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ぼたん  作者: 雪見桜
本編
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39.友達



「じゃあ、ほんっとーに何でもないのね!?変なことされてないんだね!?」


「う、うん」



タツが去った後のファミレスで、私は山岸さんや山崎さんと向かい合って話をしていた。

話をする…というより、質問攻めだ。


その中で、同級生の、しかも私の方が1歳上なくらいだから、敬語はいらないと言われて、私も頑張ってため口にしている。

慣れないとやっぱりどうしても緊張してしまうから敬語になってしまうのだ。




「真夏、もう大丈夫じゃない?犯罪する相手に普通こうやってお金置いて行かないって」


「萌は甘いんだよ。だって出会いが公園でばったりとか、怪しいじゃん!」


「…あんたはあのおじさんに厳しすぎだと思うけど」



相変わらず2人はタツのことをおじさん呼びだ。

私からすると7、8歳しか違わないから、そんなこと思わないけれど、どうやら第一印象があまり良くなかったらしい。




「それにしても中島さんって、音楽得意なんだね」



そうして今度は山崎さんが私にそう言った。

どうやらタツとの話もしっかり聞かれていたらしい。


同じ年くらいの女の子とこんなに話すのは小学の時以来だから、とても緊張する。

どう答えれば良いのかすぐ分からなくなって、ただ私は頷くしかできなかった。

それでも気にした様子も見せず、2人は頷き返してくれる。





「いや、すごいね中島さん。盗み聞きしてて何だけどさ、私2人が何話してるのか正直途中さっぱり分からなかったし」


山岸さんが感心したように笑う。



「私も詳しくは分からなかったけど、とりあえず中島さんが音楽できる人っていうのは分かった。もしかして作曲とかもできたりするの?」


山崎さんも淡々とではあるけれど褒めてくれた。


嬉しくて感動しているけれど、やっぱりどう反応すればいいのか迷ってしまって「ありがとう」とひたすら言いながら頷く私。「へえ、すごい!」と純粋に返してくれるのも嬉しい。反応が上手く出来ないけれど。


そして少し経った後、何かに思いついたらしい山岸さんの目がキッと輝いた。




「ね、ね!作曲できるってことはさ、もしかして音拾うの得意?」


「へ?う、うん…い、一応?」


「すごい!やった!あのさ、この曲私でもピアノ弾けるようになる!?」



そう言っておもむろに取り出されたのは、ついさっき確認したばかりの奏の新曲が入ったCD。

ドキンと胸が一気に高鳴る。

必死に平静を装うフリをしながら、落ちつくために深呼吸する。



「ちょっと待った、真夏。あんたピアノ弾けたっけ…?」


「舐めないでよ、萌。小学時代、私鍵盤ハーモニカ得意だったんだよ!」


「…それはピアノ弾けるとは言わない」



私が息を整えている間に2人がそんな会話をしている。

そこから山岸さんの言葉を拾って、私は頭の中で楽譜を拾った。


もちろん自分が作った曲だから譜面は全て頭に入っている。

けれど、あれはシャープやフラットが多めで転調もあるから、慣れないとちょっと大変だ。

できる限り簡単な音階を拾って、弾きやすいような楽譜に頭の中で変えていく。



「え、えっと…」


「ごめんね中島さん、真夏が無理言って。いきなりは無理だよね」



山崎さんはそう気を使ってくれるけれど、一度音を集めてしまうと音楽馬鹿な私は言いたくて仕方なくなってしまう。

うまく話を繋げる自信はなかったから、思い切って2人の前にスマホを出した。


何度も手をもつれさせながら開いたのは、鍵盤が画面いっぱいに広がるアプリ。

とても便利なもので、今だとスマホでも簡単な音を生みだせる。


ぽかんとしたままそこを見る2人に、イヤホンを渡す。

スマホに端子を繋ぐと、2人は分からないという顔をしながらイヤホンを1つずつ分けてそれぞれの耳に当てた。




「その、ね。ちょっと、音は飛ぶけど」



そう言いながら、画面の鍵盤をタップしていく私。

次第に2人は食い入るように画面を見つめた。


曲の主要部だけ切り抜いて簡単に弾くと、山岸さんの目が輝く。

…本当にこの曲を好きだと言ってくれているみたいでとてもうれしい。




「すごい!中島さんまじ天才!」


「びっくりした。中島さん本当に得意なんだね」



それぞれそう褒めてくれた2人。

嬉しくて上手く反応できないなりに、喜びを伝える私。



「中島さん、これ教えて!私も覚えたい!」


「う、うん…!その、良かったら楽譜書くよ」


「うっ…!わ、私おたまじゃくしはちょっと…」


「あ!ドレミ書く!」


「まじで!?わー、ありがとう!」



私の言葉で人が弾んでくれるも久しぶりだ。

そして、それが今まで上手く話せなかったクラスメイトだってことが何だか夢みたいで。




「楽しいなあ」



思わずそう言葉が零れるくらい、嬉しい。

そんな私の声を拾った2人は顔を見合わせて、苦笑した。




「ごめんね、中島さん。今までさ、ずっと中島さん1人で気にはなってたんだけど、年も違うし、話しかけると緊張させちゃうしで、正直どう接すればいいのか分からなかったんだ」



ジッと私を見つめてそう言ってくれたのは山崎さん。

私は必死に首を横に振る。

だってそれは本当のことで、仕方ないことだ。



「私も、ごめんねー。私この通り身も心もガサツなもんで、大人しい子との上手い付き合い方が分からなくて」


そう繋げてくれたのは山岸さんだ。



どちらも謝られるようなことなんかじゃなかった。

私が接しにくいタイプの人間だってことは、ずっと自覚していたことだから。

それでも今のクラスメイト達は皆一言でも声をかけてくれる。

それは、今目の前にいる2人も。


皆戸惑ったように私を見たけれど、白い目では見なかった。

対応に困った様子ではあったけれど、それでも何度も声をかけてくれた。


それは当たり前のことなんかじゃない。




「その、嬉しかったよ。私、人と上手く喋れなくて、学校行くのだって気合を入れなきゃだめで、でも皆優しいから。今のクラスで良かったって、思う」



心が体にぴったり寄り添って、ちゃんと声として出てきてくれたのが分かった。

そしてそんな私を見て、2人が交互に私の頭を撫でてくれる。




「ちゃんと話してみなくちゃ分からないもんだね、真夏。全然普通に話しかければ良かったんだよ、余計な気回さずにさ」


「…うん、そうね。気にし過ぎて遠慮するばかりが良いわけじゃないんだね」



そう言っている2人の言葉の真意は分からない。

けれど、しっかり笑って私を見てくれるのが嬉しくて気にはならなかった。




「ねえ、中島さん。たしか名前千依ちゃんだよね?千依って呼んで良い?」



そんな山崎さんの言葉に、私は目を瞬かせる。

そして彼女は優しく笑うと、言葉を続けた。

最高の、言葉を。




「良い機会だもん、友達になろう?」




ねえ、タツ。

私はやっぱり、音楽とタツに心から感謝せずにはいられない。

だってこの2つはいつも私に大きなものを与えてくれるから。


何年もかかって、人の手をたくさん借りて、それでもやっと手に入れたもの。

自分の力ではないかもしれないけれど、ずっと本当は欲しくて、でも半ば諦めかけていたもの。

やっと、スタート地点に戻ってこれた気がして、涙を抑えることができなかった。

想いは詰まって声にならなくて、ただひたすら頷く私を2人は苦笑しながら見守ってくれた。





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