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ぼたん  作者: 雪見桜
本編
37/88

36.変わりゆく日常



新曲の宣伝期間が始まってから発売日まではあっという間だった。

ありがたいことに今まで以上に注目してもらったおかげで、やることも倍増だったから。


千歳くんは2,3日に1回くらいしか帰ってこないし、帰ってきても本当に寝るだけのような生活だ。

私はそこまでではなかったけれど、それでも学校が終われば事務所に直行して寝る時間ギリギリまで仕事をしている状況。


今回は特に私の方にも例のドラマの挿入曲を作ったりしていたから、今までにないくらい忙しい。

ユニットなのに、初披露の時以降に千歳くんの歌う姿を見に行けない。というよりしばらく寝る時以外会えもしないような日々だ。


正直、ここしばらく記憶が詰まりすぎて、全部あやふや。

私でさえそんな状況だから、千歳くんなんてもっと激務だろう。

大塚さんがついてくれているとはいえ、大丈夫かな…。

それが近頃の心配ごと。


そして、発売日からちょうど1週間経った今日、やっと私の方はいち段落ついて放課後から夜8時くらいまで時間が空いた。




「…おお」



やって来た場所は、いつも行く河川敷近くにあるCDショップ。

自分たちの発売されたCDがどんな感じで受け取られているか直に見に行こうと思ってやってきて、思わず小さな声を上げる。


私達のCDはお店入ってすぐ、一番目立つ所に置かれていた。

『話題のドラマ・トクカの主題歌、ついに登場!』なんて文字が見える。

近くに小さな液晶画面があって、PVまで流してくれている。

そこで足を止めて、画面向こうでカッコよく歌う千歳くんを眺め、CDを手に取ってくれる人もちらほら。



…ありがたい。

デビューしてそこそこ経っているけれど、それでもこんなに大々的に取り上げてくれていることが未だ信じられない自分もいる。

けれどそれ以上に、とても嬉しい。


グッと手に力をこめる。

こうして店頭に自分たちの曲が並んでいるのを目にすると気合が入る。

色んな人が関わって初めてできること。

その人達の期待に応えられるよう頑張らなければ。




「…あれ、チエ?」


「え、うわあああああああ!?」


「え…、ちょ、チエ大丈夫!?」



気合を入れ直したところで声をかけられ、思わず叫んでしまった。

ついでに腰も抜かしてしまった。


家族や大塚さん以外に声をかけられることなんて滅多にないから、動揺してしまったのだ。

ああ、私の馬鹿…。


情けなく思いながら、顔を上げて謝ろうと口を開く私。

直後目に映った存在に、そのままフリーズした。



「チエ、大丈夫か?ほら」



そういって手を差し伸べてくれる人は、つい最近想いを自覚した人で。



「た、タツ…?」



声が思わずうわずる。

相変わらずその人はキラキラ輝いていた。


自覚したばかりの初めての気持ちが途端に膨れる。

いつも以上に胸がドキドキうるさくて仕方ない。

なんだか恥ずかしくて顔もみれない。


明らかに挙動不審なまま、視線を下げて、おどおどと恐る恐る手を乗せると、優しく立たせてくれた。



「あ、あ、ありがと…ござい、ます」


「ん、どういたしまして。はは、久しぶりだから照れてる?」



私のおかしな様子にそうやって温かく笑うタツ。

眩しすぎてやっぱり視線を上げられない。

体中が熱くて湯気でも出そう。


けれど失礼な態度は駄目だと、視線を下げたまま必死に頷く私。

頭上からまたははっと笑い声が響いた。




「た、タツは、その、なんで、その、ここ、に?」


沈黙に耐えきれずそう尋ねる私。

タツは「ん?」と声をあげてから何てことないように答える。




「あー、シュンと喧嘩しちゃって。気晴らし?」



その言葉で一気に恋情が吹き飛ぶ私。

バッとタツを見上げる。

いつも通りの深い帽子の中から、気まずげな表情が見える。



「け、け、喧嘩って…!怒るんですか?シュンさん、が?え、え…もしかして、タツ、も?」



思わず尋ねると、なぜかそこでニヤリと笑うタツ。



「そりゃ勿論。俺ら2人共頑固だしね、こと音楽についてはしょっちゅう」


「え、えー…?」


「想像できない?」


「…はい」


「ま、いつものことだから気にしなくて良いよ。1日経てば元に戻るから」



からりとタツは笑っていて、人付き合いというものがほぼ出来ない私にとってはすごいなあと思うしかできない。


たとえば私が千歳くんと喧嘩なんてしようものなら、きっとすごく引きずる。

それ以外手に付かなくなって何日も悩む確信がある。


でもタツはさして気にせずこうして笑っている。

私には飛び越えるどころかよじ登っても越えられそうにないハードルだ。

元芸能人なだけあって、人付き合いはすごく上手なんだろうと、こんなことひとつとっても感じた。




「それにしても本当久々だね、チエ。せっかくだし、ちょっとお茶でもしない?」


「え、え!?」



変に感心している間に、ポンと次の話題を出してくる彼。

繰り出された言葉に思わず聞き返してしまった。



「あ、もしかして忙しい?」


「い、いえ!夜まで暇、してます」


「夜まで…?ああ、そうだ、確かチエの家って門限8時だもんね」


「え、えっと、ちが」


「大丈夫、ちょっと1時間ぐらい話したいだけだよ」



早い話のテンポに相変わらずついていけないまま、なにやら私の予定が決まっていく。

家族や大塚さん以外と外でお茶なんてしたことがない。

どう反応すればいいのか分からず固まる私。


タツはさらににこりと笑った。




「デートしよっか」


「で、で…!?」


「ん、相変わらず良い反応。よし、行こう」


「え、ええええ!?」



デートと言う言葉に過敏に反応している間に、パシッと手を取られる。

大人が小さな子供の手をひく様に引っ張られる。


タツの手の感触が直に伝わる。

ギターだこで硬くなった皮。

ゴツゴツとした指の節。

私よりちょっと無機質な感じの体温。


全部、私にはないもの。

意識してしまって、やっぱり体中が熱い。

緊張してしまって頭もボーっとしてしまって、何が何だか分からない。


そうこうしている間に、辿りついたのは全国チェーンのファミレスで。

気付けば私はその中の椅子にタツと向かい合って座っていた。




「え、チエこの季節にアイス食べんの?寒くない?」


「や、その、芯から冷やさなくちゃ」


「…冷やす?冬間近だけど、今」


「あ、熱くて頭が…!」


「えっと…、風邪引いてんの?大丈夫?熱とか出てるのまさか」


「違くて!むしろ、おかしいのは、私の頭で…!」


「あー、分かった。大丈夫だから、ちょっと落ちつこうか」




そんな妙な会話しか出来ない自分が、相変わらず情けなかった。





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