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ぼたん  作者: 雪見桜
本編
48/88

47.天才の傍で・後(side 千歳)



何もかも手探りの所から始まった。

千依との関係の築き直しも、音楽も、何もかも。


何も出来ない日々は続き、何をすればいいのかすら分からない日々もまた続く。

いつまでもこのままじゃいけないことなんて、誰よりも千依が分かっていることで、必死に何かやろうと無茶しては空回る千依にストップかけるのがもっぱらの役割だった。


けれど、そんな日々はある日突然あっさりと終わりを告げる。




『たった1年の短い間でしたが、本っ当にありがとうございました!!』




耳に届いたのは、今や国民的アイドルにまで上り詰めたフォレストの不運なメンバーの声。


正直それまで見てきたリュウというアイドルについて、歌が上手いとも演奏が上手いとも思っていなかった。

アイドルの中では上手い方だったからあちこちからちやほやはされていたけど、練習を積めば俺の方が上にいけるだろうと傲慢に思えるくらいだ。



けれど、テレビの向こうから響くその歌に、そのリュウの顔に、千依は心の底から魂を揺さぶられたようにホロホロと泣きだしたのだ。

化物とすら言われる程の天才が、天才とは決して言い難いリュウの歌に感動し涙をこぼしている。


俺にとっては衝撃的で。

ハッキリ言って、リュウのどこに千依をそこまでさせる魅力があったのか、すぐに理解できたわけじゃなかった。何で千依がリュウの歌にそこまで救われ、お守りにしてしまうほど大事にしたのか不思議だった。


ただ、それでも千依にとって音楽というものは唯一絶対なのだと、それだけは強く実感する。

千依が求める世界はきっと千依を受け入れてくれるだろう。

千依は多くの人に求められる存在になる。




…知って欲しい、千依のその才能を。

千依は何も出来ない人なんかじゃなく、むしろ誰もが出来ないことを実現出来る逸材なのだと。

だから千依はもっと自信を持っても大丈夫なんだと。


いつからそう思ったのか、はっきりとしたことは分からない。

ただそれが自然のことのように気持ちは形となって自分の中で具体化していく。

奏として千依と共に、千依を救った男がかつていた世界に飛びこもうとそう思うまで時間はかからなかった。


案外俺は根気強いらしく、そして何でも割と出来るというのは音楽でも発揮されたらしく、ギターの基礎を覚えるのも歌の上達も早い方だった。




「お前、勢いだけで歌ってんだろ。そんな押しつけの下手な歌聴かされる方が可哀想だ」


「リズムの取り方が粗すぎる、お前本当にそれでもプロかよ」



…まあ、容姿と千依の才能先行で踏み入れた世界だったから付けられた講師陣には散々ボロクソ言われたけれど。

だけど、何でも出来るとしか言われなかった自分だ。

下手だ何だと正当な評価で見てくれる人達が周囲にいるというのは悪い気分じゃなかった。


案外自分は叱られて伸びるタイプで、悔しさがバネになるタイプだったらしい。

厳しく教えられればそれだけ自分が成長するのが分かり、それでもまだ足りない。

ぐんぐんと伸びる先のあるこの世界は楽しかった。


歌に心を込めるだなど目に見えなくひどく抽象的なことを理解するのには苦労したけれど、千依の音を聴けば何が言いたいのか何となく分かったというのは大きかった。

千依の音楽を聴けば聴くほど、自分で思った以上に千依という存在が自分にとって半身なのだと実感していく。不思議な感覚だったが、千依の生みだす音がどんな感情を持つのか理解できなかったことはなかった。




そうして一つ一つまた積み重ね。

ほぼ無に近い経歴、まだまだ薄く短い人生経験、知識や技術の不足、どれをとっても不利に働くことだらけで嫌になることもあった。

けれど、自分の評価や価値が低ければ低いほど「今にみてろ」と意外に負けず嫌いな性格が顔を出す。


千依のおかげで歌は音やメロディーだけじゃないということも理解できるようになる。

歌い手によって、どんな曲だって名曲にもなれば駄曲にもなり得ると実感できるようになった頃。

そこで改めてリュウのあの脱退直前ライブ映像を見て、そこでやっと俺は理解した。



リュウが持つのは技術でも音楽的な才能でもないのかもしれない。

けれど、あいつが歌う曲には血が通っている。

ちゃんと歌に感情がこめられていて、そして真っ直ぐ前を見るその姿勢も人を惹きつけるのだ。


あいつの才能は音楽的ではないかもしれない。

けれど、あいつのそれは間違いなく才能だ。

その生きざまや人間性、人の心を揺さぶるようなその伝達能力。

伝えようとする想いが熱く濃く、けれど一方的じゃない。

きっとこいつの人間性がそうさせるのだと思う。何があっても前を見続けるその根性と心意気が。


だから千依は救われた。

これだけの熱量を持つリュウの凄さ。

それこそリュウは上っ面だけじゃなく、底の底から人を掴んで離さないタイプなのだろう。




俺も、そうなれるだろうか。

千依の持つ素晴らしい才能を、俺の歌で潰してしまわないだろうか。


いつも不安はつきまとう。

千依の底のない想像力と才能を無駄にしてしまわないだろうかというプレッシャーはかなり重い。

いつか千依の才能が俺の限界をはるかに越えた時、俺の価値が無くなるのではないかという恐怖で魘されることもしばしばで。

けれど、俺はリュウみたいに想いを強くのせて人を底から揺さぶれるような歌い手になりたい。


密かにリュウを俺のライバルと決めた瞬間。

はっきりと見えてきた自分の道。


まさかその後、千依がそんな俺の敵とも言える存在と出会うとまでは思わなかったけど。



千依の世界は、リュウによってどんどんと広がっていった。

ずっと傍にいた俺では無理でリュウではあっさりという事実にやっぱり面白くない気持ちにはなったけれど、千依が少しずつ前を向き始めてきたのが純粋に嬉しい。


色々と千依に対して思うことはあったけど、改めて千依と接していけば、その分だけ千依がいかに周りを大事にして気遣える優しい人間なのか実感する。

こんな醜い俺にもいつも感謝をくれ、誇りだと言ってくれ、全幅の信頼を置いて大事な曲を預けてくれる。


そんな千依がやっと人として“普通”の人生を歩み始めた。

本当に良かったと心から安堵する。


そして、ついに千依に友達ができた。

千依の上っ面じゃなくて底まで見てくれるような友達のようで、心底嬉しくなる。



会ってみたいと、そう思った。

千依の良さを分かってくれた、その友人たちに。

俺のファンだと、いつも俺の芸能活動を楽しみにしてくれているという、その女の子に。




「は、じめ…マシテ?」





期待して出会ってみれば、どうやらドッキリをかけすぎたようでキャパ越えさせてしまったらしい。

それでも、全身全霊でチトセのことを大好きだと伝えてくれる真夏という女の子に、予想以上に俺は救われていた。


千依の枯れない才能を見るたびに、いつか俺はいなくても良い存在になるんじゃないかとどこか怯えていた。

けれど、もしかしたらそうじゃないかもしれない。

こんな俺にも価値を見いだしてくれる人間はいるのかもしれない。


そう思わせてくれたから。





「ははは…っ!清々しい」


「ち、ちち、千歳くんっ!笑ってる場合じゃないよ、真夏ちゃんがっ」


「…この場面で爆笑って。なのに爽やかって、芸能人こわ」




どうやらもう一人の友人である萌ちゃんの方も個性的だが温かい性格らしい。

何だかもう全てが嬉しくなって、心の底から笑みがこぼれた。


俺も不安ばかりに負けていないで前を向いてみようと。

千依がどんどん先を行くのなら、俺だってぐんぐん成長してくらいついてやろうと、そんなやる気が溢れてくる。




一歩、奏が前進した、そんな1日だった。












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