表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぼたん  作者: 雪見桜
本編
5/88

4.学校生活

2話~4話まで同時投稿しています。

ブックマークから来て下さっている方、ご注意ください。

明日からは1日1話ずつの更新になります。




学校は苦手だ。

だって、たくさんの人の中で生活しなければいけない。

それもお互い詳しくは知らない者同士で。


どうにも私は昔から人と感性が違うらしい。

そして他の人と歩くスピードも全然違う。

だから“普通”という集まりの中に投げ出されるとどうすればいいのか分からなくなるんだ。




「あー、中島さん?これ、日直日誌」


「あ、あ、ありがとう!」


「え、ああ、うん。じゃあ」




一言言葉を繋げるのだって、とても難しい。

ありがとうの一言言うのだって、気合が入りすぎちゃって相手を引かせてしまう。


千歳くんや大塚さん相手なら大丈夫なのになぜって思う。

思うのに、私の体は上手く言うことを聞いてくれない。



「日直、かあ…」




特に月に1回やってくる憂鬱な日は、一日中体が堅い。気がする。



「…頑張る」



いつも空回りしてしまう言葉ではあるけれど、今日もそう誓った。

…とはいえ、やっぱりというか、日直業は撃沈だった。



「き、きちつ!」


起立という言葉で噛んでしまったり。



「おーい声聞こえないぞ、日直誰だあ?」


精一杯声を張り上げたつもりなのに、誰にも届かなかったり。





「…大丈夫、中島?」


「ご、ごめんごめんごめん」


「え、や、良いけど」



しまいには一緒の当番の男子にまで心配される始末。

こんなだから友達の一人もできない。


このクラスに入れたことはすごく恵まれたことだ。

2年生に上がってからクラスが理系文系に別れた。

このクラスはそのちょうど中間の文理系なんて分類に入る。

男女の割合が半々だけど仲が良くて、いじめもなくて、和気あいあいだ。


…なのに、そんな環境ですら友達のできない私。


こういう同世代の子たちがたくさん集まる場所に行くと、どうにも私は身心共に極度に緊張してしまう。

病院の先生によると、これは精神的なものだから治るには時間がかかるという。



すごくもどかしい。



「…頑張んなきゃ」



その言葉すら、いつもやっぱり空回りしてしまう。

適度に力を抜けばいいんだよ、なんて人は言うけれど、どうすれば力を抜けるのか分からない。



勉強はいつも半分よりうんと下で。

運動も「何かの神にとり憑かれてる」なんて言われるくらいには鈍くて。

人との関わりも狭い所でしかマトモに会話できない。




良い人ばかりに囲まれているというのに、1人挙動不審な態度を取り続ける私。

いくら良い人だって、そんなの反応に困ってしまう。

それでも一言だけでも声をかけてくれる人がこのクラスにはたくさんいる。


ちゃんと応えたいのに。

ちゃんと笑って、会話を成立させて、ありがとうと笑って言いたいのに。



焦りは禁物と言われているのに、焦ってしまう。



学校という場所は、私の精神をがっつりと削ってしまうんだ。



「はー、失敗しちゃったよ」




河原に体育座りをして顔をうずめる私。

結局上手くできなくて自己嫌悪。

昨日で曲が出来上がって、千歳くんの仕事の方が忙しいこともあって今日私はお休みだ。


そうすると大抵私はこの場所に来る。

人がそんなに密集していない大きな川だ。

夕方は下校する人とランニング、犬の散歩の人がちらちらと通りかかる程度の場所。



カバンから五線譜のノートを取り出して、私はペンを走らす。



物心つくころから音楽をしてくれば、譜面を見るだけでどんな音になるのか想像ができるようになっていた。そこから発展してイメージした曲をそのまま譜面に落とし込むことだって出来る。


言葉で発せるものが少ない私は、何かがあると日記代わりにノートに音符を書き込む。



「…ここで表現しても仕方ないのに」



ぶつぶつと文句を言いながら、即興で作る曲。

頭に浮かべるのは今日話しかけてくれた人達のこと。

ありがとうとごめんで混ざったその音符達は、どことなく暗い繋がりだ。


そこで今日の自分の気分がいつもよりうんと重いことを知る。

自分の心の整理までもが音楽な私は、確かにお母さんの言うとおり音楽馬鹿なんだろう。


それを駄目だなんて思わない。

それがなかったら私は本当に空っぽだったから。



けれど、もう少し。

もう少しだけ、バランスの良い人間になりたい。



決して高くないはずの理想すら手が届かなくて、がっくりと肩を落とす。

私を同じような環境で育ったはずの千歳くんは何とも器用に生きているというのに。


綺麗な顔立ちで、爽やかで、気が利いて、勉強も運動も人並み以上にはできて、だから同じ学校に通っていた小中学の頃なんて大人気だったのを実際みている。

今は別々の高校だから千歳くんがどういう立ち位置にいるかなんて分からないけれど、時々電話で友達らしき人と楽しそうに話しているから、今もあまり変わらないんだろう。


それがちゃんとした努力の上に成り立っていたからこそ私は努力を結果として残せる千歳くんが羨ましく誇らしかった。


逆に同じ様にできない自分が憎らしくて…。



「…駄目駄目!」



すぐ卑屈になってしまう自分に喝を入れる。

そんなことを考えたって何にもプラスにならないから。


慌てて首を振って、頭をクリアにする。

そうすると、ふととても小さな音が耳に届く。




「…綺麗な音」




これは何の音だろうか。

ギター?キーボード?


思わず音のする方に耳を傾ける。

風に乗ってたまに聴こえる程度の音。

遠くで誰かが演奏しているんだろう。


とても透き通った音だ。

そして、とても温かく真っ直ぐな音。



気付けはフラフラと私は吸い寄せられるように、歩きだしていた。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ