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ぼたん  作者: 雪見桜
本編
35/88

34.千依の決意



怖い思いはあるけれど。

正直、そんな思いばかり体を占めるけれど。

それでも、大丈夫。

ちゃんと私は前を向ける。

そう思えるくらいに、タツの歌は温かかった。




「このままじゃ、ダメ」



自分に言い聞かせる。

こんな私でも大丈夫だと言ってくれる人達がいるんだ。

こんな私をずっと励ましてくれる優しい人達がいる。


いつかは、私だって前に進まなきゃいけない。

いつまでも、頼ってばかりじゃいけない。




『チエ。大丈夫。チエは大丈夫なんだよ』



そう言ってくれたタツの言葉が頭によぎる。

ギュッと手を握る私。

くすぐったくて、温かくて、恥ずかしくて、優しい気持ち。

それが私の背を押してくれる。


たったの一歩。

けれど、しっかりと踏みしめなきゃいけない。

川口さんや村谷さんにも、いつか届けられるくらいに。

ちゃんと、変った自分を見せられるように。

バクバクと激しく音を立てる心臓を抑えて、家に向かった。




「あれ、ちー?……どうしたの、その顔」


「あ、千歳くん。おかえりなさい」


「うん。ってそうじゃなくて」



ずっと夢中になっていたから、千歳くんが帰っていたことに気付かなかった。

私の顔を覗きこんだ瞬間に千歳くんの顔が曇る。

一応目もとを冷やしてはみたけれど、泣きはらした後ではあまり効果はなかったらしい。

一瞬で眉を歪ませた千歳くんに、私は苦笑いした。



「ちょっと、あって。でも大丈夫だよ?」



その一言でさえ、千歳くんの顔が怖くなる。

けれど、本当に思ったよりうんと大丈夫だった。

タツ効果はすごい。



「…お願いだから無理しないで。ちーはちーのままで良いんだよ」



コツンと千歳くんのおでこが私のおでこに当たる。

心配そうに気遣うように優しく言う千歳くん。

…やっぱり私のことで一番引きずっているのは千歳くんなんだと思う。

それでも、こうして心から私を守ろうとしてくれる千歳くんの気持ちが私は嬉しいと思った。


自分勝手な奴だなんて自分のことを思うけれど、思ってしまうものは仕方ない。

ならば、やっぱり誠実に返すしかないんだ。

なにも出来ない分、この温かな気持ちに感謝できる私でいたい。



千歳くんは複雑そうに、けれど安心もしたように笑い返してくれる。

心配しすぎて冷たくなった千歳くんの手。

温めるように私も手を重ねる。

そうして、真っ直ぐ見つめ返して告げるのは自分の決意。




「千歳くん。私ね、決めたよ」


「うん?」


「ちゃんと、ユニットになる」


「…え?」



千歳くんは分からないとばかりに首を傾げる。

私は続けた。



「私が高校を卒業したら、私も一緒にちゃんと背負うから。奏として表に、出たい」


「ちー」


「…音楽に関してだけは、誰にでも胸を張れる私でいたいんだ」



そう、それが私の覚悟だった。

今まで裏方に徹して一切表に出なかった私。

それでも誇りを持って、胸を張ってきたつもりだ。

それは嘘じゃない。


けれど、まだ背負うというには中途半端すぎる私の立ち位置。

曲は作るけれど、レコーディングだってピアノで参加するけれど、でもそれを代表して表現するのはいつも千歳くんだ。

背負う重りは、明らかに千歳くんの方が重い。




「私、千歳くんと対等な存在になりたい。最高のパートナーになりたいの」



人前は怖い。

越えなきゃいけないハードルはいつも高くて、数も多くて。

けれど、前に私は進んでみたい。


何年もかかって、やっと私はそう思えるまでになったのかもしれない。

そう思わせてくれたタツやシュンさんには、本当に心からありがとうと言いたい。



「…ちーは、本当に強くなったね」



ボソッと千歳くんが言う。

顔を見上げれば、やっぱり複雑そうに笑った千歳くんが目に映った。



「うん。うん、やろう、ちー。俺達きっと、今まで以上に大きくなれる」



やがて千歳くんは力強く頷いて、そう断言した。



「俺も、強くなれるかな…ちーみたいに」


「…千歳、くん?」


「はは、何でもないよ。俺ね、きっとすっごく嬉しいんだ」



ぐしゃぐしゃと自分の髪をかきながら、そんなことを言う千歳君の目に少し迷いが見える。

色々と心配になって、手を伸ばしたら、ガッチリと握られた。



「あと1年半近く、か。そこまでは意地でも俺、頑張らなきゃね」


「大丈夫だよ。千歳くんは今のままでもうんと魅力的だもん」


「…うん、ありがとう。ちーだって、今のままでも俺の最高のパートナーだよ」


「えへへ、ありがとう」



私はブラコンで、千歳くんはシスコンで。

傍からみたら、少し気持ち悪いくらいに私達は仲が良い。

それでもしこりは全くないわけじゃない。

お互いを全て理解しきってるわけでもない。


だからこそ、私達は言葉を惜しまず言い合う。

そうやって今までやってきた関係。

だからこそここまでやってこれた。




「まずは来週の歌収録、反響させなきゃな」


「うん。練習、付き合うよ」


「ん、頼りにしてる」




私達は、決意を新たにした。




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