50.フォレスト
「はい、どうぞ」
内から低く太い声が届く。
千歳くんが反応してドアノブに手をかける。
私は一度強く目を瞑ってから、彼に続いた。
そして目に入ったのは、いつもテレビの向こうで見ていた4人組。
「失礼します、ご挨拶にきました。奏です、今日はよろしくお願いします!」
「お、お願い…しますっ!」
千歳くんの言葉に続いて何とか言葉を発する私。
反応は早かった。
「ああ、よろしく。って、その後ろにいる子誰だ」
真っ先に返事をくれたのは、リーダーであるシゲさんだ。
寡黙だけど何かあると真っ先に矢面に立つ男前だと、そんな評価をされている人。
「俺の相方のちぃです。今日は彼女も演奏に加わるので一緒に挨拶まわりしているんですよ」
ニコニコと緊張の色も見せず千歳くんが答える。
どう反応すればいいのか分からずやっぱり私は「よろしくお願いします!」とだけ言って頭を下げる。
「……地味」
端的にぐっさり感想を言ったのは一番人気の隼人さん。
容姿端麗な人ばかりのフォレスト内でも特に顔が整っていて、そして猫のように気まぐれなキャラ。
「おい、隼人。ごめんな、チィちゃん?よろしくね、大地って言います」
すかさずフォローを入れてくれるのは、優しく癒し系と人気の大地さん。
クールな感じの他の3人に比べ、安心するような笑顔を見せてくれる。
「ずいぶん若ぇな、本当にそいつが曲作ってんのかよチトセ」
最後に率直にそう聞いてきたのは、ワイルド系で見るからに男らしさ全開のタカさん。
やっぱりどう答えれば正解か分からず、コクコクと何度も頷くしかできない。
テレビで受ける印象と全く同じ感じの人、全然違う感じの人、それぞれいるけれど、やっぱりみんなオーラがすごい。
そこにいるだけで惹きつけられるようなそんなオーラ。
さすがに第一線で長年活躍している人は違うのだと感じる。
「この子が奏の要ですよ、タカさん。ちーは天才で最強に可愛いですから。俺も霞むくらい。ずっとそう言ってんじゃないですか」
「ああ?可愛いとかどうでもいいわ。あんな曲作るように見えねえから言ってんだよ」
「嫌だな、見た目だけで判断しないでくれます?それにちーはめちゃくちゃ可愛いじゃないですか。タカさん分析能力高いはずなのに鈍ってきました?」
「ああ!?てめえ相変わらず性格悪ぃな」
「嫌だなぁ、隼人さんに比べればマシですって」
「……なんでそこで僕を巻き込むかな。構うの面倒なんだけど」
空気に圧倒されている間に、千歳くんはすっかりいつも通りのテンポでタカさんと隼人さんと会話をしていた。
ずいぶん親しそうなそれにびっくりして、思わずまじまじ千歳くんを見つめてしまう。
「…チトセってこういう奴だったのか」
「お前達、チトセ君と仲良かったのか?知らなかったんだけど、いつの間に…」
どうやらそれはフォレストサイドも同じようだ。
年長組であるシゲさんと大地さんが驚いたように年少組2人を見ている。
「前番組でかぶった時に話したんだよ。こいつ胡散臭い笑顔しかしねえからうざくなって」
「あの時タカ機嫌最悪で僕に当たられるのも嫌だったから、たまたま通りかかったチトセに矛先ずらしたんだよね。何だかんだそれ以来話すようになってね」
答えをくれたのはフォレスト側の2人だった。
千歳くんは笑顔のままだけれど、少し口端がヒクヒクとしている。
…どうやらかなり腹の立つ出来事だったらしい。
「…お前たちな、他人に迷惑かけるなとあれだけ言っただろう。悪いな、チトセ君」
呆れたまま大きくため息をついたシゲさんと、やっぱりフォローを入れる大地さん。
千歳くんは仮面のように張り付けた笑顔のまま、ゆっくり口を開いた。
「気にしてませんよ、大地さんは何も悪くないですし。だいたいタカさんが気分屋のガサツな人間で、隼人さんが性格最悪なのも元々分かってましたから。特に隼人さん、同類ってすぐ分かるものですよね」
「ち、ち、千歳くん!!」
すっかり応戦体勢に入り毒舌を発揮し始めた千歳くんに気付いて慌てて止める。
普段は千歳くんにお任せするけれど、たまに千歳くんはプチンと切れて徹底的に口が悪くなる時があるから。
大きめの声で千歳くんの腕を掴んだ私に、今度は視線が集中する。
「ひ、ひぃっ、ご、ごめんなさいごめんなさい!」
もしかして余計なことをしてしまったんじゃないかと途端に不安になって、思わず謝り倒していた。
千歳くんがムスッとしたまま私を宥めるため肩を叩いてくる。
「……おい、こいつ本気で大丈夫かよ。色々」
「地味で根暗……変なの」
「お前らもう黙れ。これ以上あの子に失礼なこと言うな」
「………」
4者4様の反応をもらってさらに青ざめる私。
けれど、いつまでも千歳くんにすがりっぱなしなのはいけない。
特にタツのかつての仲間であり尚かつ私達の目標でもある彼等にはちゃんと接していたいから。
宥めてくれた千歳くんにお礼を言いながら、私は視線を4人にそれぞれ合わせる。
「ち、ちぃです。み、皆さんみたく魅力的に演奏できるよう、が、が、頑張ります!よろしくお願いします!」
声をひっくり返しながらそう宣言してガバッと頭を下げる私。
顔を上げれば呆けたように私を見るフォレストの人達。
もう一度見つめ返して、ギュッと手を握りしめた。
「なんか一生懸命で可愛らしいね。…リュウがすっごい可愛がりそうなタイプじゃないか?」
ふいにそんなことを大地さんが言う。
ハッとして見つめてしまう。
「あー…分かる気がするわ。あのアホ根性バカだからな。この手のタイプ弱そう」
「タカに根性バカとか言われるのも屈辱だろうね」
「ああ!?隼人てめえ」
目の前で繰り広げられたのは、タツの話。
懐かしそうに、親しみを込めて話す3人と、会話に耳を傾けわずかに笑うシゲさん。
…タツ。
まだ、この人達の中にはタツがしっかり生きている。
今も交流があるのかなんて分からないけれど、それでもちゃんと絆は続いている。
それが何だかたまらなく嬉しかった。
タツを信じて待っていてくれる人がここにもいるのだと分かって。
思わずふふっと笑顔を浮かべてしまう私。
それをフォレストの人達が見つめていた事にも気付かなかった。
「後ろがつっかえてるみたいなので、そろそろ失礼します。改めて、今日はよろしくお願いします!」
そして、そうやって話をまとめたのは千歳くんだ。
「ああ、こちらこそ」とシゲさんが言ってくれたのを待って、私達は部屋を後にする。
「上出来上出来、ちー、よく頑張りました」
「…お前らなあ、本気でハラハラするわ。両方とも勘弁してくれ」
楽屋に戻ってぐったりと崩れた私に、千歳くんと大塚さんがそれぞれそんなことを言った。
事情の知らないアイアイさんは「何やったんだ、お前ら」なんて面白そうに笑っている。
そんな時にスマホから電子音が響く。
開くとそこにあったのは真夏ちゃんや萌ちゃんから届いたグループメッセージ。
『今忙しいかな?録画登録完了した。頑張れー!そして最高のチトセを見せてくれ!!』
『真夏、ここでまでプレッシャー与えるのやめなさいよ。千依、いつも通りね。ちゃんと見てるからね』
2人らしい内容にふふっと笑みがこぼれる。
首を傾げた千歳くんに「真夏ちゃんと萌ちゃんから」と説明すれば、千歳くんもふわっと笑って「良かったね」と言ってくれる。
大きく頷いて、『ありがとう、頑張るね!』と入力し返事した。
そうして楽譜を手に取る。
音符をもう一度中に流し込んで、イメージする私。
目を閉ざし、イメージを膨らませる。
…うん、行ける。
そう何度も言い聞かせる。
「んじゃ、そろそろリハの準備しろよ。終わったらすぐ進行の確認と全体リハだ、しっかりな」
大塚さんの言葉に強く頷いて、私は立ちあがった。
「千歳くん、やろう」
「うん、頑張ろう」
そう言い合って、光の舞台に私は足を踏み入れた。




