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ぼたん  作者: 雪見桜
本編
58/88

57.見守る者(side 大塚)




「おう、久しぶりだな大塚。やっと来たかよ、おせえっつの」


「よう、ケンさん。相変わらず口悪いなアンタは」


「お前に言われたくねえよ。お前ほど口悪くて生意気なガキも中々いないぞ」


「ガキって…俺もう44間近なんだが」


「…もうそんなになんのかよ。怖えな、時の流れは」





その暖簾をくぐるのは初めてのことだった。

かつての仕事仲間がここに居酒屋を開いたというのは知っていたが、なかなか来る機会がなかったのだ。




「ところで松田はどうした。お前らよく一緒に飲んでんだろ」


「よくって言っても2、3カ月に1回程度だけどな。松田さんは流石にここ来るのは気まずいから遠慮するってよ」


「けっ、相変わらず不器用な野郎だな。あいつなら今日いねえのによ、変に気遣いやがって」


「仕方ないだろ。あの人リュウに合わせる顔ないってずっと言ってるからな」


「ああ、俺と飲む時もしょっちゅうそんなこと言ってるわ。面倒くせえ、タツは松田を一切恨んじゃいねえし、そもそもあいつは悪くないだろ」


「それでも、だよ。責任感強いからな、松田さん」




ケンさんに出された酒と通しを口に運び、そんな会話をする俺達。

それはリュウや千依には言ったことのない話。


そう、俺は間接的にリュウのことをよく知っていた。

デビュー当初からフォレストのマネージャーをしている松田さんは、昔の職場で直属の上司だった人だから。



俺は今の事務所にずっといたわけじゃない。

ここに来る前はもっと大手の今は無き音楽部門にいた。

新卒で入って10年ぐらい世話になった職場で、俺と松田さんはよく一緒に仕事をしていて。

ついでに言うなら、当時担当していた大物の歌手によく指名されギターを鳴らしていたケンさんともそこそこ顔見知りだった。


松田さんとケンさんは高校時代の同級生。

高校時代は大して仲良くもなかったらしいが、職場で顔を合わせる機会が増えるごとに親交が深まったらしい。



職場から音楽部門が撤退したのと同時に優秀だった松田さんが音楽最大手の事務所にヘッドハンティングされ、そこから別々だ。

かくいう俺の方も、当時新設されたばかりの音楽事務所に総合職として入らないかという誘いをもらいそっちに行った。


俺の半ば趣味となっていた音楽情報の収集癖や、松田さんに徹底的にしごかれた経験が社長に響いたらしい。

少人数の小さな事務所で手が足りないからマネージャー職だけじゃなくスカウトや育成にも加わって欲しいと言われ、素人ながらあちこち手を出し口を出し、最近やっと色々形になってきていると思う。

小さかった事務所は少数精鋭の職員とタレントのおかげで着実に活躍の場を広げている。最近は奏がヒットしてくれたおかげで、様々な仕掛けをする経済的余裕もできてきた。奏様様だ。


忙しすぎて休みもままならず私生活など捨てたような生活だが、ここまで色々つっこんで関われる仕事はそうそうなく充実していると感じる。

うちの事務所は色んな方面の人材を職員に持っている。有名なメイクアップアーティストに師事していた藍もその1人だ。専門は当然メイクだが、あいつもその他色々やらされている。まあその分うちの職場はある程度好き勝手やらせてくれるから俺もあいつも所属しているんだが。


と、そこまで回想したところで、ふいについ先日聞いた情報を思い出す。




「そういや、リュウは見事通過したんだよなオーディション。久々あいつのギターと歌を聴いたが、ずいぶん上達してて驚いたぞ」




審査の映像を見せてもらった俺は、正直な感想を言う。

2次選考からは書類やデモテープではなく、直接審査員の前でのパフォーマンスになる。

映像越しに見たリュウと佐山駿のユニットは、俺の想像以上に完成度が高かった。

5年の間に随分鍛えたのだろう、元々ピアノの世界で騒がれていた佐山はともかくリュウまで基礎を完璧にこなし“上手い”域にいるのには驚いた。




「あいつの正体、気付いた奴いんのか?」


「俺も社長から話聞いただけだから何とも言えないが、少なくとも選考の時フォレストやリュウって単語は出てこなかったらしい。気付いてないと思うがな」


「へえ、じゃあちゃんと実力で這い上がったってわけだ。上出来じゃねえか」




リュウのスキルアップに確実に貢献しているであろうケンさんはにやりと口端を上げる。

どうやらここの師弟関係は上手くいっているらしいと、そう認識した。

5年前、芸能界から去ることになったリュウをケンさんの元に送ったのは松田さんだ。

いつになく真剣な顔で一生のお願いなんて気色悪い真似してきやがったと、ケンさんが言っていたのを覚えている。


それはリュウをフォレストから追い出す形となってしまったことに対する松田さんの贖罪だった。

それ以来、陰から何度もリュウの様子を見守り気にしつつも一切会わないのは、それだけリュウに対する罪悪感が強いということなんだろう。


だがまあ、結果的にこうなったのは成功だった。

あの演奏を聴けば、そう言わざるを得ない。

5年前より確実にレベルアップしたあいつは、もう普通のアーティストと肩を並べても明らかな見劣りはしない程度に力を付けていたから。


それに、あの天才肌の千依をあそこまで惹きつける男だ。

もしかしたら本当にこの先、奏の最大のライバルになり得るかもしれない。





「完成度が上がったのは本当最近だぞ、それまではいまいちパッとしなかった。あのアホ、自分の武器を全く理解していなかったからな。ここにきてやっと一気に上がった感じだな」


「自分の武器、ね。何だかんだ言いながらケンさんもリュウのこと評価してんだな」


「当たり前だ、何の可能性もない奴の面倒見るほど俺はお人よしじゃねえよ。あいつに何も無いとは一切思ってねえからな俺は」




絶対に本人には言わないようなことをケンさんは言う。

相変わらずの仏頂面で。

久々に良い夢見せてもらってるといつだか1度だけ言っていたのを思い出した。




「技術だけでのし上がれるような世界じゃないが、相手を説得させるには最低限の技術が必要だからな。俺はそれを叩き込んでやっただけだよ、活かすも殺すもあとはあいつ次第だ」



それは長いことギタリストとして様々なアーティストのバックサウンドを担当してきたケンさんならではの言葉だった。

第一線で一流と言われるアーティストを見てきたケンさんには、どういう奴がのし上がるのか分かっているんだろう。


リュウの武器。

それはライブで特に真価を発揮する。

他者を巻き込むほどの勢いとオーラ、そしてあの力強い視線や表情。

あいつは芸能界で生き残る人間の特徴を見事に兼ね備えていた。


それは何かと言われれば言葉にするのは難しいだろう。

だが、あいつがそこにいると周りの人間はついつい見てしまう。

そこにいるだけで漠然と何か凄い奴がいるという気分にさせてしまう。

音楽性というより、タレント性・カリスマ性といった方が良いか。


そういう奴が心底音楽を極め技術の底上げなんてしたら、そりゃ鬼に金棒だろう。

しかもその相方があの佐山駿だ。

技術に突出したそいつならリュウにも見劣りするどころか上手く相乗効果を引き出せる。

考えれば考えるほど、良いユニットだと感じた。

それなのに今まであいつが表に上がってこれなかった理由。

思いつくのはひとつしかない。



「足りなかったのは、自信…か」



そう、どんなに良い物を持っていても腰が引けた状態じゃ意味がない。

全力で胸を張ってさらけ出すくらいできなきゃ、宝の持ち腐れというやつだ。

おそらくそれがあいつの燻っていた理由で、ここ最近で急激に上がりだした理由でもあるのだと思う。




「チエのおかげだよ、あの嬢ちゃんは見る目があんな」



目の前でケンさんがそんなことを言った。

それに俺も苦笑する。




「まあ、こっちこそリュウには感謝しなきゃいけねえかもしれないな。最近上がったのはこっちも同じだ」


「にしても、よくあんな怪物発掘したなお前。初めて見た時は驚きすぎて固まっちまったぞ」


「発掘したんじゃなくてラッキーだったんだよ。あいつ、中島さんの娘なんだ。あの人が頼った伝手が俺じゃなかったら他に取られてたな」


「中島……って、あの“職人”か?なるほどな、とんでもねえわけが分かった」




話を振られて不意に思い出すのは、千歳や千依と出会った当初のこと。



『なあ、大塚くん。ちょっとウチの子供達の素養を見てくれないか?芽無しだと思ったら速攻で切ってくれて構わないから』



大手の音楽会社で楽器製造・研究における責任者だった中島さん。

芸能からクラシックまで様々な所にパイプを持ち常に求められる楽器を生みだすその人に、小さな子供がいるというのは知っていた。


40で父親になったから子供が可愛くて仕方ないのだろうとそんな周りの話もあり、こんな凄い人でも親馬鹿になるのかと思ったことを覚えている。

ただ所属アーティストや契約している演奏者達が彼に多大な世話になっていることも事実で、まあ見るだけなら良いかと軽い気持ちでその頼みを受け入れた。



…軽い気持ちで行ったことをすぐに謝り倒したくなったぐらいだが。


「芽が出ると確信できるような逸材がいたら独断で契約をしていい」との社長の許可を行使したのは、この時が初めてだった。

おどおどしていて芸能界どころか日常生活でも怪しそうな少女がピアノを鳴らし歌声をあげたあの瞬間の衝撃は未だに忘れられない。


長いこと関わってきた音楽業界でここまで顕著に才能を感じる奴をその時初めて俺は見た。

このガキは世界でも通用するような数十年に1人のレベルの逸材かもしれない。


曲の構成力しかり、独自性しかり、曲に憑依されたかのような演奏力しかり、その音の表現力しかり。足りないのは少しの技術と芸能界で生き残るだけの器用さくらいのものだ。

そして幸運にも芸能界という舞台で千依の才能を最大限引き出せる存在もすぐ横にいた。


まさに芸能界で音楽をするために生まれてきたような2人組。



その天才が、一番の懸案事項であった精神面の不安定さを何とか克服しようと動きだした。

新たな挑戦をしているのは間違いなくリュウの影響だろう。

全ての原動力になったと公言するくらい、千依はリュウの素質を理解していた。

そしてそれが自分に最も足りないものだということも、正確に。


それをただ凄いと眺めるだけだった千依。

しかしここにきて、負けられない、胸を張りたいと決意を固め、階段を上りはじめた。

それは明らかな進歩で。




「これ、千歳の卒業祝いで書いた曲らしいが、千歳がえらく感動しちまってな。猛烈に推すから新曲のカップリングに急きょ選ばれたんだよ」




部屋の片隅にあった奏の新曲のCD。

千依がリュウに送ったのは俺も知っている。


千歳が高校を出て本格的に動き出すその大事な曲に一緒に収録されたそれは、正真正銘千依のデビュー作となった。ピアノと歌声だけのシンプルな曲で、しかも両方とも千歳ではなく千依が担当している曲。

奏としては異例のことだ。


あの芸音祭の時も奏として初めてのハモリに大きな反響があったが、今回も凄まじい反応があった。

ちぃがついに動き出そうとしている、奏がステージをひとつ上がったと、ネットの世界じゃ特にお祭り同然になっている。

ウチの事務所にも関係各所から千依の存在を聞かれる回数が激増していた。



才能ある奴等が駆け昇っていく感覚。

きっと俺は今一番良い夢を見させてもらっているのかもしれない。


不器用ながら、ぽんこつながら、それでも必死に立ちあがって何かをつかみ取ろうともがく子供達。

そうして少しずつ成長して頂点に近づいているその瞬間に立ち会えるのはそうそうあることじゃない。

それは大きなやりがいと誇りを俺に与えてくれる。

俺が奏の2人に対してそう思うのと同じ様に、きっとケンさんもぼたんというユニットに対してそう思っているのだろう。




「これからが楽しみだな」




カラカラと笑いながらケンさんは言う。

俺は、そこに何の疑いもなく「そうだな」なんて言って酒を飲みほした。





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