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ぼたん  作者: 雪見桜
本編
38/88

37.お悩み相談


私の対話能力は相変わらずの空回り気味で、けれど雰囲気がいつまでたっても温かいのはこの人の力なんだろう。


芸能界から遠ざかっても、こんなに目深な帽子をかぶっていてもキラキラ輝く人。

…私の、好きなひと。



「ん?チエ、どうしたの顔真っ赤にして。やっぱ熱ある?」


「い、いいえ、いいえ!これは、私の問題でっ」


「ふは、何回聞いても言葉選びが面白い」



意識した途端、すぐ体中熱くなる。

恥ずかしくて、緊張しちゃって、そして楽しい。


普通の会話でさえ難しい私なのに、恋愛なんてもっと難易度が高い。

結局どうすればいいのか分からず脳内パニック状態になってしまう。

いや、私の場合いつもこんな感じなんだろうけれど。




「あー、やっぱチエといると和むなあ」


「え、えええ…そ、それは、有り得ない」


「どうしてさ」


「いや!だ、だって!私、支離滅裂じゃないですか!」


「まあ、それは否定しないけど」


「うっ…」


「でもわざとじゃないんだし、言わんとしてることは伝わるから問題ないじゃん。大事なのは中身だろ?」



タツは何でもないことのように笑う。

けれど、それは当たり前のことなんかじゃない。


こんな上がり症で会話一つすることさえガチガチに緊張する私は、周りからしたらずいぶん歯がゆいんだと分かっているから。


それでも、タツといると本当に大丈夫な気がしてくる。

気持ちが本当に前を向いていく。


前に会った時より気持ちが募るのが自分でも分かった。

この先、タツと会う度こんな感じで好きになっていくんだろうか。


そう思うと恥ずかしいけど、嬉しい。

そんな完全頭お花畑の私を見て、何を思ったかは分からないけれど、タツは楽しそうに笑ってカバンを何やらごそごそと漁っている。



「実は最近曲を作っててさ、シュンと喧嘩したのもそれなんだけど」


「きょ、曲!ですか…!」


「そ、コレなんだけど」



ヒラヒラと五線譜を掲げるタツ。

思わず視線でソレを追ってしまう。


タツとシュンさんの新曲…!

それだけで恐ろしく魅力的なものだ。

なにせ、彼等は私にとってライバルであり、そして音楽的にも大ファンな2人だから。


餌をぶら下げられた犬のように五線譜を追いかける私の顔を見て、タツはにやりと笑う。



「見たい?」


「はい!もちろんです!」



答えなんてもちろん即答で。

尻尾でも生えていたら完全に振りきれている。

タツはそんな私に今度は爆笑した。



「あー、本当チエといると気合入るな。そんな顔されたら頑張らなきゃいけない気分になるじゃん」



タツの言っていることはよく分からない。

けれど私は差し出された五線譜に夢中だから、気にもならなかった。


ページをめくれば相変わらずそのノートは修正だらけの真っ黒なノートで。

けれど、この消し跡も掠れて黒くなった空白も、全部私にとっては宝だ。

ずっと憧れてきた人の生みだすものが、宝じゃないわけがない。


グイグイとその中に引き込まれて、必死に音符を追う。

メロディーを頭の中で最大音量で流して、タツやシュンさんの気持ちを拾っていく。



そこに書かれた音符達は、相変わらずキラキラと明るくにぎやかだ。

なんともタツらしく、元気が湧いてきそうな音の重なり。

そして、その音達を緻密にまとめて絶妙にアンバランスさを出しているのはきっとシュンさんによるものだろう。不協和音になりそうでならない、そしてタツの音の良さをかき消さないよう音を繋ぐその技術は、きっと彼じゃないと難しい。


元気だけど、それだけじゃない。

普通とは違う音の重なりだけれど、ちゃんとしたまとまりもある。

これを2人が演奏する風景を頭で思い浮かべると、ワクワクが止まらない。



「うわぁ」



幸せな声があがってしまう。

この曲を歌う2人を早く見たいな、なんて思ってしまう。

すっかり私は虜になってしまっているんだろう。


タツは傍からみれば大げさにも見えそうな私の反応に、苦笑しながら口を開いた。



「俺とシュンは音楽的な方向性があんまり近くないからなあ。しかも技術的にも相当差があるし。どうにも俺の音を使うとシュンの持つ綺麗さが出ない気がしてさ…俺が曲作るの結構反対してたんだけど」



どうやらタツは相変わらず、自信を持ち切れてはいないみたいだ。

それは仕方ないことだと思う、自分の気持ちを切り替えるというのはとても大変なことだから。


けれど、私はこの曲がとても好きだ。

音符を拾って頭で思い浮かべた時に、すぐに楽しげで魅力たっぷりな2人が浮かぶくらいに骨太な曲だと思う。偉そうだからそんなことは言えなかったけれど。


とにかく、少しでも自信を持ってもらいたくて私は首を横に振り続ける。




「2人の持つ音楽の味が違うのは、素晴らしいことです。音が喧嘩しあうならまだしも、これはちゃんと合致してます。違う味が混ざるから音楽ユニットって面白いと思うんです」


「…音楽絡むと途端しっかりするよね、チエ。俺と同じく音楽バカか」


「はい!そしてタツの大ファンです!」


「ちょ、声大きい…!恥ずかしい…!」



慌てたように声を上げて、「でもありがとう」と照れくさそうに笑うタツ。

ああ、こんな顔もすごくカッコイイ。

もう何を見てもかっこいいと思ってしまう恋愛脳になってしまった。


ドキドキと心臓は変わらず爆音で。

体も緊張してギシギシを音を鳴らせていて。

けれど、この空間にいるのが幸せだと感じてしまう。

恋愛って、こんなに忙しくて嬉しいものなんだと初めて知る。


今なら五線譜にたっぷりと幸せな曲が書けそうだなんて思うあたり、タツの言うとおり私は音楽バカだ。




「あー、もう終わり!チエに対する耐性が強化されるまで、音楽の話いったん封印」


「え、えええ」


「…心底残念そうな顔しない、すっごい罪悪感湧く」


「ご、ごめんなさいっ」


「いや、良いけどね。けど照れくさいから、ここまで!話題話題…」



顔を赤くさせてタツが大慌てで五線譜をカバンにつめる。

名残惜しげにそれを見ては、タツが「だからその顔勘弁」なんて言っていた。


そうして咄嗟にタツから出された話題は、私の私生活のことだ。



「ところでチエ今日のカバン、ずいぶんパンパンだな。もしかしてテストとか?」



その問いにたちまち元気だった私のオーラがしゅんと枯れてしまう。



「…テスト、の、補習、で」


「あー…、チエ優等生っぽく見えるけど案外苦手か」


「数学が、2ケタいかなかったんです」


「2ケタ…って、ちょ、俺より酷いなそれ。俺もバカだけどそこまでは」


「で、ですよね」


「わー、ごめん!冗談!俺も酷い時は12点とかあるし!」


「……2ケタで最低点数」


「だ、大丈夫だって!」



そう。

テストの成績は相変わらず、良くなかった。

ので、見かねた矢崎先生が特別に朝早く勉強を見てくれていたのだ。

先生が頭を抱えて「どうすりゃいいんだ」なんて絶望していたのを覚えている。


なかなか上手くいかない。



「…私、学校、上手くできなくて。勉強も、運動も、友達も」



ついつい愚痴混じりにそんなことを言ってしまう。

もうすでに私の弱い部分を見て受け入れてくれたタツだから、心のどこかで大丈夫だと思ってしまったんだろう。タツはやっぱり暗い顔せずカラリと笑った。



「まあ、人には向き不向きあるからなあ。でも少なくとも友達は大丈夫だと思うぞ、俺」


「え、えええ?と、友達は一番難問です」


「だーい丈夫だって。例えばさ、チエは仲良くなりたい奴とか、憧れる奴とかクラスにいないわけ?」



仲良くなりたい人。

憧れるような人。

聞かれてクラスメイトの顔を思い浮かべれば、該当する人はすぐに浮かび上がった。


いつも千歳くんの歌を聴いて応援してくれる山岸さん。

その山岸さんの親友で、サバサバとしている山崎さん。

クラスの中心にいる2人組。


私の表情でそんな存在がいることを察したらしいタツがさらに聞いてくる。



「どんなとこが良いわけ?」



その問いにはすぐ答えられた。



「山岸さんは、好きなものを好きって堂々と言える人なんです。山崎さんは、すっぱり興味のないものは興味ないって言える人で。けれど、ちゃんと周りを気遣える人達で、いつもキラキラした中にいて、可愛くて、憧れてるんです」



すらりと言葉が出てくる。

ここにきてどうやらようやく私はタツとも自然と話せるくらいにまで慣れてくれたらしいと気付く。

相変わらずのスローペースだけれど、それでもしっかり体の力を適度に抜けるようになって嬉しい。


タツが「へぇ、そりゃ良い奴等だな」なんて相槌を打ってくれる。

と、その時。



ぐふっ。げほっ。ごほっ。



そんな音が真後ろから聞こえた。

どうやら後ろの席の人が何かにむせたらしい。



「ちょ、真夏汚い!」


「だ、だって、ま、まさか、こっち、に話くるとか…っ!げほっ」


「話さなくて良いから、とりあえずこぼしたの拭くよ、バカ!」



そんな会話も聞こえてくる。

どこか聞き覚えのある声に、聞き覚えのある名前。


恐る恐る後ろを振り向く私。

すると、そこにはやっぱり見知った顔があった。

途端にやっとほぐれてきた緊張が波のように襲ってくる。


ピキッと音を立てるように固まった私を見て、山岸さんは「アハハ」と空笑いし、山崎さんは呆れたようにそんな山岸さんを見つめている。



「え、えっ…と…」



…たまらなく気まずい。

勝手に話題に名前を挙げてしまって、もしかしたらすごく失礼なことをしてしまったような気がする。

だって、勝手に2人のことを評価なんて偉そうな真似をしてしまった。


そう認識すると共に青ざめる私の顔。



「は、ハロー?」


視線の先で、おてふき片手に山岸さんが言う。

どう反応すれば正しいのか分からない。

けれど、とりあえずちゃんとお返事はしなきゃ駄目だと気を確かに持ち直す私。



「は、はろー…」



出てきた声は、ひどくうろたえ弱々しく揺れた、そんな声だった。






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