38.同級生
「ごごごごめんなさい!」
「え、いや、なぜ」
「ごめんなさいいいい」
「だからなぜ!?」
沈黙すること5分。
なんとか私から声を発することができたのは奇跡的だった。
本人たちのいない所で勝手に2人の話をしてしまったという罪悪感で、必死に頭を下げる。
なぜか同音量で山岸さんに言葉を返された。
「ふは、なるほど。面白いなあ、さすが」
1人余裕で笑っているのは、タツ。
どうすればいいのか分からず思わず縋るように見てしまう私。
そんな様子を見て、山岸さんが憤った様子でこっちのテーブルにまで詰めてきた。
そして私の隣で座り、正面のタツをキッと睨む。
「そもそも!アンタが怪しいからここまで付けてきたんでしょうが!」
「ああ、やっぱり後付けてたんだ、なるほどねえ」
「気付いてたんかい!尚更タチ悪いわっ」
話のテンポが早すぎてついていけないのは、最早いつものこと。
明らかに不穏な空気に、ただ私はあわあわとうろたえるしかできない。
そうしている間にも会話は続いた。
「チトセのポスターもらいに店行ったら、中島さんが帽子深くかぶった怪しいおっさんに連れ去られてるとか、どんな犯罪よ!中島さんに何する気よ、この変態!」
「おっさんとは酷いな、俺一応まだ20代半ばなんだけど」
「犯罪には変わりないっつの、アホか!」
怒る山岸さんに対して、タツは相変わらずカラカラ笑っている。
ピリピリした空気なはずなのに和やかにも見えてしまうのは気のせいか。
ハラハラしながら様子を見守っていると、後ろからポンと肩を叩かれた。
バッと振り返れば、そこには山崎さん。
「中島さん、本当に大丈夫?この人とどんな関係なの」
淡々と、あまり声に表情を乗せず聞いてくる彼女。
目の前で白熱している山岸さんとは対称的だ。
「そ、そ、その、タ、タツは私の憧れです!」
「憧れ?このおじさんが?」
「は、はい!恩人で、師匠、で、憧れです!」
「…洗脳」
「おーい、そこのお嬢さん。無表情で物騒なこと言わないでくれない?してないからね、そんなこと」
それにおじさんでもないよ…とタツが付けたす。
その姿を山崎さんはジッと見つめて、その後私に再び視線を戻す。
「とりあえず、無理やり連れ出されたり、金品要求されたり、変な薬かがされたりしてないんだね?」
「へ?は、はい」
「正直こんな黒づくめの男が女子高生と2人きり…しかも中島さんみたいな真面目な子となんて、どう見ても犯罪くさくて後付けたんだけど。ただの無駄ってことで大丈夫なのね?」
その言葉に、やっと私は2人が私のことを心配してくれていたのだと知る。
タツは危険では勿論ないし、その心配はちゃんと杞憂だと分かっているけれど、それでもここまで来てくれたということが私は嬉しい。
良いものは良くて、駄目なものは駄目。
そうはっきり言えて、いつも輪の中でキラキラしている可愛い人達。
私は自分がハッキリできない性格のせいか、どうにもハッキリとした人が好きらしい。
川口さんや村谷さんも、あんな終わり方にはなってしまったけれど、ああキッパリと物を言えるところを私は尊敬していた。
おまけに山岸さんと山崎さんは、こうして私の傍にまで来て心配して言ってくれてる。
本当に良い人達。
思わず嬉しくて涙ぐんでしまう。
それにぎょっとしたのはなぜかタツだ。
「ちょ、チエ。この子たちの気持ちが嬉しいのは分かるけど、今泣くのは堪えて。本気で俺犯罪者扱いされるから」
「扱い、じゃなくて、犯罪者でしょ。中島さん大丈夫?」
真横で私の背をさすってくれる山岸さん。
感動してしまって言葉にならずコクコク頷く私。
「だいたい、屋内でもの食べてる時まで帽子なんて被ってるから怪しまれんじゃない。帽子外してよ」
私を庇うようにずいっと前に出ながら山岸さんがそう言った。
それに対してポリポリと頬をかく仕草をしながらタツは言う。
「あー、それは無理。俺も少々ワケアリなもんで」
「ワケアリ…前科持ちか!」
「お嬢さん、決めつけは良くないよ。そもそも前科なんてないし」
「じゃあなんだ!」
「ちょーっと、俺も一部の人達には顔知られててね。うっかり見つかると大変なもんで」
そのタツの言葉に、疑いの目を向ける山岸さん。
ジッとタツの方を下から眺める。
その顔面をしっかり確認するかのように。
そうして、その顔が驚愕に染まった。
「あ、あ、アンタッ。ま、まさかフォレストのリュ」
「はーい、大声出さないでね。他のお客さんに迷惑だよ」
笑みのまま表情一つ変えずにタツが山岸さんの口を手で塞ぐ。
まだまだ俺も完全に忘れ去られたわけじゃないんだなあと呟きながら。
…それにしても、なんだか笑顔が怖くも感じるのはなぜだろう。
「そういうわけで、やましいことはありません。チエとは同志で仲間みたいなもんだよ」
そう言って、山岸さんの口にあてた手を外すタツ。
両手をヒラヒラと上げて、無罪を主張するようなポーズをしている。
そうした後、クスクスと笑ってタツが私を見た。
「ね、チエ。大丈夫だって言っただろ?良かったね、心配してくれる友達がいて」
優しくて温かい声。
心配してくれる人がいたのは本当に嬉しい。
けれど友達と言うのはまだ恐れ多い。
けれど、やっぱり嬉しい気持ちはちゃんと伝えたくて頷いた。
すると満足げにタツの笑みが深まる。
ドキンと胸が痛いくらい鳴った。
「あ、ありがとうございます。すごく、嬉しい」
そうぽつりと、けれど喜びの色を乗せて発せられた声。
山岸さんと山崎さんはそんな私を見て、小さくため息をついた。
「なんだろう、確か中島さんって年上だよね?なのにこの妹感」
「…純粋すぎてどうすればいいのか迷うね、確かに」
その評価はよく分からなかったけれど。
「ま、仲良くしてやってよ。チエって俺の知る限り、かなりの天然でかなり抜けてて、うっかり友達作り乗り遅れちゃうタイプだからさ」
笑いながらタツが言う。
山岸さんと山崎さんは顔を見合わせた。
そして
「アンタが言うな!」
山岸さんがそう返したのは直後のこと。
あははと爽やかに笑うタツ。
ポケットから財布を取り出すと、お札を数枚テーブルに置く。
「いやいや、元気をもらった。チエ、これで2人となんか食べて帰りな」
「え…え!?だ、駄目です!こんなにもらえません!」
「気にしない気にしない。この前のお礼ってことで」
「…この、前?お礼…?あ、あの私覚えが…って、えええ!?ちょ、タ、タツ!まっ」
タツは爽やかに笑ったまま、颯爽と去る。
反論する前に笑顔で押し切られ、固まってしまう私。
「…爽やかな顔して有無言わせないって、なんか怖いんだけど」
「じゃなきゃ元とはいえ芸能人なんて務まんないでしょ。私あの人名前以外ほとんど覚えてないけど。真夏よく顔まで覚えてたね」
「お母さんが昔からフォレスト大ファンで嫌になるほど見せられてきたからね」
「なるほど。血は争えない」
「うっ…ごめんって、いっつもチトセの話ばかりして」
そんな会話すら頭に入っていなかった。




