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ぼたん  作者: 雪見桜
本編
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44.芸音祭に向けて


「うー…なかなかリズムが合わないなあ。ごめんね、千歳くん。忙しいのに」


「いや、全然良いよ。大事な舞台だしね、妥協せずいこう?」




学校と事務所を往復する日々が続いている。

朝起きて学校行って、そのまま仕事して、そして寝に帰るような生活。

ひとつのステージを完成させることはとても大変な作業だ。

どれだけ時間をかけたって出来ている気がしない。


けれど、だからこそやりがいがある。




「……おっかしいな、俺も一応プロなはずなのに全然あの子のリズム外れている所分からないんだけど大塚さん」


「あー、考えるだけ無駄無駄。あいつ音楽の感覚に関してだけは異次元だから」


「こええよな、分からない次元で調整してんのに、よくなっていくのは分かんだからよ」




後ろでそんな会話をしている他の楽器隊の皆さんと大塚さん。

正直そんな声すら耳に入っていない。


自分の中で浮かぶイメージを現実に起こすというのは、本当に難しい作業なのだ。

思うとおりにやってみても、どうにもどこかズレている。

それがどこなのか、どうすれば理想に近づくのか、見つけながら正していく作業は気が遠くなるほどの時間を要する。



千歳くんの声を、曲の雰囲気を、とにかく一番活かせるようにするのが私の役目。

ピアノが目立ち過ぎてはいけない、けれどただの演奏マシンになって良いという問題でもない。

匙加減がとても難しい。


おまけに今回はコーラスつき。

双子なだけあって私達の声の相性はかなり良い方だろう。

けれどもっともっと千歳くんの声を引き立てられるはずだと思うと、何をとっても自分の声に不満を持ってしまう。


本番まであと1週間切っている。

焦りすぎず、遅くなりすぎず、かなり細かく調整は続いていた。






「千依…、なんか日に日にやつれてない?大丈夫?」


「本当だよ、千依目のクマやばいって!」




寝る間も惜しんで作業していると、心は元気でも体がボロボロ。

さすがに外から見ても分かるようで、そんなことを言われるようになった。




「だ、大丈、夫?」


「…なぜに疑問形。大丈夫なのか本当」




真夏ちゃんが心配そうに私の頭を撫でてくれる。

力なく笑って机につっぷす私。


どうしても妥協できなくて、熱中しているとついつい朝になっているんだ。

そうして一番辛いのは学校の時間帯で。



『本番倒れられたら困る。お前ら明日は事務所出入り禁止。家でも練習してねえで休め』



ついに大塚さんから休息厳命を受けてしまった。

本番直前なのに…なんて千歳くんと2人で抗議したけれど、おそろしく冷たい目で笑い低いトーンで「あ?」なんて言われたら流石に私達もそれ以上反論できない。

大塚さんが本気を出すとどう頑張っても私たちじゃ勝てない。


けれどやっぱり大塚さんが私達に下した判断は正しく、頭ぐるぐる体ぼろぼろのこの状況じゃまともな仕事なんてできないと少し落ち着いてから私も実感していた。


そして今日はクリスマス。

話題は当然そんな内容だ。




「にしても今年のクリスマスはまじ寂しいな…1人とか」


「何言ってるの、真夏。あんた今までだって彼氏いたことないでしょ」


「あー、これだから彼氏持ちは!そうじゃないよ、本当の意味で1人なんだよ!家族がみんな出張やらでーとやらで!」



私が机でウトウトとしている間に、そんな会話がされている。

耳に入った言葉にハッとなって、ガバッと私は起きあがった。

眠気は、少しとんだ。



「うお、どうしたの千依」


「か、彼氏…!も、萌ちゃん、彼氏」


「え?あれ、千依に言ってなかったっけ?」



そう。

それは初めて知ることだったから。

萌ちゃんも真夏ちゃんも可愛いから彼氏がいても不思議ではないけれど、そんな話今まで聞いたことなくて思わず食いついてしまった。


そうすると目を瞬かせた萌ちゃんは、「あれ、彼氏」なんて言いながらある人物を指差す。

その先を必死に追うと、そこにいたのは宮下くんだった。


ピキッと固まって、理解したばかりの事実に驚く私。

仲が良いと知っていたけれど、そんな関係とは。

学校生活全般に疎すぎて全然気付けなかった。

知った途端に思ったことをついボロッと声に出してしまうくらいには。




「萌ちゃんと、宮下くん。美男美女カップルだ…すごい絵になる、おとぎ話みたい」


「おとぎ話って…、千依、そんな綺麗なものじゃ」


「ああ、萌ダメだこれ。千依の純情フィルターかかってる」


「純情フィルターって何」


「たまーに千依ってすっごいキラッキラした目で青春噛みしめてるじゃん?それを私は純情フィルターと名付けたわけ」


「…へえ」




2人の会話はあまり聞こえていない。

学校で友達がいるということすら夢のようなことなのに、その中の恋愛に触れることができるなんて本当に青春みたいだ。

テレビやドラマの世界みたいな光景にドキドキしてしまう。




「でも、私も今日は暇だけどね」


「は?何で。宮下と過ごさないの?」


「あー…、バイトだって」


「はあ!?バイトって、クリスマスに!?あいつふざけてんの!?」


「まあ良いんじゃない?私基本的にイベントとかどうでも良いし」


「冷めてんなあ…、相変わらず」




相変わらずテンポの速い会話に加わることはできないけれど、どうやら2人が今日は暇らしいということは分かった。


そこでふと、私はあることを思いつく。

思いついた瞬間に、ドキドキと一気に高鳴る心臓。




今日は仕事はお休み。

家に真っすぐ帰るし、千歳くんも同じだ。





「あ、あの!」



つい大きめの声を張り上げてしまう。

それにびっくりしたように目を見開いて、2人が私を見つめてきた。

コクリと喉をならして、深呼吸する私。


そうして、決意して口を開いた。




「もし、良かったら、ウチに来ないですか?その…話したいこと、が、あって」




しどろもどろにそう言う私。

それはずっと話すタイミングを見計らっていた事だった。


2人にはちゃんと正体を明かしたい。

そして大みそか、ちゃんと自分の姿を2人に見せたい。

そうしてありがとうってお礼を言いたいんだ。


反応が怖くて、ジッと固まっている私に、ぽかんとした顔のままの2人。




「え、いいの?でも千依も何か用事あるんじゃないの?あのおっさんと」



声を発したのは真夏ちゃんで。

頭が飽和状態の私では“おっさん”が誰のことを指すのかすら分からない。

それでも必死に答えようと、ブンブン首を横に振る。



「私、今日ヒマです!」



端的に伝えようとそう気合を込めると、今度は萌ちゃんがフッと吹き出すように笑った。




「クリスマスにその宣言を気合いっぱいで言っちゃうんだ、千依。本当面白い子だね」




そう言って笑うと、つられて真夏ちゃんも「確かに!」って笑う。

さらにつられて笑ってしまう私。


そうして2人はにっこり笑った。




「千依が良いって言うなら喜んで。お邪魔しようかな?」


「千依の家かあ、どんなんなのかな。話も気になるし、私は寂しくないならそれで良い!」




快諾してくれた言葉に嬉しくなって力強く頷く。

また一からちゃんと絆を深めていきたい。

そんな思いを強くして、私は千歳くんにも確認のメールを送った。








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