめていると、不意にタツの視線がこっちを向いた気がした。

もちろん帽子のおかげで鼻から下しか見えないから、視線なんてはっきり感じてはいないのだけれど、きっとこっちを見たのだと思う。


わずかな動きも見逃さない様見つめた瞬間、思わず息をのむ。

それは、彼がゆっくり口端を上げたから。

大丈夫だとでも言うように。任せろとでも言うかのように。


そうしてタツが立った位置は、シュンさんの真横。

今までシュンさんを支えるように少し後ろから演奏していたというのに、今はまるでツインボーカルのように横に立っている。




「…っ」



その変化に再び小さく息をのんだ。

明らかに何かが変わったのだと、それだけは痛いほど分かる。

だから、私も2人を信じて聴くことに集中した。




「……っ、さすが、だね」




音が鳴り始めた頃、ふいに横に座る千歳くんがそんなことを言う。

私自身の感覚とも合わせて、自分の心配なんてただの杞憂だったんだと私は実感していた。


だって、今までと全然違う。

その音の強さも、音を惹きつける力も、歌い手の2人の空気感も。

今までだってすごかったのに、それよりさらに進化しているのが一瞬聴いただけで分かったのだ。




曲の始め、会場のお客さん達の反応はやっぱり未だ弥生さんに支配されたままで鈍い。

けれど、徐々に会場の目がしっかりステージに向くのが分かる。

少しずつ、少しずつ。

けれど着実に意識をステージに向ける数が増していく。

それが2人の持つ才能の何よりの証拠だ。



シュンさんは、相変わらず淡々と、けれど誰にも奏でられないような透明感のある音を紡いでいる。

コンスタントに変わることなく、これだけのものを一切質を失わせることなく紡ぎ続けられる人なんてそうそういない。


タツのギターや歌には、躍動感が溢れている。

シュンさんが一定のペースで綺麗な音を紡ぎ続けるのとは反対に、感情の起伏がここまで伝わってくるような音を紡ぐ。

それは、どんな時でも背中を押してくれるような明るい音で。



音に血が通い、声に情が流れ、歌詞はまっすぐに心に入ってくる。





『信じてみるよ、俺の力を』




不意に前タツが言っていた言葉を思い出した。

スッキリとした顔でそう笑って見せた彼の顔も。



…タツ。

心の中で彼を呼ぶ。

最後まで決してぶれなかったその音に感謝するように。



そうして、次第に大きくなっていくのは2人の声だけじゃなくて、会場の声。

掛け声のような、追いかけのような、相槌のような、そんな声が自然とあちこちから上がり始める。

再び一体となって支配される場内。


ゲスト席にいる各事務所のアーティストや幹部の人達が驚いたように会場を見渡しているのが分かる。

その中でフォレストは皆一様に目を見開きステージを見つめたまま固まっていた。

その事実に胸が熱くなる。




弥生さんは会場中を圧倒し、支配した。

対してぼたんの2人は、会場中を巻き込んで支配している。



それは、タツやシュンさんが進んできた道が大きく開かれる、そんな瞬間だった。







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