3.憧れ
「うあー、さすがに40越えてからの2徹はきつい…」
そんなことを大塚さんがいったことは覚えている。
…正確に言えば、それしか覚えていない。
新曲の選定が終わった後、私達は何度も何度も話し合いを重ね曲の精度を上げていった。
骨組みの出来あがった曲に肉付けしていくのは基本的に私や楽器隊の人達の仕事だ。
小さい頃から楽器に触っていたおかげで、ピアノとギターくらいなら弾ける。それでもまだ技術が高いとは言えないし、他の楽器のこともまだ知識不足だから時間がかかるし周りの人の助言が欠かせない。
だからせめて経験を全部吸収しようと集中し続けると、大抵小さな会話は飛んでしまう。
パンパンな頭のまま、先に体が飽和しちゃってそのままベッドに直行だ。
こんな日々が何回か続いて、曲は出来あがる。
「ちー、お疲れ様。あとは俺に任せて」
「ちーくん…楽しみです」
「あー、支離滅裂になってるな。ゆっくり休みな」
そのまま意識は途切れた。
「…朝」
こんな生活になってからは、休日なんてあってないようなものだ。
気付けば記憶が曖昧なまま月曜日。
いまだボーっとする頭のまま、ふらふらと一階に下りるとそこには呆れた顔のお母さんがいた。
「あんたは本っ当、仕事になると無茶して。音楽馬鹿ねえ」
「…本当母親に似たな、千依は」
「何か言った、お父さん!?」
「な、なんでもない。ほら千依、飯食え」
「ありがとー」
よく見ると奥にお父さんもいる。トーストと目玉焼き、ベーコンに野菜。
バランスの良いご飯が食卓に並んでいる。
共働きで家事を完全分担している両親。
今日はどうやらお父さんが当番らしい。
「うげ、今日父さんか飯当番」
「あはは、千歳。私の大好きなお父さんのご飯に何か文句でも?」
「何も言ってないです、母さん。あー今日も美味しいなあ」
いつもと変わらず平和な朝。
どうしても外せない仕事の時以外は朝顔を合わせるというのがウチのルール。
朝なのにのんびりできる程度に早起きしている私達は世間話をしながらご飯を食べる。
『次はフォレストの新曲です!』
音量小さめに流れていたテレビからそんな言葉が聞こえると、私達はピタリと動きを止めた。
憧れの人がかつて所属していたグループ。
あの時は人気絶頂の若手アイドルグループだった。
今でも人気はそのまま。
芸能界の中でも特に旬が短いと言われるアイドル業界でもう5年以上は一線で活躍している。
現在は若手というイメージが外れて、国民的という称号がついている。
「あー、本当強敵だな、フォレスト」
「いやあ、あれはまだアンタ達には厳しいわ。魅力も深みも足りない足りない」
「う…」
「彼等を見ると本当に技術だけじゃないって思うね。お前たちも頑張らないと」
私達の会話はきっと一般家庭からはズレているんだと思う。
同業者だからこそ、純粋な目ではなく色んな方面で彼等を見る自分達。
失礼な話だけど、フォレストは歌が飛びぬけてるわけでも踊りが秀逸なわけでもない。
けれど彼等は人を引きつけて離さない。
画面にいると思わず見入ってしまうような、そんな華やかさが彼らにはある。
リュウが去った後でも、フォレストは変わらず強い光を一心に浴びて輝いていた。
…越えたい。
それが私達の目標だ。
リュウという人を知ったのは、彼がフォレストを脱退したその後で。
彼がいたフォレストを私は過去の映像でしか知ることができない。
とても惜しいことをした。
足を怪我して踊れなくなっただとか、そんな脱退理由なんかも私には分からなくて。
けれど、悔し涙を隠しもせず流した彼。
いま彼は、どこで何をしているんだろうか。
元気で暮らしているだろうか。
いつもそんなことを思う。
もしかしたら、いつか彼は私の作った曲を聴いてくれるかもしれない。
そうしたら、今の私達の曲は彼にちゃんと届いてくれるだろうか。
「負けたくないなあ」
思わず言葉に出てしまった。
意外と私も負けず嫌いだ。
「ちーは本当、リュウが好きだよな」
「えへへ、うん」
「…ぜってえ負けねえ」
「千歳くんなら大丈夫だよ。私も頑張るっ」
「ちーは今のまんまでも十分頑張ってるよ。でも一緒に上目指そうな」
「うん!」
そんな日常の始まり。
「まあ、その前に千依は学校頑張ろうね」
「う…」
「……お父さん、今の千依にそれは地雷」
「え…」
…気合をいっぱいいれた。