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ぼたん  作者: 雪見桜
本編
44/88

43.宣言




『芸音祭、出演アーティスト決定!』



そんな見出しが新聞を大きく飾っている。

そしてその中に『今年大ヒットの奏は初出場!』という小さな見出しも。


どんどんと大きく育っていく奏という音楽ユニット。

それに見合うだけの力があるかたまに不安になることもあるけれど、それでも胸を張って誇りに思って取り組んでいこうと思う。




「萌!千依!!奏が!チトセがー!!!」


「う、うん!」


「はいはい、真夏落ちつく。千依が反応に困ってるでしょ」



こうして大事な人が喜んでくれている。

そうやって喜んでくれる人達に最高の音楽を私は届けたいから。


ギュッと手を握って、ついこの間決めたことを私は再び決意する。



「千依?そんなに手強く握ってどうしたの?」


「え、あ、うん!大丈夫!」


「そう?」



心配してくれる萌ちゃんにえへへと笑って、私は回想していた。

それは芸音祭の出演が決まったあと初めて事務所に行った時のこと。





『自分の正体を知らせたい奴、ね。なるほど、分かった』



大塚さんはそう言って即答で許可をくれた。

けれど、大事なのはその先で。



『ずっと考えてきたんだがな、千依も良い感じに前向きになってきたし、時期的にもそろそろかと思ってた。芸音祭決まったことで俺もひとつ言いたいことがあってな』


『言いたい、こと?』


『なに、改まって』


『おう。千依、お前芸音祭出てみないか?』


『…え?』


『ま、学校からバレるなって条件もあるし、変装はさせるがな。こんな大舞台、この先表に出る気なら経験しないと損だ。だから、お前ピアノ演奏とコーラスで出ろ』



そう、そんな提案。

大々的にちぃと名乗ることはしないけれど、きっとファンなら分かる。

奏として、ちぃとして、正真正銘のデビューをするに最高の舞台だと大塚さんは言った。



『ダチや恩人達に言うなら、その姿もしっかり見せてやんな。お前のことだ、そいつらとは生半可な絆じゃねえんだろ』



ニッと笑ってそう言う。

突然のことで頭が真っ白になる私。

けれど横からポンと肩を叩いて今度は千歳くんが口を開く。



『ちーが嫌なら無理はしなくて良いよ。でも、ちーがやりたいと思ったらやろうよ』


『千歳くん…』


『だーい丈夫だって。というか、ちーが表に出るって宣言してくれた辺りからそういう計画練ってたんだ実は』


『え、ええ!?』


『本当だぞ千依。まさか千依第一主義の千歳からそんなこと言うとは思わなかったけどな。千歳が大丈夫だと判断してるし、俺もいけると判断した。あとはお前の気持ち次第だ』



どこまでも先を見て、どこまでも私にとっての最善を模索してくれる2人。

よっかかりっぱなしで情けない気持ちはある。

けれどそれ以上に、やっぱり嬉しい。


…今度は、ちゃんと私が返す番になりたい。



『うん、やってみる』



思いのほか答えはあっさりと出た。

そんな私に大塚さんは意外そうな顔をして、千歳くんは分かってたという顔で笑う。



そして、その時点で私はちゃんと決心を固めていた。



真夏ちゃんや萌ちゃんに正体を話す。

タツやシュンさんに、ちゃんと正面切って勝負を挑む。

その決行日は12月31日。






「はー、楽しみ!あと1カ月弱、待てないー!」


「はいはい、分かった分かった」


「萌!気合が足りない!」


「気合、ないから」



テンポの良い会話が耳に入ってハッと我に返る。

そして決意のままジッと2人を見つめる私。



「ん?どうしたの千依?」


「千依?」


「わ、私!がんばるっ」


「え、うん、何を?」


「頑張るからねっ」


「ええ?だから何をっ」



ひとり勝手に宣言して笑った。

2人は顔を合わせて首を傾げる。



「あ、分かった!今日やる数学の小テスト?いやー、やる気満々だね千依」


「…え、小、テス、ト」


「……千依、まさか忘れてた?」


「………が、がんばり、ます」




人生、そうそう上手くいかない。

けれど今はそんなことも楽しいと思える。

だって、目の前にいる人達は笑っているから。


頑張って、頑張って、私も人を笑顔にできるような人になれるよう。

そんな少し大それたことを考えながら、とりあえず数学の教科書にかじりついた。








「あれ、チエ?めっずらしい、チエがここ来るなんて。いらっしゃい」



結局テストの出来は良くなるはずもなくて、ガックリ肩を落としながらこの場所に来ている。

お店はまだ開いていなかったけれど、タイミングよく入口付近で掃除をしていたタツが出迎えてくれた。


ハチマキにエプロン姿でほうきとちりとりを持って落ち葉やごみを拾っている。

この姿がきっとタツの仕事着なんだろう。

初めて見る姿に胸がドキドキする。

相変わらずこの胸はタツを見ると途端に忙しい。



「あ、さっきまで曲作りしてたからシュンもいるよ。ちょっと待ってな」



そう言ってほどなくして、シュンさんもやってくる。

少し寝むそうにしてくせ毛が立っているのが何ともシュンさんらしくなくて、和んだ。



「こ、こんにちは!」



いつも通りのワンテンポ遅れているらしい挨拶に、2人はいつも通り笑う。



「その、ごめんなさい、忙しいのに。この間はありがとうございました」


「この間?ああ、いえいえ。お節介やいてごめんな?」


「いえ、とんでもない!」


「…タツから聞いた。友達、できたか?」


「は、はい!おかげさまで!本当にありがとうございます!」




相変わらず温かい2人。

私の世界を広げてくれた人達。


ちゃんと言いたい。

そう思った。

そして、そう思ったらいてもたってもいられなくなった。


だから、こんな忙しいだろうと分かっているのに来てしまう。

迷惑な行為に心の中で謝りながら、私は口を開いた。





「あの、今日は言いたいことがあって」


「うん?」



意を決してタツを見上げれば、ゆっくりと聞き返してくれる。

それに勇気をもらって、私は2人をしっかり見つめた。




「芸音祭、2人とも、見ます…よね?」


「え、芸音祭?うん、見るけど」


「芸音祭がどうかしたのか」



唐突な話にやっぱりぽかんとした顔の2人。

自分でも話の展開が急過ぎると思うけれど、上手い繋げ方が分からない。

だからもう、単刀直入で言うことにした。




「私、頑張りますから。だから、見てて下さい」




自分の声とは思えないくらい強い語気で私はそう言う。

こんな言葉だけじゃ伝わらないのは分かっている。

案の定、2人共何を言っているのか分からないという顔だ。


それでも私はいっぱいいっぱいで目をギュッと閉ざし、お辞儀をする。




「その、しばらく来れなくなるから。だから顔が見れて、良かったです」




一方的にそんな言葉を残し、逃げるように走り去る。

出会った頃みたいだと思いながら、それでも私はそうする以外どうすればいいのか分からずひたすら走った。




「…シュン、どういうことだと思う」


「……何とも言えない。が、とにかくチエは言葉選びが面白い」


「…お前それしか言わないな、本当」


「褒めてる」


「あー、だろうよ。珍しいからな、お前が他人に興味示すの」


「嫉妬、か?」


「あー、うっさいうっさい」




そんな会話なんて勿論聞こえているはずなくて。

とにかく、めまぐるしい私の挑戦は、こうして幕を開けた。







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