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ぼたん  作者: 雪見桜
本編
32/88

31.千依の過去2


音楽が繋げてくれた大事な友情。

それでも、学校にいて音楽に接する機会というのはそんなにない。

そして、人付き合いの下手くそな私はピアノ伴奏なんていう人前で何かを披露することがとても苦手だった。

上がり症で、頭が真っ白になって、何もできなくなってしまう。

だからピアノが弾けても、私が学校で弾く機会なんて本当にたまにだけで。




「もったいない。せっかく上手なのに、いまやらなくていつやるのよ」


「そうだよ。弾きたくても弾けない人がどれだけいると思ってんのさ」



よく私はそう励まされていた。

それでも、どうしても難しいことだった。


私は音楽以外まるで何もできなかったから。

人の言葉を理解するのに誰よりも時間がかかる。

体を俊敏に動かすことができない。


運動も勉強も人付き合いも、鈍くさい。

少しなら「天然」なんて言われてネタにしてくれるかもしれない。


けれど私の不器用っぷりは、度を越えていた。

皆が当たり前に出来るようなことが、人一倍かかる人間で。

それは、時に色んな人をイライラさせてしまう。


自分でも分かっていた。

けれど、どうしたって上手くいかない。

千歳くんの真似をしてみても、同じ様にならない。



距離は、少しずつ開いた。



「だから違うって。ここはこうで…あー、もう。本当チエちゃんはにぶいな」


「ピアノであんなに早く指動くんだから、これくらい楽勝でしょ?」



川口さんと村谷さんはよく付き合ってくれた方だ。

何だかんだ文句を言いながら面倒を見てくれていたから。

私もせっかく出来た友達を失いたくなかった。

必死に2人に追いつけるようにと頑張り続ける。

何度も何度もノートを見返し、予習復習も繰り返して勉強を続けてみる。

手のマメが潰れるまで鉄棒や縄跳びの練習をしてみる。



「ちょっと!なんで前教えたとこまたできなくなってんの!?ちゃんとべんきょうしてる?ピアノばっかりしてんじゃないの?」


「チエちゃん、さすがに勉強した方がいいよ。まずいってこれ」


「…っ」


「…なんで泣きそうな顔してんの。泣きたいのはこっちだって」



それでもいつまでたったも上手くいかない私に2人が怒る回数が増えていた。

音楽を投げ出して勉強や運動、人付き合いの練習をすることも限界が近かったのかもしれない。

だんだん息苦しくなっていく。

真っ直ぐな分、棘にもなる2人の言葉が、怖くなってくる。

少し張った声を聞くだけでビクリと体がはねる。


完璧主義者で、自分にも他人にも厳しい2人。

対して自分にも他人にも甘い私。

それでも置いていかれるのが怖くて必死だった。




「ちー。ちょっと、休もうよ」



千歳くんはこの頃そんなことをしょっちゅう言っていた。

顔色が青くなるほど無理していた私を心配していたんだと今なら分かる。


それだけ必死だった。

どうすれば開きかけた距離が戻るのか、分からなくて。

それまでろくに人と関わっていなかったから、開き直りとか加減とか分からなくて。

意地もあったし、千歳くんに対する劣等感を跳ね返したいのももちろんあった。



「だいじょーぶ。あと少しやる」



自分に言い聞かせるように、教科書にかじりつく日々。

常に何かやっていなきゃ自分がどんどん落ちて行くようで怖くて。




「大丈夫じゃないって。ちー」



その時の千歳くんはしつこいくらいに食い下がった。

そして心底心配してくれていた千歳くんの気持ちも考えずに、私はついにプチンとしてしまったんだと思う。

それだけ余裕がなかったことに気付いたのは、それこそ最近のことだったけれど。




「だいじょうぶだって言ってるでしょ!?千歳くんには分かんないよ!」


「ちー…?」


「何でもできる千歳くんにはなにも分かんない!私の気持ちなんてだれにも分かんないよ!!」



それが最初で最後の千歳くんに怒鳴った記憶だ。




「…なにそれ。ちーにだってオレの気持ちなんて理解できないくせに」


「なによ!」


「何でもできる?…ふざけんな。ちーこそ俺の気持ち何も分かってない、分かろうともしてないだろ!!」




血が上っていたあの頃はもちろん、今でも千歳くんのこの言葉の意味は理解しきれていない。

けれど、初めて千歳くんとぶつかったあの日。


自分の性格の悪さと駄目さ具合を実感してしまって、とことん気持ちが沈んでしまった私。

追い打ちをかけるように、運動会の時期がやってきて尚更気分は悪かった。




「なんで千依ちゃんって、あんな遅いの。千歳くんの方はすごい速いのに」


「やる気ないんでしょ。だって双子だよ?それでこんな差出るのおかしいって」


「そういえばこの前のテストも点数悪かったよね、チエちゃん」



クラスの対抗リレー。

クラスで一番足の遅い私は、当然皆の足を引っ張る。

朝だれよりも早く起きて外を走っても全然速くならない。

息が切れても無理させて足がもつれるほど頑張っても、あっという間に横から抜かされる。




「いい加減にしてよ、チエちゃん。本気でやって」


「そうだよ。ピアノであんだけ頑張れるんだから、もっとできるでしょ」



千歳くんと喧嘩中。

友達2人は手厳しい。

自業自得とはいえ、味方が誰もいない気がして、絶望した。


結局対抗リレーは、私の順番で大きく抜かされてちょうど真ん中くらいの順位で終わった。

クラス中の白い目を今も覚えている。

いや、被害妄想かもしれない。

今となっては分からないけれど、あの時はそう感じた。


とりわけ完璧主義者な友達2人の言葉はキツかった。




「どうして出来ないの。チエちゃんさ、なんでここぞという時にやる気出せないの。普通もう少しくらいはできんじゃん。でも辛いから逃げたんでしょ?」


「そうだよ。努力すれば普通くらいにはいけるのに、なんで」



精一杯頑張ったつもりだった。

努力もしたつもりだった。

大好きな音楽をやろうとしても怖くなって手に付かないほどに、取り組んだ。


けれど、努力が結果を引きつれてくる訳じゃない。

皆と私の感性はどこかズレていて。

皆と私の足の向きもなぜか違って。


どうすれば“普通”になれるのか分からない。

どうすれば結果が出てくれるのか分からない。



「もうやだ。いい加減辛かったんだよね。何言っても返ってこないし、届かないじゃん」


「…それに話も噛み合わないし。だってチエちゃん何話しても知らなそうな顔すんだもん。何話せばいいか分かんない」



きっと要因は日々の中にゴロゴロ転がっていたんだろう。

けれど、決定打になったのはその日のその出来事。



「友達もう止めよう。正直ついてけないわ」




その言葉で、私の中の何かが崩れた。






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